第63話

 バックステージパスのシールをスカートに貼り付け、それぞれの楽器を抱えたユリカとソメノはベルスパークスのリハを日比谷野外音楽堂のステージ正面後方にある、色あせた硬い座席から眺めていた。他の何組かの出演バンドも同じようにしていた。こちらが勝手にライバル視しているバナナフィッシュのメンツもユリカたちの斜め後ろで見ている。

さすがにプロのリハは指示が細かく、スネアの繊細な響きやギターのバランスなどに様々な注文をつけ、なかなか演奏に入らなかった。そのうちに、キイチとマヤもやってきた。

「まだリハ始まんないんだね。これがプロのこだわりかね。」

 マヤはエクスプローラーを肩から下げ、エフェクターボードをキイチに持たせている。

 キイチが何かを言おうとした途端、突然タイトで疾走感のある曲が始まり、ベルスパークスは弛緩した会場の空気を一気に引き締めた。さすがに武道館公演までこなしただけあって、演奏がこなれている。ヴォーカルの大谷はリハだというのに、絶叫に近い歌声を野音に響かせた。ユリカは鳥肌の立つ思いで演奏を聴いていた。

 ――うわあ、やっぱりプロってすごいな。あんなに一気にテンションがあがるんだな・・・。

 それはマヤたちも感じていたに違いない。皆の視線はステージに釘付けである。

 二曲を終えて、ベルスパークは楽器を置いた。

「本番よろしくお願いしまーす!」

 そう言って楽屋にバンドは引き上げた。


 いよいよこれからは出演バンドのリハーサルである。通常、リハーサルは出演順の逆から行われる。デスピノの出番は最後であったので、リハはトップバッターである。ユリカたちはステージに向かい、たった今ベルスパークスが立っていた舞台に上がった。この広い会場は秋の日差しを浴びてがらんとしていた。PAや舞台スタッフ、カメラクルー、今日出演する高校生たちが何人かいるだけである。バナナフィッシュはまだいた。どうやら彼らもデスピノのことは気になっているようだ。リハで下手なところを見せるわけにはいかない。

 マーシャルにシールドをつなぎ、ユリカは音出しを始めた。最初はアンプから出ている音だけだったが、すぐに外側のPAアンプに音がつながり、ズクズクというスラッシーなギターサウンドが大音量で野音に響いた。

 ほぼ同時にマヤの音も飛び出し、ソメノも同時に太い唸りをあげた。キイチはかんかんとスネアを叩いていたが、すぐにエイトビートを刻み始めた。

「はーい、ではそれぞれ音をだしてくださあい」

 音響スタッフの指示で、バランスが調整される。マヤがまずは思いのままリフを弾く。彼女は今まで何度もライヴをこなしてきたが、さすがにこの規模の経験はない。リハではあるが心持ちマヤの表情は硬い。

 舞台から見る観客席は広く、ここに2千人もの人が入ると思うと、ユリカは一瞬逃げ出したいような気もしてくる。

  ――だめだ、そんなこと考えちゃ。わたしはみんなに助けられながら、頑張ってここまできたんだ。こんなチャンス一生に2度とないはずだ。みんなでがんばるんだ。

「じゃ次はもう一人のギターの方お願いします。」

 ユリカは指示を受け、いくつかのフレーズを弾く。わがギターながら、とにかく音が大きい。しかしそれに慣れると次第にテンションが上がり、出来うる限りの速さでソロを奏でてみる。楽しい。見学している他のバンドの高校生が遠目からもユリカのギターに注目しているのが分かった。ユリカは気分が良かった。モニターからの音の返りも良いようだ。

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