第66話

 控え室に戻った高校生たちは一様に興奮し、

「2千人ってやっぱすごいね」

「わー緊張する!」

「早く出番になんないかな」

 などと各自がその思いをそれぞれに吐き出していた。

 ユリカのアイフォンには倉田からメールが入っていた。

“そろそろ本番だろ?頑張れ!大石がいないので今日店は大忙しだよ!見に行けなくてすいま千円”

 最後のくだらない駄洒落にユリカは思わずクスリと笑った。その様子を横でソメノが目ざとくとらえた。

「どうしたの、ユリカ?スマホ見てにこにこしてさ。」

「あ、いえ、こないだのバイクの同級生がメールでダジャレを送ってきたんです。あまりにくだらないんで、つまらないを通り越して失笑してしまいました。」

 そう言いながらユリカは返信した。

“あんまりくだらなくて笑っちゃったよ。でもおかげで緊張が少しだけほぐれたよ。もうすぐ本番だからお店で応援してね”

 事実、少しだけは緊張がほぐれたのだ。モニターを見ると、すでに3番目のバンドの演奏に入っている。2番目に演奏を終えたバンドが汗だくで戻ってきた。

「おつかれさまー」

「おつかれしたー!」

 出演者はそれぞれ皆初対面ではあるが、和気あいあいと出演を終えたバンドの労をねぎらっている。戻ってくるバンドのメンバーの顔は全員晴れやかで、その表情には大人数の前で演奏を終えた高揚感と緊張からの解放感が感じられた。


 刻一刻とデスピノの出番の時間は近づいてくる。それに伴ってユリカはじっとしていられなくなってきた。何度目かのトイレに行き、鏡を見て自分に

 ――大丈夫。頑張れる。優勝する。

 と言い聞かせた。

 控え室に戻ると、全員が食い入るようにモニターを見つめていた。優勝候補の筆頭、バナナフィッシュがいよいよ出番である。バンド紹介の短いビデオが流れたあと、インタビューに答える彼ら。ヴォーカルのトランペットの方はインディアンの酋長のような格好をしていた。

「マヤさん、ジョーイ・ベラドナみたいじゃないですか?」

「あはは、そうだね。クラーイフォージインディアーンって歌いそうだね。」

 トロンボーンの方は自分でペンキを塗ったような、極彩色のジャケットとスカートを身につけていた。

 ――あのスカート、どこで買ったのかしら?まさか、自分で買ったのかな・・・勇気あるな。

 ユリカがどうでもいい想像をしていると、バナナフィッシュはリハ通りに例のジャズをイントロに演奏を開始した。そしてテンポチェンジした瞬間、格の違いを見せつけるような爆発的な動きで2千人の観客を魅了した。高校生ではあるが、すでにバンド独自の世界観が出来上がっていて、楽曲のオリジナリティも群を抜いている。ちいさなモニターを通してでも、彼らのエネルギーと演奏力の確かさが伝わってきた。固定ファンもすでにいるようで、曲に合わせて歌ったり、掛け声をあげたりしている女の子たちがいた。

 ――すげえな!

 ――やっぱ優勝はバナナかなあ

 ――コンテスト荒らしだもんね、やっぱすごいわ

 控え室にいる高校生たちは口々にバナナフィッシュを褒めたたえた。椅子に座っていたマヤはギターを弾きながら黙って見ていたが、やがて立ち上がり、メンバーに言った。

「すごいけど、負けらんないね、みんな。さて、ウチらもそろそろ移動しよう。」

 おのおのの楽器を持ち、ユリカたちは舞台袖へと移動を始めた。その後ろから頭だけ出して着ぐるみを身につけたコウタローがドラゴンの頭部を大事そうに抱え、よちよちとついて行く。すれ違う人間は皆、いったい何事が始まるのかという表情を見せる。

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