第30話

「あーウチらは指定校狙ってるから、中間期末以外ほとんど勉強してないんだ。今の成績なら多分マーチあたりならどっか入れると思うし。」

 マヤはダークモカチップフラペチーノをすすりながらそう言った。

「そう。だからユリカはそんな心配しなくても平気だよ。それにしてもアタシ達、入学試験を一生受けることないんだね。こういうのを人生イージーモードっていうのかな?」

 ソメノはサメを退治するスマホのアプリに集中しながらマヤに相槌あいづちをうった。

 ユリカはそんなものか、と拍子抜けした。

 渋谷学園の幼稚舎組の生徒は裕福な家庭の子女が多い。そういう育ちのせいかマヤにしろ、ソメノにしろ、どことなくお嬢様の性格が時に顔を出す。そもそも高等部の受験組は生徒の3割ほどで、その中でもユリカのように団地住まいは珍しかった。


 以前バンドの練習後、そのままマヤの家に行き、みんなで遊んだことがあったが、自由が丘の一軒家でユリカはそれだけで萎縮してしまった。マヤの父親は、有名な代議士の議員秘書をやっているそうだ。

 マヤの家にはオーディオルームがあり、そこでみんなでメタリカのライヴを収めた『ケベック・マグネティック』をブルーレイで鑑賞した。

 巨大なプロジェクターに映像が映し出され、こだわりのスピーカーからは腹の底に響くような重低音が鳴り響いた。まるで本当のライヴ会場にいるような錯覚を覚えたが、あまりの迫力に途中からユリカは疲れを覚え、最後にはふかふかのソファにもたれぐったりしてしまった。


「どうしたの、ユリカ、そんなこと急に言い出してさ。もう受験勉強?」

 マヤはフラペチーノの底に残った生クリームを何とか飲み干そうと必死になりながらそう聞いた。

「いえ、文芸部の先輩たちが勉強大変だって言っていたんで、気になったんです。」

「確かに正面突破しようとすると、大変よねー。ユリカはもう志望校とか考えてるの?」

 そうマヤに言われて、思わずユリカは答えた。

「あ・・・あの、早稲田の文学部とか・・・」

「おぉ!さすがユリカちゃん、志が高いね!俺もマヤ姉みたいに指定校あればいいんだけど、行きたいところがないからなあ。」

「キイチさんはどこ受けるんですか?」

「どこって、まだ決まってないんだけど、薬学部系統かな。あー勉強しなきゃな・・・でも今年の夏はデスピノもあるし、あとオレ吹奏楽部の助っ人も頼まれてんだよ。」

「何、例の彼女か。」

 ソメノはニヤけながら、キイチを今度は肘で小突いた。

「そうだよ。別にいいだろ。8月1日の定期演奏会でポップスをやるのにドラムが必要なんだって。でも叩けそうなヤツがいないから、俺のところに話が来たんだよ。断る理由もないしね。」

「キイチさん、彼女いるんですか。」

 キイチには答えさせずにウキウキした様子でマヤが教えてくれた。

「そう、生意気に。で、その子結構可愛いんだよ。同じクラスのユキナちゃんだっけ?なんかねー、コイツのドラム叩いてる姿見て勘違いしたみたいよ。」

「勘違いってなんだよ。余計なお世話だよ。とにかくそっちの曲も覚えなきゃならなくって、今大変なんだ。楽譜を見ながらやってもいいんだけど、なんか慣れなくって。」

「でもアンタのドラムが吹奏楽部に入ったら、逆にうるさすぎるんじゃないの?」

 マヤはすっかり飲み干したフラペチーノの底をストローでかき混ぜながら言った。

「そういう話もある。こないだ一回練習に出たんだけど、顧問の先生が小暮くん、もう少しボリューム下げてくれる?ってさあ。だから少し抑え目に叩いたんだけど、逆にフラストレーション溜まっちゃって。しかも、ラテン系の曲とかもやらされて、これがまたノリがメタルとは全然違うから難しくって・・・」

「だから今日あんなに力強く叩いてたんですね。そういえば、全然関係ないんですけどキイチさん、横井さんとは同じクラスですか?」

「横井?ああ、違うよ。だって横井は文系だからクラスが違うんだよ。中等部の時は同じクラスだったこともあったよ。確かあいつ芸術系に行きたいんじゃないのかな。結構男子に人気あるんだよね。今まで何人かコクったらしいけど、みんなフラれたってさ。」

「そうなんですか!横井さん美人ですもんね・・・。」

 思いもよらない情報を聞いてユリカは横井の別な面を知った気がした。

 ――横井さん、何人かフッたって、なんて言って断ったんだろう。やだ、なんか意味なくドキドキしてきた。好きな人に思いを告げるってどれほど勇気が必要なんだろう・・・とても私にはできそうもない・・。


 そういう場面の経験がないユリカはその時の緊張感を想像した。すると急に照れくさくなり、さらには相手に須永を想定したとたん、心拍数が跳ね上がるのを感じた。

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