第3話

 じゃあ、早速入部手続きを、と須永が奥の戸棚から書類を探していると、突然部室のドアが開き、どやどやと生徒が入ってきた。

「ちわー」「うぃー」「こんにちはー」口々にこう言って入ってきた2人の男子生徒と、1人の女子生徒はユリカの姿を認めると一様に、誰?という表情を見せた。にわかに充実した雰囲気になった部室の中で、ユリカは突然異邦人となった。緊張して何も言えなくなってしまったユリカに代わって須永が皆に彼女を紹介した。

「ああ、この子、新入部員の大石ユリカさん。期待の大型新人だよ。ほら、見てこのプロフィール。」

 須永は先ほどの作家名でびっしり埋まったプリントを、無遠慮にみんなの前に広げる。そしてまた書類を探しに奥へ行ってしまった。

 突然他人に自分の裸を見られたように感じたユリカは顔から火が出るほど恥ずかしくなって、真っ赤になった。あとから来た3人の文芸部員たちは、彼らのほとんど知らない作家たちが書かれたそのプリントを見て口々にヘェーとかスゲーとか言い出した。

「俺が知ってるの2~3人しかいないわ。よくまあこんなに読んだね。でも、これなら須永先輩にも太刀打ちできるんじゃない?俺ら、全然歯が立たないんだよねー」

 やや小柄の、天然パーマで、筆ですっとひいたような細い目が特徴的な顔をした、大沢という名札をつけている2年生が人懐っこい笑顔でユリカに話しかけた。それで多少ユリカも緊張が解けて、なんとか細々とした声で答えた。

「いえ・・・そんな。生意気書いて恥ずかしいです・・・。」

 先ほど須永と話していた時とはうって変わって、借りてきたネコのような自分がもどかしかった。すると今度は女子生徒がからかうような調子で

「大沢くん、可愛い子が入ってきたからって浮かれてるんじゃないの?」

 と冷やかすような調子で大沢に声をかけた。

 ――可愛い?私が?そんなこと初めて言われた・・・

 ユリカは初対面の人間が、自分にこんな評価を下したのが意外で再び顔が火照る。

「そ、そんなわけないでしょ!横井、いきなり変なこと言うなよな!」

 大沢はどぎまぎした様子で必死に否定するが、こちらもみるみる顔が赤くなる。

「大沢はメガネっ娘が大好きだからなー。気をつけたほうがいいよ。大体、コイツ、ギャルゲーやる時いつもメガネっ娘選ぶかんね。オレは3年の山賀。よろしくね。」

 スポーツ刈りの、一見文学に無縁そうな山賀は、肘を大沢の天パー頭に乗せてぐりぐりと回転させながら自己紹介をした。

 「よ、よろしくお願いします」

 まだ場の雰囲気に慣れないユリカはそれを言うのも精一杯だった。

「初々しいなあ、1年生は。ね、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。ここの人はみんな優しいから、安心して。ここは文芸部だけど、いつもほとんど遊んでるんだから。私なんか文章書くのが苦手なのに部員なの。実際イラストしか描いてないし。」

 横井と呼ばれた女子生徒はそう言って改めてユリカの書き込んだプリントを見た。ボブカットがよく似合う、上品で美しい顔立ちをしている。

「ふうん、宮沢賢治が好きなんだ。私も子供の頃、たくさん賢治の絵本を読んだよ。特に、『月夜のでんしんばしら』が大好きだったな。」

「あ、私もそれ、持ってました。黒目の大きな男の子が出てきて、子供向けにしては、迫力があって。ドッテテド、ドッテテドって歌ってました。」

「そうそう、ドッテテドね!あれ楽譜があって、実際ユーチューブとかで聞いてみたら自分が思っていたのと全然違うメロディーでなんかがっかりしたわ。」

 横井は優しく応じてくれる。ユリカは女子相手ということもあって多少、気楽に話すことができた。

「さっき部誌をもらったんですけど、あの表紙、先輩が描かれたんですか?」

「ああ、あれね。須永さんが、詩や小説の場面を私に注文するの。それで部誌を作るとき、私は挿絵専門。みんなの作品の挿絵を描くのがわたしの役割なんだ。」

「かなりしょうもない作品も、横井さんのイラストのおかげで何とかサマになるんだよ。な、大沢。」

 やっと棚から探し当てた入部届けを持って、須永がやってきた。しょうもない、と揶揄やゆされた大沢は別に気にするふうでもなく、スマホをいじっている。

「そりゃ須永先輩に比べりゃしょうがないっすよ。でも、俺みたいなショボイ奴がいないと、みんなの作品が引き立たないじゃないですか。」

“しょうもない”作品にユリカは興味を持ったので大沢に

「あの、どんなしょうもない作品なんですか。」

 と思わずストレートに聞いてしまった。途端にみんながどっと笑った。大沢も一瞬きょとんとしていたが、つられて苦笑いをする。

「剣と魔法の話だよ。さっき渡した部誌に載ってるから、あとで読んでごらん、ある意味すごいよ。人の作品には手を入れるべきじゃないから、オレは我慢して校正しなかったんだけど、それが逆に不思議な魅力になってるんだ。これ、め言葉だよね?」須永がユリカに入部届けを渡しながら大沢に向かって言った。

「遠まわしに馬鹿にしてるじゃないですか!どうせあれがオレの全力ですよ。でも、俺めげないっすよ。今度の部誌には続編書きますからね。」

 会話の流れにユリカは半ばヒヤヒヤしたが、お互いの信頼の上に成り立っているようなので嫌味は感じられなかった。入部届けを書き終えると、ユリカは思いもよらない今日の展開に多少疲れを覚えたのでとりあえず帰ることにした。

「なんだ、もう帰るの。4月は特に活動の予定はないんだけど、気が向いた時にいつでもおいで。誰かしらいると思うよ。あと、さっきも言ったけどゴールデンウィークに鎌倉文学館へ行くから、参加してね。人数多い方が楽しいしね。」

 須永は例の笑顔でそうユリカに伝えるとまたバルザックを開いた。他の部員もスマホやイラスト描きなど、てんでに好きなことを始めている。

「失礼しました」

 そう言って文芸部室を出ると、ユリカは深呼吸した。ほんわかと温かい気持ちに包まれていた。

 ――勢いで入部してしまった。軽音楽部に入るつもりだったのに。でも、優しそうな人達だからなんとかやっていけるかしら。とにかく、新しい世界が広がった。

 そうして気分が高揚したまま昇降口へ向かう道すがら、ユリカは生徒会室の前で何やら人だかりがしているのに気がついた。ふと目に入ったその光景に、ユリカは目をみはった。

 生徒会室のドアの前で、マヤとソメノが生徒会長佐久間と対峙たいじしていたのだ。

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