第65話
コウタローはドラゴンの着ぐるみをを台車に載せ、やっとこさ控え室前の廊下に運びこんだ。
薄緑色のゴツゴツとした異様な塊が廊下に置かれたのを遠巻きに見ていたほかの高校生は
――なにあれ?
――なんか怪獣?
――バンド関係ないじゃん
などとひそひそとささやきあっている。
「一応、一人でも着られるんだけど、できたら後で手伝ってくんない?」
コウタローはキイチにそう頼んで、廊下に座り込んでドラゴンの頭部を入念にチェックしている。口の開閉の機能を確認しているようだ。
「この頭、なんかすごいっすね!どういう仕組みなんですか?」
キイチがそう言いながら触ろうとするとコウタローは血相を変え、
「あっ!ダメダメ!触らないで!頭部はかなりデリケートな構造なんだ!」
とドラゴンの頭を抱え込んだ。
そばでその様子を見ていたマヤとユリカとソメノはコウタローの慌てぶりに笑った。しかし実は笑っている場合では無かったことに気づくのはもう少し後である。
時刻は一時半になり、客入れが始まった。指定席制ではないため、早いうちから場外では列が出来ていた。開場と同時に、なんとしてでも前列に陣取ろうとするベルスパークスのファンの間で
キイチはユキナの到着の連絡を受け、会場の方へ出て行った。ユリカのアイフォンにもパパとママが着いたとの報告があった。マヤとソメノに連れられて舞台袖のセットの影まで会場の様子を見に行くと、すでに客席の半分は埋まっており、パパとママは左翼の真ん中あたりに座っていた。
「ユリカは両親が見に来たんだ。いいねー、ウチなんか来ないよ。友達は何人か来たかな。それにしても、お客さんが入るとやっぱ全然違うね!あーさすがに緊張するわー」
マヤが珍しくそわそわしているのを見て、いつもとは逆にユリカが
「大丈夫ですよ、マヤさん。わたしたち、あんなに練習したじゃないですか。デスピノ最強ですよ。」
と励ましの言葉をかける。マヤはにっこり笑った。
「そうだね、ユリカの言うとおりだ。デスピノ最強。4人でがんばろう。あ、あと怪獣がいるか。今更ながらだけど、あいつヘマしなきゃいいけどなー。」
2時10分前に舞台袖へ全出演バンドが集合した。まずはオープニングで全員がステージに立つのである。皆が皆、緊張している様子である。
「第5回、東京ハイスクールバンドコンテスト、決勝!」
アナウンス直後、ぱあんと大きな音を立てて舞台両サイドのキャノン砲が銀色のテープを派手に観客席へと散らした。スモークが勢いよく吹き出し、舞台の雰囲気を一変させた。
ユリカたちは客席から向かって右袖のステージ脇で待機している。いよいよ始まった、とドキドキしていると、舞台反対側の左袖からコンテストを主催するCSTVに出演しているビデオジョッキーのイグニス吉田が舞台へ飛び出した。
「みなさーん!コンニチハー!アーユーレディ?まずは出演バンドの入場です!」
その声と同時に出演順に高校生たちが舞台へと出て行く。2千人の観客たちは拍手と声援で彼らを迎える。最後にステージへ出たユリカはその人数に驚いた。初秋の午後の陽に照らされた観衆ひとりひとりの顔がくっきりと見えた。
――こ、こんなに人が・・・ちょ、ちょっと怖いな・・・
そんなユリカの思いとは関係なしに、イグニスは陽気に
「本日のゲスト、ベルスパークスでーす!」
と叫んだ。左袖からベルスパークスが登場すると同時に歓声はさらに大きくなり、スマホを掲げたファンがヴォーカルの大谷を中心にバシバシと撮影を始めた。
ひとしきりのトークのあと、早速一番目のバンドがスタンバイに入った。大谷は、そのまま舞台正面にしつらえられた審査員席についた。彼らの他には、音楽雑誌関係者やレコード会社の人間などが審査員として招かれていた。
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