第67話
会心の演奏を終えたバナナフィッシュに観客は惜しみない声援と拍手を送っていた。舞台袖からも会場の熱気が感じられるほど盛り上がったライヴだったようだ。
スタンバイ場所に到着したデスピノたちは丁度戻ってくるバナナフィッシュたちと鉢合わせした。
「お疲れ様でしたー!」
ソメノが愛想よく言う。
「あーどうも!トリ、頑張ってください!」
と汗だくになったトランペットのジェロニモが息を切らせながらあいさつを返した。彼の瞳の中では自分の持てる力を出し切った者の愉悦と興奮がみなぎっていた。
「この人たちの後にやるのって可愛そうだね。」
ソメノは控え室に戻っていく彼らの後ろ姿を見ながら言った。
ステージ上ではよりによってフォークギターのデュオが出番を迎えていた。切なく悲しげな歌い声が会場中に響き渡る。会場の空気が明らかにクールダウンしていくのが手に取るようにわかった。
「確かに、アレのあとにコレはないよね。歌上手いけど。」
マヤもソメノに同意した。
デュオの演奏が終わり、9番目のバンドがスタンバイを始めた。
「うわーいよいよ次だよ。みんな、準備はオッケー?」
マヤは武者震いなのか、四肢をゆらゆらと動かした。
ユリカもメガネバンドを装着し、軽く頭を振ってみる。長く伸びたストレートの髪がサラサラと揺れた。よし、落ちない。
キイチは例のスティックを空振りする動作を神経質そうに繰り返している。やはり緊張は隠せないようだ。
ソメノはしゃがんでリッケンバッカーに寄り添うようにステージの方を眺めていた。
早く自分たちの出番が来てほしいという思いと、大舞台を前にして
――いまわたしは、生まれてこのかた一番晴れがましい経験をしようとしている。きっと一生忘れられないことだろう。客席でパパとママが見ているはずだ。あなたたちの娘は、これから2千人の前で、ヘビーメタルを演奏します。2人とも、結婚したときには、自分たちの子供がまさかこんなことになるとは思いもよらなかっただろうな。わたしも同じように、あと10年たったら今を振り返って、こんなことになるとはあの時想像もつかなかった・・・とか思うのだろう。不確定な未来。今、例えばわたしがここから逃げ出したら、まるで違う人生を歩むのかもしれない。
思えば4月に初めてマヤさんたちに会ったとき、私は一世一代の勇気を振り絞って自分を売り込んだ。もし、あの時何も言い出せずにいたら・・・今頃は家で本を読みながらごろごろしていたかもしれない。ひかり堂でアルバイトもしていなかっただろう。店長や、田中さん、倉田くんとも関わりなく過ごしていただろう。人の一生って本当に不思議だ。時間と、一つ一つの出来事が縦糸と横糸となって複雑に絡み合い未来を
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