第36話

 吹奏楽部の定演の3日後、登校日。ユリカはあまり気乗りしないまま文芸部の部室に向かっていた。須永がいないことがわかっている部室に行くのはおっくうだった。そのまま真っ直ぐに帰っても良かったのだが、須永が不在だからといって顔を出さないのは何か後ろめたい気がしたのだ。

 部室のドアを開けて部屋をのぞくと、奥に美山がスマホを手に座っており、手前に大沢が所在無さげに、やはりスマホを操作していたが、ユリカを見るなり言った。

 「あ、大石さん。今日はもう誰も来ないよ。横井は帰ったし、山賀さんは予備校だしね。池田君は休みだってさ。オレも、もう帰るよ。はい、これ鍵。戸締りヨロシクね。」

 美山と2人きりの空気に耐え切れなかったのだろう、ユリカの登場を渡りに船と大沢はそそくさと帰り支度を始めた。

 あたふたと大沢が姿を消したあと、ユリカはやや逡巡しゅんじゅんしたが、美山の向かい側に腰をおろした。美山はスマホの画面を見て沈黙している。ユリカは、特にすることもない。アイフォンをいじる気もしない。しかしすぐに帰るのも不自然なので、立ち上がり、本棚を眺めた。バルザックでも読もうと思っていると、突然美山がユリカに声をかけた。

 「大石さん、ちょっといい?」

 ユリカは何かまた怖いことを言われるのではと思いながら、

 「う、うん、いいよ。何?」

 と心の中で身構えながら美山の隣の椅子に腰をおろした。

 美山は一瞬目を伏せてから思い切ったように言った。それはユリカには思いもよらない言葉だった。

 「私、嫌われてるのかしら。」

 単刀直入にそう聞かれてユリカは返事にきゅうした。

 「えぇっと・・そういう訳ではないと思うけど。なんでそんなこと・・・」

 「さっきの大沢さんの様子もそうだし、なんとなくみんなの私を見る目がね。たしかに、私変わった趣味を持っているけれど、迷惑をかけているつもりはないし。」

 どうして美山が急にこんなことを言い出したのかと戸惑いつつユリカは

 「うーん、別に嫌われているとは思わないけど。ただ、美山さんはほら、独特の雰囲気持っているから、ちょっと近寄りがたい感じはあるんじゃないかな・・・。」

 と慎重に言葉を選びながら、思ったとおりのことを告げた。

 すると美山はしばし何かを思案している様子だったが、きっとこちらを片眼で見据えて沈黙を破った。

 「私・・・人と馴染なじむのが苦手なの・・・私ね、お母さんが本当のお母さんじゃないの。小学2年生の時、親が離婚して。私はお父さんのところに残ったの。お父さんはレストランをいくつかやっていて、お金の心配はないから、私に寂しい思いをさせないようにって何でも買ってくれた。それはもうわがまま放題。でもね・・・そのうちにお父さん、再婚したの。新しいお母さんはとても優しかったけれど、でもやっぱり、本物じゃないからどうしても馴染めなかった。やっぱりその経験が大元にあって、世界に対してものすごい違和感を感じてた。だから一人で過ごす時間が増えて。

 そのころから、買ってもらったパソコンでいろんなものを見ているうちに、ゴスロリを知って、そのダークな感じがものすごくしっくりきたの。で、だんだんとその世界にのめり込んでいくうちに、自分でもブログを立ち上げたの。そこだけが私の居場所だった・・・。そしたら、同じような趣味の友達がたくさんできて。でも、会ったことないけどね。ネットだけの友達。だって、その子たちは岩手だったり、徳島だったり、とにかく遠くに住んでいるから。

 それでもその子達がいるからなんとか不登校になったり、引きこもりになったりせずにすんだの。だから、あのブログは私の生命線なの。詩を書けばみんなが反応してくれるし、共感もしてくれるの・・・。いきなりこんなこと言って驚いた?驚くよね・・・でも、なんでこんなことを言うかっていうと、私、前から大石さんに聞きたかったことがあるの。」

 突然、せきを切ったように話しだした美山に、ユリカはどう反応して良いか解らなかった。かろうじて

 「な、何を・・・」

 とだけ答えた。

 「大石さん、どうやって詩を書いてるの?」

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