第122話

階段を上りきったとき、2人はどちらともなく振り返って多摩センター駅を眺めた。

「わたし、この景色が大好きなんだ。よく、小さい頃からこうやってここに立って向こう側を眺めてたの。」

「ここはいいよな。オレも小学生の時、よくチャリでここに友達と来て走り回ったよ。」

そうして2人はまた口を閉じた。どちらともなく中央公園の方へと歩き出す。昼間は多くの人でにぎわうこの公園も、夜はひっそりとして、そこかしこから虫の声が聴こえてくる。

 ユリカはふと空を見上げた。天空にはオリオン座が輝き、その少し離れたところでは、満月が白く、美しく光っている。

「オリオン座があんなにはっきり見える。」

 ユリカがそう言うと、倉田もそちらの方を眺めた。

「あの、左上の明るい星、なんだか知ってる?」

「いいや。知らない。大石は知ってるの?」

「うん。あれはベテルギウス。そして右下はリゲル。両方とも、一等星なんだ。」

「だいぶ詳しいね。」

「昔、よくお父さんにプラネタリウムに連れて行かれたの。いろんなところに行ったよ。どこで見たかは忘れちゃったけど、オリオン座のプログラムを今でも覚えてるの。ほら、あの3つ並んでる星、あれは3つのベルトっていう言い方をしてたな。」

「3つのベルトか・・・。」

 再び沈黙が彼らのあいだに訪れた。ただオリオン座と月の並びを2人で眺めていた。

 月はユリカに

「・・・彼にお話しなさい。」

 と呼びかけているようだった。

「・・・さあ、わたしの美しさをめなさい。」

 とも言っているようだった。

 ――いや。怖い。いつまでもこのままがいい。

 ユリカは目を閉じた。なぜいつまでも“今”が続かないのだろう。

「なあ。」

 倉田が沈黙を破った。ユリカは目をゆっくりと開いて彼を見た。倉田はユリカをまっすぐに見つめている。

「月が綺麗だな。」

 ユリカは息が詰まりそうになった。

 涙があふれそうになった。倉田は真剣な顔で彼女を見つめている。ユリカは何かを言おうとしたが、思いとどまった。そう、何も言う必要はない。

 ユリカはひと筋、涙を流した。しかし表情が崩れそうになるのを懸命にこらえた。

 そして、静かに微笑んだ。




               

              ヘビーメタルと文芸少女 ―― 完

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