第27話
しかしいつもふざけているように見えて、倉田が実はかなり男気のある人物でもあることをユリカは知っている。
彼らが働いているひかり堂は駅の構内の2階に位置している。補充の商品が搬送されるときは1階の搬入口にトラックがやってきて、そこから商品の入った50リットル容量の折り畳みコンテナ数個を台車に載せてエレベーターを使い、店に運ぶのだ。それは主にアルバイトの仕事で、荷物が多い時には台車2台分もの量があり、ユリカの身長では前が見えないほどコンテナが積まれることもあった。
体力のないユリカはこれが一番苦手だった。搬入口からエレベーターまではたっぷり50メートル近くはあり、その距離が彼女には果てしなく思われた。
アルバイトを始めて間もない頃、倉田と一緒に台車を運んでいたことがあった。その日は特に量が多く、ユリカはなんとかよろよろと進んでいたが、バランスを崩していくつかのコンテナごとリポビタンD50本入りのケースを落としてしまい、ドンガラと派手な音をたてて何本かを割ってしまった。ユリカはうろたえて倉田に助けを求めた。
「ど、どうしよう!倉田くん!リポD割っちゃった・・・」
倉田は状況を見て取ると、すぐに駆け寄ってきてとりあえず散乱した他の商品をコンテナにどんどん戻す。ユリカも泣きそうになるのをこらえ、倉田を手伝う。割れたドリンク剤の匂いが漂ってきて、より一層切ない気分にさせられる。
「荷物はとりあえず戻したけど、この漏れたドリンクは拭かなきゃな・・・大石、ちょっとここで待ってて。」
そう言って倉田は矢のように走っていった。ひとり取り残されたユリカは、時折そこを通る人が何事かとこちらを見るので、その都度その視線をやり過ごさなければならなかった。自分の不注意が招いた結果とは言え、なんでわたしはこんな目にあっているんだろう、と思わずにはいられなかった。ユリカがもどかしい思いで待っていると、右手にゴミ袋、左手には雑巾を数枚持って倉田が走って戻ってきた。
「ほら、これで拭こう。割れたビンはこっちに入れて。あと、店長にはさ、オレが割っちゃったって言ってあるから、大石心配すんなよ。」
「ええっ、どうして?」
「いいから、いいから。別に店長怒ってないし。むしろ心配してたよ、大石さんは大丈夫かって。さあ、匂うから早く拭こうぜ。」
正直に謝るつもりだったが、倉田がそう言ったのなら今更わたしがやりました、というのも変だ。ユリカは結果的にタリーズコーヒー1杯をおごって好意に甘えることになった。
「バイクも実は買ったんだ!テストが終わったら納車なんだ。」
例の免許証をしまいながら、倉田は浮き浮きした様子で言った。そしてスマホで画像を呼び出してユリカに見せた。
「ほら、これ。SR400っていうんだ。カッコいいだろ。ヤマハのバイクだよ。これ昔、オレの叔父さんが乗ってて、子供の頃からずうっと乗りたかったんだ。それがついにオレのものに!そうだ、今度後ろに乗せてやろうか?」
「せっかくだけど、怖いから遠慮しとく。バイクは見せてね。ね、やっぱり
やんわりとユリカに断られ、わずかに気落ちした様子の倉田だったが、すぐに気を取り直して言った。
「なんでそんなゴツイ格好なんだよ。別に普通のカッコして乗るよ。そんで夏休みには西川と泊まりで大阪にツーリングに行く予定なんだ。アイツも俺に影響されて、バイク買うんだと。今はそれが一番楽しみなんだ。そういえば大石は夏休み、どうするの?」
夏休み、と聞かれユリカはその予定を思い描いた。
「うーん、きっとバンドメインだなー。なんてったって、8月の下旬にバンドコンテストの予選があるの。それに向けて多分猛練習なんだ。あとは、文芸部の作品も書かなきゃ。あっ、そうだテスト終わったら何か部誌用に原稿出さなきゃならないんだ・・・どうしよう、なにも考えてない。」
ユリカは1人で慌て始めた。そして須永のことを思い浮かべた。由比ガ浜で自分の気持ちに気づいて以来、須永に対して、あまり面と向かって話ができなくなってしまった。すぐに頬が熱を帯びるので、顔が赤くなってるんじゃないかと、変に心配してしまうのだ。
心に秘めた物思いが顔に出てしまうという平兼盛の
忍ぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで
ではないが、それが現実味を帯びそうでユリカは怖かった。
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