第15話

「まずはモップで床の掃除から。次に陳列されている商品の補充。レジ操作はまだ無理だから徐々に覚えて。つっても商品を機械に通すだけだけど。でもクレジットカードを出すお客さんもいるから、初めは慣れないとパニックになるかもね。処方箋しょほうせんのときは薬剤師の人を呼ぶんだ。あいさつは大きな声で元気よく。いらっしゃいませ!」


 ひかり堂薬局の夕刻は忙しい。帰りがけの学生や会社員が引きも切らず店に寄るからだ。ユリカは緊張している暇もなく、次から次へと言われた仕事をこなしていった。倉田の隣でレジ操作をよく観察した。さすがに2ヶ月近く、ほぼ毎日バイトをしている倉田は手際が良い。そのうちに客に商品のありかを聞かれて案内したり、ポップを貼り変えたりとユリカも1人で仕事を見つけて店内を何度も往復した。あっという間に3時間が過ぎ、ユリカの初めてのバイトは終了した。外に出してあるオムツやトイレットペーパーワゴンの片付けをしていると倉田がやって来た。

「どうだった?忙しかったろ。でも慣れちゃえば平気だよ。土日とかで売上が百万超えると大入り袋もらえるんだぜ。」

先輩風をふかす倉田は少し大人びて見えた。

「へえ、そうなんだ。それにしても働くって大変だね。でもあっという間に終わったから、まあがんばれるかな。今度はレジ打ち教えてね。」

倉田は愛想よくオッケーと言いながらガシャポンやジャンケンポンゲームを店内に運び込んだ。

「このジャンケンゲーム、昔よくやったろ?」

「やったやった。すぐに負けちゃうんだよね。わたし小学校の時、おこづかいの半分使って泣きべそかいたことある。なつかしいなあ。ジャンケンポーン、ズコー!ってね。」

「そうそう、ズコー!がまた腹立つんだ。でもこれ今でも結構人気あるんだぜ。」

 他愛のない会話を交わしてユリカのアルバイト初日は終わった。


 次の土曜日は朝イチから店に入った。午前中は客足が少なかったので、倉田は丁寧にレジの打ち方を教えてくれた。昼の休憩時間になって、倉田が聞いてきた。

「大石はさあ、バンドやってんだよね?どんなのやってるの。」

「ええと・・・メタリカって知ってる?世界的に有名なバンドなんだけど。」

「うーん、なんとなく。要はヘビメタってこと?」

「ヘビメタって言わないで。ヘビーメタル、もしくはメタルって言って。」

 ユリカが半ば不機嫌な様子を見せたので倉田は言い直した。

「わかった。ごめん。ヘビーメタルね。しかしすごいな。中学の時の大石って正直そんなに目立たなかったじゃん。なんかいつも本読んでたよな。でも実はギターが弾けたり、メタルを聴いてたり。イメージ大分変わったわ。」

 倉田が素直に訂正したのでユリカは機嫌を直して応じた。

「たしかにわたし、中学の時は引っ込み思案だった。でも高校に入ったら、いろんな人に出会って、自分でも少しずつ性格変わってきたなって思うんだ。倉田くんは相変わらずだよね。」

そう言われた倉田は意外な顔をした。

「相変わらずっていうか、そう?なんかさ、俺、高専失敗かなーなんて思って。」

「なんで?」

「いや、最初は単純にバイク乗れそうだからっていう理由で推薦受けたんだけど、入ったらほとんど男子校状態なんだぜ!だから女子と話をしたのは大石が久しぶり。これがあと5年も続くと思うとおっそろしくてさあ。」

「何その理由。倉田くん、中学の時結構モテたんじゃないの。今彼女とかいないの?」

「いるわけないでしょ。だったら土曜の午前中からバイトなんかしてないって。今の楽しみはホント、バイク買うことだけ。そういえば、大石はなんでバイト始めたの。お金がいるって言ってたけど、生活苦?」

倉田の切り返しに、ユリカはあははと笑って答えた。

「ううん、わたしは新しいギターが欲しくて。他にもエフェクターっていう、ギターの音を作る機械とか色々必要なの。」

 そしてデスピノのことや、バンドは思いのほかお金がかかるということを説明した。

「ヘェー、全然知らない世界だ。そうだ、今メタリカ聴いてみよっかな。」

倉田はそう言ってスマホで動画を検索し始めた。ユリカは

「まず、バッテリーっていう曲を聴いてみて。」

とアドバイスした。ずらりと出てきたバッテリーの動画検索結果を倉田はユリカに見せて

「どれ見るのがいい?」

と聞いてきた。

ユリカは目を凝らしてとりあえずカークが例のベラ・ルゴシを使用している動画を選び、再生した。直後にジェームスがお馴染みのバッテリーのイントロを弾く映像が再生された。スマホの貧弱なスピーカーからシャカシャカと聴こえるバッテリーは迫力不足だったが、それでも倉田を驚かせた。

「うわ、すげえ、速っ!なに、大石、こんなのバンドでやってんの?」

「どう、めちゃめちゃカッコイイでしょ!」

 スマホの小さな画面の中ではカークがソロを弾き始めた。

「これ!このギターが欲しいの。12万円するんだよ。すごくいい音がするの。あー早くこれ弾きたいなあ!」

倉田は動画と、ワクワクしながらそれを観ているユリカを見比べ、どこでどうすれば、このおかっぱメガネ少女とメタリカがつながるのかを不思議に思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る