第38話

 ――美山さん、こんなふうに思っていたなんて・・・ああ、どうしよう、なんて言ってあげればいいんだろう。なんとかして慰めてあげたいけれど・・・がんばれ、わたし。うん、そうだ。前からわたしが思っていたことを正直に言おう。美山さんはきっとわかってくれる。

 深呼吸して、ユリカはゆっくり、さとすような調子で美山に語りかけた。

 「あのね、美山さん、聞いて。私ね、美山さんのことをうらやましく思ってたの。」

 涙と鼻水で顔面をくしゃくしゃにした美山は、ユリカの思いがけない言葉で振り向いた。

 「うら・・・やま・・しい?」

 「そう。だって、美山さんの詩には、読んでくれる人がいて、それによって心を動かされている訳でしょ。それってとても素晴らしいことだと思ってたの。最近、わたし、そういうことを考える時があって。

 わたしは小さい頃から自分の思いを言葉でつづってきたけど、それが誰かの気持ちを動かしたことはないと思うの。たしかに沢山の詩を読んできたけど、それが逆に足かせになる時があるの。知りすぎて、頭でっかちになっちゃって、何がいいかよくわからなくなるのね・・・。

 だから、わたしが今まで書いた詩の中で一番のものは、小学生の低学年のころの詩だと思ってる。本当に、純真で素直な言葉で書かれた詩だから。言葉をたくさん知っているのは大事だけど、難しい必要はないと思うのね。そう言いながらもわたしだってカッコつけて枕詞を使ったりして、だめだなあ、と反省してね・・・。

 とにかく、書かれた言葉が相手に伝わって、何かしらの感動があるものが詩だって最近は思い始めたの。だから、美山さんの詩はそういう点で、もう立派な詩だと思うの。それこそが、わたしが美山さんをうらやましく思っていた理由。だから美山さんは今のままで、自分の思うままのやり方で続ければいいんじゃないかな。これ、本当に、ホントに心から思っていること。」

 一息に思いを伝えると、感極まって今度はユリカが両手で顔をふさいで大泣きしてしまった。

 思わぬ主客転倒に美山は戸惑った様子だったが、隠すことないユリカの告白に心を打たれ、落ち着きを徐々に取り戻した。美山はユリカの顔を覆っていた両手を静かにとって、握り締め、言った。

 「ありがとう、大石さん。ごめんね、こんなことになって。でも本当にありがとう。そんなふうに思ってくれていたなんて・・・。私、救われた。大石さんって、いい人ね。もう、大丈夫。大石さんのおかげで、元気が出た。本当のことを話せて、すっきりしたみたい。これがカタルシスっていうのかしらね?合ってる?」

 はれぼったい両目を潤ませて、美山はにっこりと笑った。

  ――美山さん、綺麗。人を心から信用している表情だ。わたしは、今、またわたしを認めてくれる人を感じている。


 少し冷静になってみると、両手を取り合って涙を流す自分たちが、なんだか陳腐ちんぷなドラマのシーンみたいだと思いつつ、ユリカは美山の立ち直るきっかけとなれたことが素直に嬉しかった。

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