第82話
ユリカは今までこんな派手な服を着たことがなかったので最初は恥ずかしい気もした。だが、慣れとは恐ろしいもので、昨日美山と横井とユリカの3人で学内をこの格好でうろついているうちに、祭りに浮かれる、日常と違う雰囲気の中で感覚が次第に麻痺し、今度こういう服も買ってみようかしら、という気にまでなったのであった。
「こうやって、みんなで普段と違う格好をすると楽しいね。そうそう、開店前に記念写真をとろうか。あれ、これどうやってセルフタイマー合わせるのかな。」
黒のインバネスに身を包んだ須永は、3人の下級マジシャンを束ねる吸血鬼だと言われても、なるほどと納得できてしまうような出で立ちである。そして、その格好でデジカメをセットするのに四苦八苦している須永の様子がユリカには妙におかしかった。
須永がタイマー操作を理解するには、まだ時間がかかりそうだったので、ユリカは教室前方にしつらえられたカウンターに積んである部誌をなんとなく、パラパラとめくってみた。表紙には5月にみんなで訪れた鎌倉文学館が描かれていた。去年の鉛筆のラフな感じから一転、丁寧に彩色された水彩画であった。建物の全景は描かれておらず、むしろその空の方に力点が描かれているような独特の構図で、どこかしらエドワード・ホッパーの絵画のような不思議な雰囲気をたたえた、横井の才能を改めて感じさせる素晴らしい風景画である。
ユリカは何度も読んだ自分の詩が印刷されたページを繰ってみた。今日、この本はコーヒセットと共に購入され、見知らぬ人に彼女の詩が届く。ものごとの不思議なめぐり合わせについてユリカはまた思いを馳せるのだった。一介の女子高生のたわごとと受け取る人もいるだろうし、もしかしたら何かしらを感じてくれる人もいるかもしれない。いずれにせよ、詩と、人の一期一会である。
開店準備の楽しい時間はゆるやかに過ぎていく。
10台ある5本立ての
壁には額縁に入った得体の知れない外人の肖像画が掛けられ、教室後方のロッカーはビロード製の黒布で覆われていた。そしてその上にはアンモナイトの化石、頭蓋骨のオブジェなど、美山は一体どこからこれを手に入れたのだろうかと思われるものばかりで占められていた。
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