第93話

 キイチはドラムセットに収まり、突然猛烈な勢いでどたたたたたとブラストビートを叩き出した。

「キイチ、デスメタル勘弁。やりすぎー。」

 そう言ってソメノは体をほぐすためにぶるぶると両腕を振った。

「ユリカ、準備オッケーね?じゃ、マスター、ワン、ダメージ・インクの曲順どおり、通しでやろう。」

 マヤの指示でバンドは準備を整えた。そしてキイチのカウントでリハーサルがスタートした。

 ユリカは演奏しながら、人気ひとけのない、広い講堂兼体育館の中を見回した。夕日が窓から斜めに差し込み、床のバスケットコートのラインに沿って白い平行四辺形をいくつも描いている。

 ――あと1時間もすればここに、お客さんが来るんだ。1000人来るのかなあ・・・。神様、どうかよろしくお願いします。ライヴがきっと成功しますように。あぁ、それにしても、あれからもう1年か。こうやってここでギターを弾いているなんでウソみたい。

 ユリカは今更ながらに感慨を新たにしていた。

 初めて使うワイヤレスシステムの音の様子をチェックするために、ステージから降りて、バスケットコートをウロウロしながらマスターのソロを弾いていると、コウタローのドラゴンが野音と同じタイミングで現れた。しかし今回はさすがに火は吹かない。ユリカは彼がどうするのか見ているとその意外な展開に驚いた。

 ――わ、コウタロー先輩、あんな仕掛けにしたんだ!これならみんな喜ぶだろうな。燃える心配もないし。

 コウタローのギミックのテストは上々で、ワイヤレスシステムの音も問題なかった。シールドが抜ける心配から解放されたので、かなり身軽に動けそうだ。そうして残りの2曲もつつがなくリハを終えた。

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