第53話

 すぐに第2回目の編集会議が始まった。部員が夏休み中に書いた作品が配布され、皆で一通り目を通すことになった。須永の作品は短い随筆であったが、彼がどのようにドイツで過ごしていたかが詳細に描かれており、ユリカは一文字一文字をみしめるように味わった。巧みに比喩が織り込まれ、随筆として一級品と思える内容であった。

 それにしても須永がこういうふうに異国で過ごしているのと同じ時間に、ユリカは自分が日本でアルバイトをしたり、バンドをしたりしていたのが不思議で仕方がなかった。このところユリカは何かにつけ物事の同時性、現実の多層性について考えることが多かった。そしてそれはすぐさま彼女の作品に反映された。



  事象の地平線


 わたしは悲しみに沈む

(北風に揺れる送電線)

 わたしは喜びにあふれる

(公園で泣く子供)

 わたしは驚きに声をあげる

(無邪気な鳥のさえずり)

 わたしは憤りを覚える

(食堂で交わされる他愛のない会話)


 つながりのない出来事が

 ただあるがままにすぎてゆく

 目に見えない無数の縦糸と横糸として


 飢えに苦しみ、命を落とす人

(わたしは電車で本を読む)

 知らない土地で流される血

(わたしは暖かな布団で眠りに落ちる)

 荒れ狂う黒い竜巻

(わたしは数学の問題を解く)

 雪に閉ざされた奥深い村

(わたしはテレビを見て笑う)


 わたしと無関係にすぎていく時間

 わたしと無関係におこる事象

 ふとそれらに思いを馳せるとき

 言いようのない畏れに

 おしつぶされそうになる

 しかしそれでもわたしは

 新たな一日を生きる

 わたしは、わたしでしかない



 「今回の大石さんの詩はどこかしら、哲学的な思想が込められているみたいだね。」

 須永は率直な感想を述べた。

 「このタイトルもいいね。『事象の地平線』って。大石さん、ブラックホールの話でも読んだ?」

 ユリカは相変わらず博識な須永を尊敬した。

 「い、いえ、『インターステラー』って映画を見て、そこで出てきた言葉なんです。宇宙なのに『地平線』っていう言い回しが気に入って。」

 「ああ、あれはいい映画だよね。やっぱそれか。山脈みたいな津波の描写とかすごかったなあ。宇宙理論はよくわからないけど、時間の流れが地球と違うのがポイントだよね。」

 すると原稿に目を落としていた横井が

 「私、あの氷の惑星の人がこわい!半分目つぶってたもん。」

 「横井さんもご覧になったんですか?」

 ユリカは須永が観ているのは当然だと思ったが、横井も知っているのは意外だった。

 「あ、うー、うん。たまたまね・・・」

 ユリカはなぜ横井が歯切れの悪い返事をするのかが不思議だったが、

 「美山さんの作品も大分洗練されたね。」

 と須永が話を変えたので注意をそちらに向けた。

 確かに美山の作品は以前のものとは違い、彼女らしさは残っているものの、ずいぶんとまろやかな内容になっていた。



 WAKE UP


 光が満ち満ちて

 大天使聖ミカエルが降臨

 刺のついた重い鎧を脱ぎ

 不似合いな剣を下ろす隻眼の騎士


 もう戦わない

 もう恐れない

 真の理解者を得た孤独な魂は

 世界に向き合う



 明らかにユリカにだけ分かるメタファーだった。『隻眼の剣士』がユリカとの一件を通して変わった美山自身を表していることは容易に理解できた。そうだとすれば・・・ユリカは気になって

「美山さん、ミカエルって・・・間違ってたらごめん・・・まさかわたし?」

 と小声で美山に尋ねた。美山はにこりとして答えた。

「うん。大石さんならすぐわかってくれると思った。」

 何やら、えらいものになぞらえられたとユリカは内心思ったが、美山の友情の表れであるとすればそれも良し、と考え直した。

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