第100話

 ――世界は無くなり、俺はただ一人・・・神よ!

 そして曲はそれまでの悲哀に満ちた表情を変え、いよいよ怒りのエネルギーを込めた重厚なメタルサウンドへと移っていく。エフェクターで濁った、それでいて伸びやかな暗い和音がエモーショナルな響きを生み出し、聴く者すべての魂を揺さぶった。それにつれてキイチのドラムは次第に激しさを増していった。

 ダン!ダン!ダン!ダン!という頭打ちの強烈なスネアの連打と、クラッシュシンバルの響きで“ワン”は曲前半のピークを迎え、そのボルテージが最高潮に達した時、ざーん・・・とEの開放弦の音が講堂に鳴り響いた。

 ほんのわずかの間、いつの間にか通底して流れていたどどどどどどっというバスドラの6連譜のみが聴こえた。しかしすかさず次の瞬間には、その6連譜に合わせたユリカとマヤの

 ザザザザザザン!ザザザザザザン!

 という機関銃の連射を思わせるリフが乾いた音で鳴り響いた。

 それに合わせてフロントの3人はうつむき、腰から折れてしまうのではないかというほどのヘッドバンギングをひたすら繰り返す。デスピノから放出されるオーラは鬼気迫るものがあった。

 ――地雷が俺を地獄に取り残した!

 マヤが繰り返される6連譜のリフに載せて最後のフレーズを歌い終わると曲はズンタン、ズンタンと8ビートで疾走し始めた。そして、そのビートのつなぎ目ではスネアと共にリフの機銃掃射が

 ダダダダダダダ!ダダダダダダダ!ダダダダン!

 ダダダダダダダ!ダダダダダダダ!ダダダダン!

 と容赦なく観客に襲いかかる。

 客はそれを受けて頭を振り、飛び跳ね、モッシュした。さらには高揚した客の間から次々と人が湧き出るように飛び出して、人波の上を泳いでいく。無数の観客の腕が彼らを運ぶ。そして彼らはステージまで泳ぎ切ったところで、そこから再び観客の間へとダイヴしていく。

 ユリカは正確に音符を刻みながら、泳いでは飛んでいく人の動きを眺めていた。

 ――スゴイ!スゴイ!わたしたちの演奏でみんなダイヴし始めている。もっと飛べ!みんなもっと飛べ!

 何人も飛んでいる人間の中に、ユリカはあのバナナフィッシュの少年の姿も認めた。

 ――ああ、約束通りダイヴしてる!わたしも負けないぞ!

 そうしてユリカはライトハンド奏法で“ワン”のギターソロをスタートさせた。観客の反応が一段と大きくなる。皆が彼女に注目していた。それに応え、ユリカは目にも止まらないほどの指の動きで、このメタル史上に輝くソロをステージ最前列で披露した。ギターソロそのものと化したユリカの両側では、次から次へと若者たちが彼女を崇めるようにダイヴしていく。彼女はキイチの叩くリズムと、マヤとソメノのバッキングに合わせて寸分の狂いもなくメロディーを弾きながら、ギターを上下させて激しいアクションを決める。

 ソロを終えると、すかさず今度は終盤のマヤとのツインリードに突入する。

 マヤ、ユリカ、ソメノの3人はステージ中央でそれぞれ向き合い、三つどもえの戦いのように火花を散らしてノイジーで美しい旋律を一心不乱に演奏する。

 そしてツインリードを弾き終えたマヤはマイクに向かう。スネアとシンバルのタン!タン!というリズムに合わせて彼女は

 ――ヘイ!ヘイ!

 と右の拳を振り上げながら叫び、観客を挑発する。全員がそれを受けて

 ――ヘイ!ヘイ!

 と同時に叫び返す。数回それを繰り返し、クラッシュシンバルの乱れ打ちに続く

 ダダダダダダダ!ダダダダダダダン!

 というトドメの6連譜で“ワン”は終わりを迎えた。

 完璧で凄まじい迫力の演奏であった。曲は終わったのに、まだその余韻は会場に残っている。

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