第149話 肝試し気分
ちょっとだけ覗いてみようかな? なんて軽い気持ちで遺跡ダンジョンまで来てしまった。
別に今すぐダンジョンにアタックするつもりはなく、事前調査のためだけどね。
アントネストもそうだけど、ダンジョン周辺には色々なお店があって、食料などの買い物もできるようになっていた。
定番の干し肉やドライフルーツ、硬いが日持ちのするナッツを混ぜ込んだカロリーの高そうなパン等が売られている。
他には薬屋や武器のメンテナンスをしてくれる出張店舗もあり、日帰りダンジョンに慣れ切っていた俺には逆に新鮮なラインナップだ。
「最低でも数日間は潜ることになるからな」
「そうなんだ」
ちょっと行ってすぐ帰るようなダンジョンではないってことだね。
浅い階層ではまともに稼げる魔物は現れないので、どうしても深く潜ることになる。サヘールに限らず、大体のダンジョンは三階層ぐらいから本格的にまともなアイテムがドロップしだすそうだ。
一~二階は新人や初心者が雰囲気を掴むためにあるようなものであり、危険な魔物も出没しない。(それこそがトラップなんだろうけど)そこまでなら俺でも平気だろうと、覗くだけのつもりで入り口付近までやって来た。
すると。
「アンタら他所もんだろ? 悪いこたぁ言わねぇ、暫くダンジョンには潜らねぇ方が良いぞ」
お店を覗きながらうろついていると、ダンジョンから出てきた冒険者が俺たちに声をかけてきた。
「どういうことだ?」
「カーバンクルが五階層付近まで現れるようになったからな。行くのは止めときな」
「これから報告に向かうとこなんだが、腕に自信がない奴は三階から下には降りねぇ方が良い。既に十階層のゴーレムが、五階層付近にまで出やがってるからよ」
「しかも通常一体なのに、三~五体一気に出てきやがる」
「その内数十体の群れになるな。ありゃもうしばらくは無理だわ」
「暫くとは? こういうことはよくあるのだろうか?」
ディエゴが親切な冒険者さんたちに問い掛けた。
「よくはねぇが、たまにある」
「数ヶ月前は魔晶石の鉱山で見かけたって話だったぜ」
「サヘールじゃ珍しくもねぇよ。十日程度で治まるだろうしな」
「カーバンクルが出たら、休養日の合図みたいなもんだ」
どうやらカーバンクル自体、たまに出没する魔物として認識されているようだ。
そして鉱山やダンジョンにカーバンクルが出没すると、臨時休業の合図になるらしい。労働者がこれ幸いと、カーバンクルにかこつけて仕事を休むからなんだって。
うむ。無理をしない主義の俺にとっては、素晴らしい休暇の取り方である。
命がけだから尚更だ。
「では、ダンジョンには入れないのだろうか?」
「いんや。入れるぜ。つっても、自己責任だからな」
「救助申請しててもみんな休んでっから、そこは覚悟しとけって話だよ」
予定の日数を越えても出て来なければ、事前に救助申請をしていれば助けが来る可能性はあるが、カーバンクルの出没している期間は誰も彼もが休むために救助依頼を引き受けないということなのだろう。
それを知っていて入るヤツは、助けが来ないことを覚悟しろってことだね。
「なるほど。忠告ありがとう」
「礼には及ばねぇ。ここじゃ当たり前の声掛けだからよ」
「もし入るんなら、二階層までにしとけ」
「つーか、入らねぇ方がいいんだけどな」
彼ら曰く、ローカルルールをよそ者に知らせるのも、冒険者の義務みたいなものなのだそうだ。
たまに魔動船に乗って、サヘールのダンジョン目当てにやってくる冒険者もいるので、見た目からしてよそ者と判る俺たちに声をかけてくれたのだろう。
とっても親切だね。
確かにダンジョンの出入り口では、入るより出てくる冒険者の方が多かった。
「……確認だけして帰るか」
「そうだね……」
忠告はされたけれど、ここまで来たのだからちょっとだけ見てみたい。
まぁ、俺たち二人とも特に仕事もなく暇だからね。
働いているアマンダ姉さんやギガンたちに申し訳ないので、ダンジョンの様子を確認するだけでもしておこうということにした。
◆
サヘールの遺跡ダンジョンは、巨石を積み上げた建物のような形をしていて、半ば砂に埋もれていた。
そして入る人より出て行く人の方が多いというより、出て行く冒険者しかいない。
なので俺たちが前に進めば進むほど、親切な冒険者が声をかけてきた。
「様子を見るだけだ」
「みるだけー」
「そんならいいけど、無理はするなよ」
「石コロやくず鉄を落とすゴーレムでさえ、今じゃ数体がかりで襲ってくるから気を付けな」
「了解した」
「したー」
そんな会話を交わしながら、テクテクとダンジョン内を進んで行く。
子供に見える俺だけれど、シルバやノワルを従えているのでテイマーに見えるようだ。サヘールではテイマーはさほど珍しくないので、怪しむ人はいない。
子供でも使役できる魔獣はそこそこいるそうで。小さな頃から育てている人もいるって話だ。他では見かけなかった従魔らしき魔獣を従えている冒険者もいるしね。
よく見たら召喚獣なんだけど、ダンジョン内が暗いのもあって、シルバの美しい銀の毛並みもはっきりしないからな。ノワルなんか黒っぽいから余計に見え難いし。
ダンジョン内の通路がトンネルのような広さなので、かの有名な犬鳴峠のトンネルを、肝試し気分で歩いているような感覚に陥る。行ったことないけど。
一人でダンジョン内を歩いている訳でもないし、怖い感じがしないのだけが救いである。
「一階層だからか、何も出てこないな」
「ソウダネ」
小一時間ほど歩いたところだろうか。やがて誰とも遭遇しなくなった。
ところでさっきから遠くに白い何かが見えるのだが。アレは何だろう?
何故かディエゴもシルバやノワルですら気づいていないようだ。
もしかしてアレは、俺にだけ見える幽霊のようなモノなのだろうか?
ただの明かりと言う気がしなくもないんだけど、白すぎるんだよね。冒険者の下げ持つカンテラの明かりはみんなオレンジ系だし。誰かがこちらへ向かって来ているような気がしなくもないけど。
「他の冒険者も、全員出尽くしたようだな?」
「ソウダネ」
誰ともすれ違わなくなり、気が付けばダンジョン内には俺たちだけになっていた。
みんな退散するのが早いなぁ。
それにしてもあの白いの、だんだん大きくなってるんだけど……。
何故みんな気付かないのかな? やっぱり幽霊的な、スピリチュアル的な存在なのだろうか?
「ゴリラかな?」
「どうしたリオン? ゴリラとはなんだ?」
ゴリラと遭遇した時の対処法は、ゆっくりしゃがんで身体を小さく見せるだったかな? 視線を合わせたりせず、関心がない振りをするってのもあったね。魔物相手にそれが通用するかどうかは判んないけど。
教えるべきかどうするべきか。迷ってるうちに、白いゴリラがこっちを見ていることに気付いた。
ゴリラ型のゴーレムだろうか? 動物の形をしたゴーレムもいるって言うしね。
「サスカッチかも?」
「サスカッチ?」
またはビッグフットともいう。日本なら雪男かな?
でもこんな遺跡ダンジョンに現れるにしてはおかしいね。
白いサルがいるのかな? って思ってたんだけど、存在自体が曖昧過ぎて、しかもぼんやりと白く浮いてて遠近感が狂って見えたんだよな。
しかしその姿を視認できるようになると、サルではなくもっと大きな動物に見えてきた。
どう考えてもあっちからこっちに近付いている。なのに俺以外には見えていないようだ。やはりゴリラの幽霊かもしれない。
「ひきかえそう?」
「うん?」
クイクイとディエゴのコートの裾を引っ張る。
あれだけ大きな存在なのに、誰も気付いていないのもおかしいのだ。
他の冒険者も同じ方向から戻ってきていながら、白いナニカの話を口にしていなかったしね。
可愛い子ザルならいいけど、俺にだけ見える巨大なゴリラの幽霊になんて遭遇したくない。
白くて可愛いサルと言えば、某母を訪ねる少年の連れにいたよね。何時までも小さいままだったから、そういう種類なんだろう。
そういや俺、子供の頃にあの白い子ザルが飼いたかったんだよなぁ。ホワイトマーモセットとか可愛いんだよね。
でも巨大ゴリラは飼いたくないし、飼える気もしない。強そうではあるが、持て余すに違いないのだ。ましてやあの白い悪魔みたいなサルなら断固拒否する。
しかもあの白い色に、赤く光る何かが見えたし。
遭遇しちゃいけない相手であることには違いない気がした。
「まぁ、何も準備をしていないし、戻った方がいいか」
「そうしよー」
「他の冒険者も居なくなったしな」
「うんうん」
「ザコのゴーレムすら出て来ないのも、不気味と言えば不気味だしな……。蝙蝠や鼠の魔物すら出てこないのもおかしい」
「そうだね」
ディエゴの言うように、確かに蝙蝠も鼠の魔物も出てこない。何かを畏れて出て来ないのか、駆逐されたのかは判らないけれど。
他の冒険者の話によれば、ザコですら数体で襲ってくるのに、何故かまだ一体も出てきていないのだ。
これは何か悪い予兆かも知れず、ディエゴも少し考えて引き返すことにした。
クルリと方向を転換させて、俺たちは白いゴリラの幽霊に背を向ける。
背を向けたところでこちらに近付いて来るのを避けられる訳もなく。見えているのが俺だけのようだし。シルバやノワルに念波で話しかけても首を傾げているし、Siryiに聞いたところでやはり見えていないようだった。
肝試しで幽霊が見える人だけが怖がる気持ちがよく判るよ。
周りに伝えても理解してもらえない気分を味わいながら。
白いゴリラじゃなくて、白い子ザルなら良いのになぁと、距離を詰めて向かって来ているナニカに俺は願った。
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