第60話

「えぇー」

 突然見せられた着ぐるみの動画の主人公がコウタローだと知って、ユリカたちは一様に驚きの声を上げた。

「オレ、今テレビとかで使う造形の会社でバイトしてるんだ。昔からこういうのに憧れてたんで、仕事の合間にウレタン削り出して少しずつ作ってたんだ。そしたら、会社の人が認めてくれて、予算つけてくれて、ここまでのものになったってわけ。これ一応ドラゴンなんだ。こないだ初めてこれ着てイベントに出たんだけど、子供とかマジで泣いたりするくらいリアルだよ。そんで俺さ、実はこの世界でやっていこうかなって。」

 確かに彼の言うとおり、画像の中のドラゴンはよくできていた。とても素人が作ったものには見えない。

「すごいけど、これがどうデスピノに関係あるの。」

 マヤはコウタローの言わんとしていることがわからない。コウタローはいよいよ核心に迫ったと思った。

「ほら、アイアンメイデンってさ、エディがいるじゃん。」

「エディって何?」

 キイチが口を出した。

「アンタ、マニアックなデスメタルとか、最近のメタルとか、そういうのは詳しいくせに、エディ知らないのかよ。たまにはオールドスクールなメタルも聴きなよ。ユリカに教えてもらえば。」

 ソメノがキイチを馬鹿にしたように言った。

「エディはメイデンのジャケットに載ってるキャラですよ、ゾンビみたいな。キイチさんも見たことあるんじゃないですか。」

 ユリカにそう言われてキイチは合点がいったようだった。

「あーあれか!分かった分かった。あれエディっていうんだ。」

「そのエディはさ、メイデンのライヴでここぞっていう時に出てきて、スゲー盛り上げるじゃん。」

 コウタローは説明を続ける。

「で、オレもみんなが演奏している途中でドラゴンとして登場して、客をビビらせたいわけ。」

「おぉー!いいじゃないっすか!オレ賛成!」

 キイチは一も二もなくそう言った。

「アンタはこれを見たいだけじゃないの?ドラゴンねえ・・・ふうーん。うーん・・・」

 マヤはしばらく思案していた。目をつぶり、しばらくして決心したように口を開いた。

「まあ、インパクトはあるかもね。確かに優勝するためには何でもしなきゃか・・・ソメノ、ユリカ、どう思う?アタシもキイチの言うとおり、結構いいかなって思うけど。」

 マヤはどうやらドラゴン登場については賛成の方面へ傾いているらしい。リーダーがそういうのならソメノもユリカも異存はない。

「マヤがいいのなら、アタシもオーケー。ね、ユリカ。」

「はい。確かにこんなのが出てきたら、観客の度肝を抜くと思います。」

 話は決まった。

 当日、コウタローがクルマで着ぐるみを運び、そのまま楽屋で装着するのだそうだ。

 コウタローは結果に満足し、内心ほくそ笑んだ。このドラゴンのインパクトを助けとしてデスピノが優勝すれば、自分が作った着ぐるみも当然話題になるだろう。そうすれば業界に名を売ることができるかもしれない。そんな打算が働いていたからだ。デスピノに貢献したいという言葉は嘘ではなかったが、自己の利益を優先的に考えた結果、土下座も辞さなかった彼は実に腹黒いと言えた。

 そしてさらに、このドラゴンに関して、コウタローがデスピノのメンバーに対して意図的に黙っていた秘密がひとつあった。おそらくそれを口にした途端、マヤは確実に拒絶していたことだろう・・・。しかしそんなことを一向に知らぬ彼女らは、自分たちの優勝がさらに確たるものとなったと、無邪気に喜び合っていたのだった。

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