バーク・アット・ザ・ムーン

第7話

 京王多摩センターの改札からギターを背負って出てきたユリカは、すっかり尾羽打ち枯らした様子でとぼとぼと歩いていた。

 ――こんなはずじゃ無かった・・・私なんてまだまだダメだ・・・。

 デスピノの初めての音合わせで彼女はすっかり打ちのめされてしまっていた。



 御茶ノ水でギターを弾きまくり、マヤとソメノに認められた翌日の昼休み、ユリカは相変わらず教室の隅で本を読んでいた。こういう時は、ほとんど周囲の音が遮断されるのでしばらくは何のことかわからなかった。

 ・・・さん、大石さん!

 まさか自分の名前が呼ばれているとは思わなかったのだ。ふと顔を上げると、隣の席の川野という幼稚舎組のクラスメイトが目の前に立っていた。

「ねえ、マヤさんとソメノさんが大石さんを呼んでるんだけど・・・」

 その声には軽い羨望が入り混じっていた。教室の前方のドアに目をやると、なるほど2人がユリカに向かってニコニコしながら手を振っている。ユリカは本を置いて立ち上がり、机の間を通って2人のもとへ進んだが、その途中、何故だかわからないがクラスメイトの、特に女子生徒からの突き刺すような視線を背中に感じていた。

「今週の日曜日、ユリカはヒマ?」

 対面するなりマヤが聞いてきた。休日は図書館か、家でギターと決まっているので

「は、はい。暇です。特に予定はありません。」

 と答えた。

「じゃあさ、とりあえず2時でスタジオ予約するから、「マスター」と「バッテリー」を練習しておいて。できるよね?」

 ソメノがワクワクした様子で聞いてくる。

「は、はい、練習しておきます!」

 こんなにすぐにスタジオに入るとは思っていなかったので、ユリカは内心穏やかではなかったがここで尻込みするわけにはいかない。それにどちらの曲も弾きなれているから、大丈夫だろうという見通しはある。話を終えて、再び席に戻った途端にえらい勢いで川野を筆頭に幼稚舎組の女子が数人、ユリカを取り囲んだ。突然のことにユリカは何事かと思ったが、川野が口を切った。

「ね、ね、大石さんてマヤさんとソメノさんと仲いいの?」

 川野の真意を測りかねたのでユリカは戸惑ったが、とりあえずありのままを答えた。

「う、うん。仲いいっていうか、昨日、あの2人のバンドに入ったから・・・」

 おおう、というどよめきが彼女たちの間から起きた。

「バンドって、デスピノのこと?」

「軽音は活動停止じゃなかったの?」

「ていうかどうして?どうやって?大石さんてバンドやってたの?」

 矢継ぎ早に繰り出されす質問に、ユリカは面食らった。

「ちょっと、大石さん困ってるじゃない。」

 と川野が一同を制した。そうしてユリカに向き直り、改めて聞いた。

「ごめんね、いきなりびっくりするよね?でもあたしたちもびっくりしたよ!だってマヤさん、ソメノさんって言ったらウチの学校のスターだから。大石さんは受験組だから知らないかもしれないけど、デスピノのファンクラブもあるんだよ。私たちも中等部の頃から憧れてたの。それで、ほら・・・やっぱり予餞会のことがあって、気になってたんだ、みんな。」

 なるほど署名が200人集まるわけだ、とユリカは思いつつ、自分がギターを弾くこと、佐久間とのやりとり、そして(自分が我を忘れて楽器屋で暴れてそのあと号泣したことは伏せて)デスピノに加入したいきさつなど、順を追って話した。

「へえー見かけによらず大石さん、スゴイ人だったんだねー。あ、見かけによらずとかゴメンネ。」

 そう言って川野は笑顔を見せた。

「ううん、ほんとにわたし見かけはぱっとしないから。」

 ユリカも笑顔で答えた。

 この時から、クラスメイトのユリカを見る目が変わった。もう教室の隅で1人お弁当を食べることも、本を読んで休み時間を過ごすこともなくなった。大石さん、という呼び名がいつの間にかユリカ、になった。特に川野は隣の席ということもあって仲良くなった。川野はユリカの聡明さに打たれたようだった。幼稚舎組の友人とはまるで違った魅力をユリカに感じたのだろう。ユリカもまた本では味わえない、生きた人間との交流の大切さを知った。休み時間に本が読めないのは少し残念ではあったが、新しい友人たちとの、とりとめのないおしゃべりは楽しかった。高校に入った途端、人と接することが急に増えたことに戸惑いつつも、ユリカは少しずつ変わりつつある自分を意識していた。ユリカはよく笑うようになった。そうしてこのままずうっと充実した時間、実りある学園生活が続くと思われた――日曜日のデスピノの初練習までは。

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