第52話
いつもの席に須永がいた。
「やあ、大石さん、こないだはどうも。仕事中邪魔してごめんね。あれ、美山さん?随分とイメチェンしたもんだね。そうそう、美山さんにもはい、これ。」
須永はそう言って入口に立っている二人のところまでやってきて、両手を広げたかたちの赤いアンペルマンを美山に手渡した。
「あ、ありがとうございます・・・」
そう言って美山はユリカを横目で気の毒そうに眺めた。ユリカは美山に向かって弱々しく微笑んだ。
――なんだ、私だけのお土産じゃなかったんだ・・・
ユリカは勝手に自分だけのお土産と思い込んでいたことが愚かしく思えた。急に力が抜けて、涙腺が緩みそうになった。
鋭く様子を察した美山はあわててユリカの手を引いて、
「ね、大石さん、トイレつきあって」
と部室の外に連れ出した。部室のドアが閉まると同時にユリカの目から一粒、二粒涙がこぼれ落ちた。
ユリカはこれ以上涙が落ちないように顔を上げた。部室棟の中央にあるケヤキの木が風にゆさゆさと揺られ、白味がかった葉っぱの裏を見せて野分の近づきを知らせているのが目に入った。
「大石さん、泣かないで。びっくりしたねえ。」
「・・・うん。でもいいの。わたしが勝手に勘違いしてただけだから。大丈夫。」
ユリカは深呼吸して涙をこらえた。
「大石さん、明らかに目が潤んでるよ。とりあえず、トイレ行こ。」
「そうだね、行こ。」
ユリカは顔を洗って再び美山と部室に戻った。
「あれ、そんなに2人は仲良かったっけ?」
相変わらずキーホルダーを指にかけて回している大沢が聞いてきた。
「はい。仲良いですよ。ね、大石さん。」
「うん。前からこうでしたよ。」
ユリカはやや意地悪い調子で言った。アンペルマンを雑に扱っている大沢が少し憎たらしくもあった。
何かしら以前とは違う調子を感じたのか、大沢はそれ以上話しかけてこずに、池田とゲームの話を始めた。
ユリカはUSBをリュックから取り出して部室備え付けのパソコンに原稿データを移した。一編しか書けなかったが、とりあえず新作をプリンアウトして須永に手渡した。原稿を受け取った須永の指が一瞬ユリカの指に触れ、それだけで彼女は先ほどの涙などはどこ吹く風、晴れやかな気分になった。
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