第28話

 7月に入ってすぐの期末試験が終わり、本日文芸部では第1回目の部誌編集会議が行われようとしていた。会議といっても実質的には皆の原稿の進捗状況の確認である。

 部室の外はじとじとと雨が降り、梅雨明け寸前の、どんよりとした重さを感じるほどの空気に包まれている。

 しかし、ユリカの心は期末テストで数学の点数が思いのほか取れたことや、しばらく部活停止だったため会えなかった須永と話せることで晴れやかであった。さらには由比ガ浜で見た月に触発されて詩が書けたことも影響していた。その詩は今日、初めてみんなの目に触れる。

 会議が始まり、現時点で出来上がっている原稿が皆に配布された。ユリカは紙に刷られた自分の詩を読み返してみた。



         満月


  ぬばたまの夜、月の輝きがしたたりはじめる・・・。

  そして、わたしはそのかそけき音を耳にする。

  輝きは次第に奔流となり、

  銀のしずくとなってふりそそぐ・・・。


  まるで絹の糸でつむいだヴェールのような光線。

  そしてふと心に浮かぶ、

 「月が綺麗ですね」という

  I love youの言葉。


  月の輝きがしたたる夜、あなたにそう言われたら、

  わたしはなんて言おう?


  白い光の粒子を浴びながら、わたしは無数の言葉を探る。

  しかし、わたしは知っている。

  どんな言葉もわたしの気持ちを表せないことを。

  

  そう、だからわたしは、何も答えない。

  そのときわたしは、

  沈黙で答え、

  ほほえみで伝える。



 ここ最近、月はユリカにとって重要な創作のモチーフであった。色々な場面で自分の生活に月が関わっているような気がしていたのだ。

 原稿に目を通していた大沢が

「大石さん、ぬばたまって何?」

と聞いてきた。ユリカが答えるより須永が先に応じた。

「夜とか、闇とかにかかる枕詞だよ。ぬばたまって言う真っ黒い実のなる植物があるんだ。でも普通知らないよね。さすが大石さん、やるねえ。形式もほとんど散文詩で、草野心平ばりの句点が効果的だねえ。ロマンチックでいい詩だと思うよ。」

 一座はへぇーとなった。

 ユリカは須永にいい詩だと言われて天にも昇る気持ちではあったが、努めて平静を装って、わずかに頭を下げるにとどめた。

「ホント、こんな詩をユリカちゃんは書くんだ。素敵。」

 横井もにっこりと笑顔で褒めてくれた。美山は相変わらず無反応である。

 その美山の詩は、ユリカが以前『黒天使の血』ブログで目にしたものだった。どうやらこれが美山の自信作らしい。



    FORTUM

  邪神の歌うメロディーが 全てを灰燼に帰す

  堕天使たちは人々を打擲し 絶望へと突き落とす


  ベルゼブブは研ぎ澄まされたナイフの切先で

  巨岩を梟雄に削り出す

  理想/願い/希望/すべて

  闇の中へ葬り去られた


  漆黒の色のない光が・只絶望を照らしている

  それは避けられぬFORTUM・残酷な響きのメロディ



 美山らしいといえばそれまでだが、これが詩と言えるのか、ユリカには判断がつきかねた。

 物心ついた頃から詩を作っていたユリカにとっては、自然と心の中から溢れ出すことばが詩をつむぐのだと考えていた。そのためには沢山のことばを自分の中に取り込み、よく咀嚼そしゃくしなければならない。自分の中の形にならない思いに形を与えるものはことばだ。

 しかしそのことばは難解である必要はない。むしろ誰にでもわかる、平易なことばで十分だ。彼女はことばどうしの霊妙な組み合わせが詩を生み出すひとつの要因だと思っている。だからユリカは装飾過多な表現をあまり好きになれなかった。

 美山の詩は、きっとそれに該当する気がした。借り物の言葉で飾られた詩はすぐわかる。ひょっとしたらスマホで難読語を検索して組み合わせたのかもしれない。そういう作品に触れたときユリカは衣の分厚いとんかつやエビフライを連想した。

 衣だけの詩は結局、中身がほとんどないということだ。衣は薄くても、中身がしっかりしていなければならない。彼女は変なたとえ方ではあるが、文学的信条のひとつとしてそういう考えを持っていた。

 けれども、そう思いつつもまた別の考えがユリカの頭をよぎる。美山は美山なりの表現をしている。そして、それを読む相手がいる。その詩が読まれて、その相手が何かしらの感動を持ったとき、その作品は詩になるのではないか。とすれば美山の書いたものも、また詩ではないか。

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