第106話

 ステージの端に置いてあったエフェクターケースを持ち、小走りで講堂の外へ出て、ユリカは再び部室へ向かって歩き始めた。

 校庭の方ではすでに後夜祭が始まっているらしく、かすかに音楽と、生徒たちのざわめきが聞こえてくる。

 ユリカは、本来であれば今頃そこにみんなと参加しているはずなのに、そうではなくたまたま同時刻にたった一人でケースを左手にぶら下げて部室に向かっている自分の状況を不思議に思った。

 ――さっきはあんなに沢山の人の前で、あんなにはしゃいでいたわたしなのに、今はひとりで暗い学校の裏道を歩いている。いったい誰がここにいるわたしを知っている?ギターを弾いて1300人の人に認められたわたしと、誰もいない暗い場所にいるわたし・・・この違いはなんだろう。さっきの人たちの記憶にわたしは残っているのだろうか。存在として感じ取られているのだろうか。それって前も思ったけど、他の人が自分を認めなかったら、わたしは存在しないのでは?今、わたしを目の前にしなくても、わたしを感じている人はいるのだろうか。ひとりは寂しい。・・・あ、そうだ、確かめる方法。アイフォンがあった。

 そこには大量のメールが届いていた。すべてが先ほどのライヴへの賛辞とねぎらいだった。倉田からもメールが入っていた。

“ホントにすごかった!普段の大石からは想像もつかないくらい。大石がなんか遠いところにいるみたいだ。西川も、ものすごく喜んでた。今度は美山さんとネタ見に来てくれってさ。それじゃお疲れサマンサ。”

 少し、ほんの少しクスリとしてユリカはアイフォンをブレザーの左ポケットへ入れた。

 ――なんだか安心した。昔の人はこんなとき、孤独を感じていたんだろうな。でも、今を生きるわたしは、この精密機械のおかげで、手軽にみんなとつながることができる。それを否定的に言う人もいるけど、わたしは今、それで元気が出た。

 とりとめのない考えごとにふけりながら歩いていたら、いつの間にか部室棟にたどり着いていた。

 101号室の文芸部の前を通り過ぎる。

 ――みんなは今頃校庭で楽しくやっているのかな。大沢さんはまだあの帽子をかぶっているのかしら。美山さん、西川さんのオーディション見に行くって言ってたな。・・・須永さんどうしてるかな。今日のライヴ、どう思ったかしら・・・なんかわたし、夢中になって暴れちゃったから変なふうに思われなかったかなあ・・・

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