第18話

「いいじゃない、ゴシックアンドロリータ、個性的で。それにしても大沢は失言が多いね。じゃ、みんなそろったから出発しよう。でもなあ、これだけ混んでるとちょっと厳しいね。でもせっかくだから八幡宮には行ってみようか。一応小町通りに突入するかい?うん、そうだね。確かにせっかく来たんだから行ってみようか。」

 と須永は言ったものの、小町通りは殷賑いんしんを極めており、ほとんど身動きができないほどである。

 すでにどこの飲食店にも行列が出来ており、通りの雰囲気を楽しむどころか、押し合いへし合いで遅々として歩みが進まないので大沢は業を煮やし

「須永さん!もう横道にれようよ!限界デース!」

 と早くも文句を垂れ始めた。

 そこで須永は大沢の申し出を受け入れ、小町通りを半分過ぎたあたりで路地に入って若宮大路へと抜けた。こちらは小町通りに比べればいくらかマシ、という状態であった。人波に揉まれてすでに全員が疲労困憊である。

 美山のゴスロリ衣装はしわくちゃになり、たたんで手に持っていたパラソルの骨は1本ゆがんでいた。

「ああ!もう!これすごく高かったのに!もう最悪。」

 美山は毒づいた。怒りの矛先が自分に向かわないように大沢は美山からは一定の距離を置いているようだ。

 一方、ユリカも雑踏の中で足を何度か踏まれて新しいパンプスが薄汚れてしまい、それが少し悲しかった。しかも慣れない靴で歩いたせいで右足小指の先がヒリリと痛みを訴えている。集合の時のテンションが一気に下がった部員たちはとぼとぼと鶴岡八幡宮へと向かった。

 ユリカは八幡宮の入口にある赤い大きな三の鳥居を見上げた。八幡宮前での混雑は相変わらずだったが、境内へ入り、太鼓橋を右手に通り過ぎたあたりから、ようやく人の流れがばらけはじめた。


 広い参道の両端には、ところどころに「りんご飴」やら「わたがし」やらの露店が出ており、休日気分を高めてくれる。5月の強い日差しを浴びどおしのユリカは帽子を持ってくればよかったと後悔し始めた。絶対に日焼けする。

 美山はパラソルで紫外線を防いでいるが横井は平気なのだろうか。そういえばさっき横井からはほんのり良い香りがした。マヤとはまた別のかぐわしさだった。

「ね、ユリカちゃん、日焼け止め塗ってきた?」

 考えていたことをそのまま横井に言われたユリカはかぶりを振った。

「そうなの!それじゃ真っ赤になっちゃうよ。私の貸してあげるから塗って。」

歩きながら横井はハンドバッグからチューブ入りの日焼け止めを出し、5百円玉大に手にとって顔や腕に塗りはじめた。

ユリカも礼を言って、見よう見まねで顔や腕に塗った。塗っている最中、横井のかぐわしさはこの日焼け止めの香りだとわかった。自分も同じように良い香りを振りまけるだろうか。


 そのうちに一行は舞殿を通り過ぎて、大石段を前に立ちすくんでいた。ここへ来て誰ひとり積極的に目の前に立ちはだかる階段を登ろうとする者はいなかった。この急勾配の61段を登った先にある本宮は果てしもなく遠く思われた。

「ここの13段目で8百年前に実朝が殺されたのね。この階段を滴った血は、まだ石に染み込んでるのかしら。」

猟奇的なセリフを無表情で吐く美山に多少引きながら

「須永さん、もうここはこれでよくないすか?」

と大沢は皆の心を代弁して言った。

「そうだねえ、まさか本宮を目の前にして行かないっていうね・・・でもみんな、お腹もすいたし、メインは文学館だから、戻ろうか?」

 全員が光より速くうなずいた。結局何をしに来たのか分からぬまま彼らは来た道を大混雑の中引き返し、初夏の乾いた日差しに突き刺されながらなんとか駅までたどり着いた。皆口数が少ない。鎌倉駅前は来た時以上に混雑の度合いを増していた。

「どの店も混んでるから、パンでも買って文学館の庭で食べるっていうのはどう?」

 山賀の天才的なひらめきに一同は賛成し、多少混雑してはいるものの、駅のベーカリーで思い思いに食料を調達した。

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