第58話
新宿南口のマックでコウタローはぽつりぽつりと話し始めた。
「本当はもっと早く謝りたかったんだけど、オレも浪人はするわ親に勘当されかけるわでなかなか気持ちの整理がつかなくってさ・・・言い訳がましいけど。本っ当に申し訳ない・・・。」
そうしてガタンと立ち上がり、またマックの床で土下座をしかねない雰囲気になったので、マヤは慌てて制止した。
「やめて!今更もういいですよ。アタシたちは自力で何とかやるから。それに今デスピノはユリカがいるから、先輩がいたときより、バンドは充実してるんです。」
そう言われてコウタローはユリカの方をおずおずと見た。ユリカは軽く会釈をした。
「は、はじめまして。1年の大石ユリカです。」
「あ、こんちは。フェイスブックで見たよ。ちょっとだけ載ってた動画を見たけど、ギター上手だね。俺よりずっと上手いよ。」
コウタローはやや平静を取り戻した様子でユリカを褒めた。
「それで。コウタロー先輩の用事は終わりですか?」
ソメノもマヤと同様、コウタローに対してつっけんどんに言った。コウタローはその調子にちょっと気おされたようだったが、いいやとかぶりを振った。
「オレもオレなりに、みんなに貢献したいと思って。なんとか罪滅ぼしができないかって考えたんだ。」
「どういうことっすか?」
ボヤ騒ぎに関してはわりと寛容だったキイチはそう言いながらシェイクのストローをくわえた。
そこでコウタローはやおら自分のスマホを取り出してなにやら操作をしながら
「みんなは決勝に出る他のバンドのこと知ってる?」
と聞いてきた。ユリカたちは顔を見合わせた。実際、他のバンドのことなど眼中になかったのだ。
「やっぱりな。きっと優勝できるとか考えてるんだろ。まあ、確かに今のデスピノはすごいよ。でも、井の中の蛙って言葉もあるから。一応、決勝の10バンドはなんとなく知ってるだろうけど、実際どんな演奏をするかは気にしてないだろ。」
確かに、コウタローの言うとおりだった。優勝は既定路線だと皆勝手に思い込んでいた。今の自分たちの状態なら間違いない。そして優勝すれば1000人なんてすぐ集まると思い込んでいたふしはあった。しかし考えてみればそんな保証はどこにもなく、ほかのバンドが優勝する可能性だって十分にあるのだ。彼らはあまりに充実した自分たちの状態に
「ほら、このバンド。デスピノが負けるとすれば、こいつらだけかな。」
東京ハイスクールバンドコンテストのホームページに掲載されている写真をスクロールしたコウタローはとあるバンドの写真を拡大した。
バナナフィッシュ。
そのバンド名を冠した集団はメンバー全員がアフリカの民族衣装風の派手でカラフルな衣装に身を包み、
ドラム、ベース、ギターの他に、トランペットとトロンボーン、さらにはアルトサックスとキーボードという構成である。そこにはデスピノの写真も掲載されていたが、予選通過時に吉祥寺フォルテ前、制服姿で撮ったそれはバナナフィッシュに比べると大分地味な絵ではあった。
「バナナフィッシュって・・・この人たち、サリンジャーが好きなんでしょうか。」
ユリカは思ったことを言った。
「サリンジャー?それってデリンジャー・エスケイプ・プランと関係ある?」
とキイチは冗談のつもりで言ったのだが、誰もデリンジャー・エスケイプ・プランを知らなかったので、意味が通じず、一同は黙り込んでしまった。キイチは会心のギャグが受けなかったので決まりが悪い様子になり、妙な雰囲気になったので、咳払いをしてユリカが話を戻した。
「あの、サリンジャーは『バナナフィッシュにうってつけの日』っていう小説を書いているんです。だからそれに関係あるのかなって思ったんです。」
ソメノはハッとした様子でマヤに言った。
「あれ、その名前どっかで聞いたなー。マヤ、知らない?」
「知ってるよ。ホラ、英語のリーディングでやったじゃん。ライ麦畑でなんとか・・・」
「あっ、その人です。リーディングでやるんですか!素敵。」
「ユリカが言うほど素敵じゃないよ!みんな意味わかんないってぶーぶー言ってたよ。」
そういうソメノも『ライ麦畑でつかまえて』を理解できなかった一人であった。
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