サッド・バッド・トゥルー

第71話





 最初に控え室に足を踏み入れたユリカは、マヤが泣いているのにすぐに気がついた。あのマヤが泣くなんて到底信じられなかった。ユリカはギターを置いて、静かにマヤの隣へ座った。ソメノとキイチは入口でその様子を眺めている。彼らもまた途方に暮れていた。

「マヤさん・・・」

 それ以上なんと言って良いかわからず、ユリカはただマヤを気遣わしげに見るしかできない。

「ユリカ・・・ごめんね、棄権しちゃった・・・優勝できなかった・・・。」

 そう言ってマヤはしくしくと泣きながらユリカに抱きついてきた。

 ユリカはいつもマヤがそうしてくれていたように、無言でただマヤの頭を撫でるだけしかできない。ユリカも一緒に泣きたかったが、そうするともう収拾がつかないほどの愁嘆場しゅうたんばになるような気がして、理性でこらえていた。

 やがてステージの方からは彼らの落胆とは無関係にベルスパークスの演奏が聞こえてきた。例のちいさなモニターの中では大谷が溌剌はつらつとして歌い、先ほどの騒ぎなどまるで無かったかのように観客を盛り上げている。そしてこのあと結果が発表されるはずだが、デスピノにとってそれはもう意味をなさなかった。

 ベルスパークスの演奏が終わるのとほぼ同時に、コウタローが憔悴しょうすいしきった表情で控え室に戻ってきた。上半身は白のTシャツだが、下半身はまだドラゴンのままだった。黒焦げになったドラゴンの頭を右手に持っていたが、部屋に入るなりそれをドサリと落とした。入口のキイチとソメノの間を割って、彼はとぼとぼとマヤの座っている横まで歩いていくと膝をついて頭も床にめり込まんばかりに土下座した。

「ごめんなさい!本当にごめんなさい。まさか失敗するなんて思わなくって・・・。」

 ユリカに抱きついたままコウタローを見ていたマヤは、泣きはらした目をそのままにゆっくりと立ち上がった。

「立って。」

 マヤは一言だけ言った。土下座をしていたコウタローは恐る恐る顔を上げた。マヤは無表情でこちらを見つめている。しかしそれ以上は何もマヤは言おうとはしなかったので、コウタローは言われたとおり膝を立ててゆっくりと立ち上がった。ソメノとキイチは成り行きを見守っている。

 コウタローがマヤと向き合った途端、メロスがセリヌンティウスをはたいたのもかくやと思えるほどの勢いでマヤの平手が彼の左頬をぱあんと打った。

 あまりの勢いにコウタローはよろめいた。しかし次の瞬間にはマヤはコウタローのTシャツの襟首をつかみ、投げ飛ばさんばかりの様子を見せたのでユリカは

「マヤさん、落ち着いて!」

 と思わず止めに入った。キイチもソメノもすっ飛んできて、マヤをコウタローから引き離した。

「もう死なす!こいつ絶対に許せない!」

「マヤさん、気持ちはわかりますけど、暴力はいけません!お願い、落ち着いてください!」

 ユリカはマヤに抱きついて必死にそう言った。

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