第116話

「倉田くん、お酒飲んじゃだめだよ。」

 ユリカは小皿に持ったシーザーサラダをつまみながら、向かい側に座っている倉田に言った。

「わかってるよ。こんなに大人がいるんだから、そんなことするわけないだろ。」

「なあに、倉田君、お酒飲むの?」

 田中さんが赤らんだ顔に、少しとろんとした目でユリカの隣から口を出した。

「い、いえ、そんな訳ないじゃないすか。ウーロン茶ですよ、ウーロン茶。」

 倉田は自分のグラスを指さした。

「なあんだ、つまんない。私が高校生のころなんか、よおく友達と飲んじゃったけどね。まあ、今時そういうのも店側も厳しいんだろうね・・・そうだ、ユリカちゃん、最後だから聞かせてよ。」

 田中さんはユリカに向き直った。

「は、はいなんでしょう。」

「ほら、こないだの先輩、あれからどうなったの?」

 まさかここでその質問が出るとはユリカは思わなかった。前の席に座っている倉田は、隣の若い店員と話に夢中になっている。こちらの話は耳に入らないだろう。ユリカは声を落とした。

「先輩は、彼女がいるんです。それもとびきり美人の。あの2人を見てるとみんなが和むんですよ。そんな人たちです。だから、わたしは特に関係ないんですよ。」

「へえー、そうなの。あ、そー。ふうーん。ねー倉田君!」

 突然大声で名前を呼ばれた倉田は振り返った。てんでに話していた、他のひかり堂の店員たちも注目した。田中さんは倉田を指差し、話し続ける。

「こないだ来たユリカちゃんの先輩、彼女いるんだってえ。だから関係ないんだってえ。どうするよ?」

 どうするよ?と言われて倉田は困惑した。みんなも見ている。ユリカは倉田を指差している田中さんの腕をつかんだ。

「た、田中さん、酔ってるでしょ。倉田くんには関係ないですし。」

「えぇーそうかなー?どうなのかなぁ?ユリカちゃん、本当にそう思うの?なんにも知らないのねえー」

 これ以上田中さんの好きにさせるといいことはない、と判断した倉田は捨て身の行動に出た。

「うわ、やべっ!」

 倉田は烏龍茶を自分の方へさりげなくぶちまけた。

「あらあらあら」

 田中さんはそう言ってげらげら笑い始めた。どうやら彼女は酒乱らしい。

 とにかくその場はなんとかそれで収まった。

「うわーなんかオレ漏らしたみたいじゃん!」

 ジーンズを濡らして悲痛な顔の倉田の様子にユリカは笑った。その一方で田中さんの言っていたことが心に引っかかっていた。そしてその引っかかりは急激に大きさを増してゆく。


 ――えぇーそうかなー?どうなのかなぁ?ユリカちゃん、本当にそう思うの?なんにも知らないのねえー


 ここまで言われて何も気づかないユリカではない。

 しかし、その言葉だけでは確信は持てない。ひょっとするのだろうか。ユリカは胸が高まり、倉田のほうをさりげなく見た。彼は相変わらず明るく、機知の利いたギャグを飛ばしている。

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