第96話

 ユリカの視界は講堂を埋め尽くした観客で一杯になった。ものすごい人数だ。

「エクスタシー・オブ・ゴールド」が終了したと同時に、キイチのカウントが入った。

 ダン!ダッダッダー!

 その瞬間、ユリカは体の中で何かが爆発したように感じた。

 彼女は激しいヘッドバンギングをしながら「マスター・オブ・パペッツ」のリフを弾いた。マヤの力強いヴォーカルがそれに乗って鳴り響く。

 観客の方を見ると、講堂の中央部分では暴力的な音楽によって衝動を抑えきれない若者たちが時計回りにぐるぐると回転し、ぶつかり合い、猛烈な勢いの渦を作り出している。そうやってあっという間に大きなサークルピットが形成された。ユリカは昔読んだポオの小説に出てくる「メエルシュトレエムの大渦巻き」の迫力ある挿絵を思い出した。

 観客前列では押しつぶされそうになっている男子生徒も女子生徒もみんなサイリウムをふりかざし、思い思いに拳を振り上げたり、腕をあげたり、頭を振ったりしている。

 ユリカはワイヤレスのおかげで自由に走り回り、時に飛び跳ね、ひたすらギターをかき鳴らした。

「マスター」の前半が終わり、中間部分のツインリードに突入すると、いつものように観客がそれに合わせてメロディーを歌う。ユリカはマヤと並んでその旋律を丹念になぞる。この部分を演奏する時はいつもマヤとの一体感を感じるのだが、今日はそれがさらに顕著けんちょだった。まるで自分がマヤの音を出しているような錯覚に襲われたのだ。マヤも同様に感じているのか、時折ユリカに視線を向けて

 ――わかっているよ。

 とばかりに微笑む。

 そして、先程まであれほど激しい動きを見せていた観客は、今はおとなしくゆったりとした曲調に身を任せ、まるでいでいる海のように穏やかに落ち着いている。

 そのなぎはユリカとマヤが二重奏を終えて、重量感のあるコードを弾き始めたところから徐々に嵐の前のさざめきへと移ってゆく。

「マスター!マスター!」

 ズンズンと腹に響くデスピノのビートに合わせて講堂にいる全員が声を限りに叫ぶ。

「みんな!もっと大きな声だせるでしょ!」

 マヤはさらに客をあおり、右腕をエクスプローラーに叩きつけるように演奏する。

 そしてリハーサル通り、コウタローのドラゴンがこの荘厳なヘビーメタルサウンドの吹き荒れる中、観客を威圧するように登場した。

 ドラゴンの登場で荒れる海のごとき観客の勢いは増し、その歓声はバンドの大音量に拮抗するほどの高まりを見せた。

「ギターソロ、ユリカ!」

 マヤが叫ぶと同時にユリカはドラゴンの横でギターソロをスタートさせた。

 怒涛の勢いで彼女がソロを弾く中、ドラゴンはユリカの守護神のように寄り添い、ゆっくりと口を開いた。

  観客は漆黒の衣装をまとい、激しいギターソロを奏でているユリカと大きく口を開けたドラゴンのコンビを圧倒される思いで注目した。

 そして次の瞬間、ドラゴンはものすごい勢いで口の奥から大量の泡を吐き出し、その泡は放物線を描いて観客の上に降り注いだ。

 ぶわああああああああ・・・・

 泡は空中で無数のシャボン玉に分裂し、ユリカの攻撃的なギターソロに乗って講堂じゅうを満たした。観客たちは突如展開したこのファンタジックな演出に、もう夢中になってシャボン玉をつかもうとしたり、サイリウムで割ろうとしたりしている。

 ――わあ・・・素敵・・・

 ユリカはソロを終えると、シャボン玉でいっぱいになった講堂を見回し、その幻想的な雰囲気にうっとりとなった。

 再びマヤが歌い始め、曲は終盤へと向かう。

 ようやくドラゴンの口から吐き出された泡は終わり、コウタローは自らの役目を終えて、ステージの袖へ戻っていった。コウタローは火を使わずとも客を喜ばせたことと、初めて曲を止めなかった自分の働きに満足していた。

「マスター・オブ・パペッツ」の最後の一音を出し終え、デスピノは一曲目の演奏を終えた。すでに観客の興奮は最高潮に達する勢いである。

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