第64話

「はい、オッケーでーす。それではリハ初めてくださーい。」

 マヤはメンバー全員にアイコンタクトをした。

 キイチの4カウントで「マスターオブパペッツ」が始まった。

 どっしりとしたキイチのドラムに、ソメノの鋼鉄を思わせるベースラインがうねり、マヤとユリカのザクザクというダウンピッキングのシンクロしたフレーズが畳みかけるようにその上を走る。

 見学している者たちは皆、これが女子高校生の叩き出すサウンドとは信じられない様子だった。

 しかし実はそれでもマヤは歌をセーブしていた。デスピノはまだ本気を出していないのである。今は本番ではない。音のバランスを考えるのが先決だ。しばらくしてマヤは一旦止めた。

「どう、みんな?」

 ユリカもソメノもキイチも文句はない。この調子で本番を迎えられればかなりうまくいくだろう。

「途中のツインリードだけやっておこう」

 マヤはそう言ってアルペジオをつまびき、ユリカがそこにバイオリン奏法で音を重ねる。2人は何度となく合わせたハーモニーを確かめる。美しい響きだった。じきに曲は重さを増し、いつものクリーンなパートからソロへ至るブリッジのパートへと移る。

「マスター!マスター!」

 フロントの3人が叫ぶ。予定ではこのあたりでコウタローのドラゴンが登場し、この荘重なパートを盛り上げるはずである。

 特に問題はないと思われたのでデスピノは演奏を中断し、リハを終えた。


 楽器を持って控え室へ入ると、ほかの出演バンドでごった返していた。10バンドとなると、それなりの人数がいるものである。それぞれ全く違ったジャンルのバンドが、高校生というひとくくりで集まっている。だからこそ普段聴かないような音楽が楽しめそうで、ユリカには面白く思えた。

 控え室のちいさなモニターでは8番目のバンドがリハをしていた。順番から言えば次がバナナフィッシュのリハだ。

「ちょっと見に行こうよ。」

 マヤはみんなを誘って会場へおもむいた。

 リハはちょうどバナナフィッシュに切り替わる時だった。フロントの2人はそれぞれトランペットとトロンボーンを取り出しプップクプーと音を出している。サックスはベースの横にひっそりと立っていた。

「じゃはじめまーす!」

 トランペットの合図とともにJAZZYな曲が始まった。インストのかなり渋い曲であるが、彼らはこれをオリジナルとして演奏していた。一分にも満たぬ短いその曲が終わりの雰囲気を醸し出したとき、トロンボーンが

「ワンツースリーフォッ!」

 と叫び、それと同時に攻撃的な16ビートのスカ調の曲が始まった。ラップとも叫びともつかぬ早口のヴォーカルの掛け合いのパートがめまぐるしくすぎると、突如リズムチェンジし、メロディアスなハーモニーのサビへとなだれ込んだ。

 サックスを除くフロントの4人が、まだリハだというのにポップコーンがぽんぽんとはぜるように飛び跳ね、マグマのようにたぎる若いエネルギーを発散させていた。

「なんかすごいね。」

 ソメノは傍若無人なアクションで演奏する彼らを見ながらユリカに耳元で言った。

「本番はもっとテンション上がるんじゃない?なんせ2千人に見てもらえるんだから。この人たち、プロ志向っぽいよね。」

 ユリカはうなずいた。明らかに、彼らは目指すところが違うようである。

 ――さすがに決勝のバンドはレベルが違う。でもわたしたちだってものすごく練習したし、技術だって負けないはずだ。この人たちになんとしてでも勝たなくちゃ。

「わたしたち、順番が最後でよかったですね。」

 今度はソメノが頷いた。

「そうね。こっちを後にやられちゃうと、たしかに全部持って行かれそうだもんね。でもウチにも飛び道具があるから、インパクトでいえば負けないんじゃない。」

 その飛び道具は昼過ぎに到着した。

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