第108話 グランドエスケープ
魔動船の停泊場所は、空の上だった。
空を飛ぶんだからそうだよね。
早速その魔動船とやらに案内してもらおうと思ったのだが、
なんだか
シュテルさんの紹介で魔動船を売ってくれる人なのだが、挨拶もせずにずっとだんまりだったので、どんな人なのか全く判らない。
というのも、高貴な人にはこちらから話しかけてはならず、向こうから挨拶を許可されない限り話しかけてはいけないという訳の判らんルールがある。らしい。
なのでそのまま放置していたのだが(それも結構無礼な扱いだと思うけど)、説明は全部シュテルさんに任せて、当人はぼーっとしていたのである。お付きの侍従というか、侍女さんも澄まし顔だったしね。
こちらとしても高貴な身分の方をどう扱っていいのか判らないので、何となく話しかけ辛いんだよ。
おそらく王族かその親族なのだろう。高貴な方らしく所作は上品だし、身形も砂漠の民らしく全身を覆うような布を纏っていた。
庶民と会話どころか目線さえ合わせないので、さぞかし気難しい人なのだろうと思っていたところ。屋台巡りをしている姿を見れば、純粋に世間知らずなお方だった。
「シュテル、これはなんだ?」
「こちらはラーナ肉ですね。鶏肉に似て、非常に美味しいですよ」
「アマル様、そのような物を口にされてはなりません」
「アントネスト産のショウユダレで、野菜と一緒に炒めてあります」
「そうか。では、いただこう」
「アマル様っ!」
侍女さんは主人が屋台で興味を持った食べ物を口にするのを咎めるが、主人であるアマル様は全く意に介しておらず。シュテルさんに問いかけ、大丈夫そうだと判れば購入していた。
「どうやって食べるのだ?」
「このピンチョスピックで刺して食べます」
「なるほど。……うまいな」
「でしょう?」
「アマルさまぁ~!」
なんだろう。新たなコント仲間が増えたみたいだぞ。
護衛のギルベルトさんやランドルさんは遠慮して、シュテルさんの行動に突っ込みすらできていない。コントメンバーが入れ替わっちゃってるじゃん。
二人とも冷静さを装っているけれど、内心冷や汗をかいているに違いなかった。
ところでアマル様って、男性なのかな? 砂漠の民の服装がよく判らんので、一見して女性っぽく見えるけど、声は完全に男なんだよな。お付きの侍女さんと似たような背格好だし、こちらの砂漠の民の文化が全然わからない。
後でSiryiとディエゴに詳しく聞いとこう。
こうして暫くの間。
王女様のローマの休日(護衛付き)のように、アマル様はアントネストの名物屋台を、あっちにフラフラこっちにフラフラしていた。
俺たちは付き合いきれずに、フードコートで座って待ってたけどね。
その間に三ツ星の森林エリアで、無謀にも花粉玉を手に入れようとした女性冒険者が、クマバチの怒りを買って大群に襲われるイベントが発生したそうだ。
大騒ぎしているのをちらっと見ただけだが、どこかで見たような女性四人組だったんだけど。気のせいかな?
ハチに刺されてボコボコになった顔は見分けがつかなくて、しかも涙と鼻水でぐちゃぐちゃだったもんだから、周りの人たちもドン引きしていた。
可哀想と思うよりも、無謀なことをするからああなっちゃったんで、俺も同情はしないけどね。
いくら魔昆虫を斃していないとはいえ、子供しか花粉玉が貰えないのは、冒険者ギルドで説明を受けている筈なのだ。
しかも聞けば彼女たちは、虫よけスプレーをクマバチに吹きかけたらしい。
そりゃ怒るよね。大群に襲われるイベントが発生しても仕方ないことをやらかしてるんだもん。
貴重な名産品をくれるクマバチを攻撃するのは、アントネストでは御法度である。
たまにこういう輩がいるので、クマバチを保護する意味で冒険者ギルドでは、クマバチに攻撃した冒険者は降格処分にすると伝えられていた。
なんせこのイベントが発生すると、暫くの間クマバチは怒り狂って、子供ですら近寄れなくなるからね。そうなると名産品の出荷が滞ってしまうので、とんでもない被害が出るのだ。
まさかそれを知らない訳ではあるまいな?
「ありゃあ、白猫だろうな」
「そうね。こっちに来てたのね」
「バッカみたい。ザマーミロって感じ~」
「ちゃんとギルドで説明を受けてるはずなんすけどね」
「どうせ聞いてなかったんじゃない?」
「自業自得だよねぇ~」
「?」
「……あれだけ顔が変わってると、判らないか」
「うん?」
小首を傾げている俺を見て、ディエゴが苦笑した。
もしかして、みんなの知っている人だろうか?
「お前にとってはどうでもいい連中だから、思い出さなくても良い」
「そう?」
まぁ、ディエゴがそう言うなら別にどうでもいいや。
可愛いクマバチに被害をもたらした連中は、降格処分が下されればいいのだから。
二度とアントネストのダンジョンにはアタックできないだろう、トラウマを抱えることになっただろうしね。
「お待たせいたしました。では皆様、船に参りましょうか」
俺たちが自業自得とはいえ悲惨な目に遭った女性冒険者を見送っていると、シュテルさんが声をかけて来た。
後ろでは沢山のお土産品を抱えた護衛の二人と、まだ何かを食べているアマル様、そして疲れ果てている侍女さんがいた。
高貴な方が食べ歩きをしている。いいのだろうか? いや、よくないから侍女さんが疲れ果てているのだろう。どんなコントを繰り広げたんだか。
そうして。夏の間滞在していたアントネストを去る時が来た。
出入り口であるアーチを潜って、アントネストを出る。
振り返ると、最初に見た文言とは違う出迎えの言葉が記されていた。
『健康と美食の街 アントネストへようこそ』と変わった言葉に、俺たちは思わず笑ってしまった。
俺としては子供心がよみがえったんだけどなぁ。
でもまぁ、コレはこれでいいか。間違っちゃいないもんね。
しばらく歩くと、何もない草原のような場所へ辿り着き、シュテルさんが空を指し示す。見上げると、雲間からとても大きな魔動船が現れた。
「さぁ、こちらがお勧めの魔動船でございますよ」
船はゆっくりと降りてきて、地上へ音もなく着陸する。
まるで伝説のノアの箱舟のような見た目だ。
ガレー船のような船を想像していただけに、意外な形にちょっと驚いてしまった。
しかもサイズ的にエクスプローラー級のクルーズ船である。あの船も、確か六百億円ぐらいかけて作られた船だったはずだ。この船を個人で所有するのは目立つどころの話じゃない。だから売れなかったんだよ!
「では皆様。船内へ参りましょう」
船体の下部に入り口があり、跳ね上げ式扉が開いた。
魔動船って、こうやって乗り込むんだ。
そんなことを思っていると「海上では、一般的な船と同じ乗り込み方ですよ」と教えてくれた。
大型の動物でも入れそうな入り口を、みんなでぞろぞろと並んで入る。中古という割には内部は綺麗で、まるで物件の内見をするように大まかな説明を受けた。
基本的に品物はマジックバッグに入れて持ち運ぶのだが、それでも倉庫のような場所があったり、食堂や娯楽室に客室などもあり、輸送船というよりはまるで世界一周する豪華客船みたいだ。
そして徐々に上に昇りながら通路を抜け、最後に甲板へと案内された。
「どうです? とても見晴らしが良いでしょう?」
不動産屋さんの如くやたら船内に詳しいシュテルさんが、景観の素晴らしさを語りながら、俺たちを甲板に連れ出した。
「ほう。確かに、こりゃぁ、いいな」
「すっごーい!」
「イイ感じね」
「うわぁ……すげぇっすねぇ」
船には何度も乗ったことがあるけど、俺もこれは凄いと思った。
甲板部分はとても広く、シルバも駆け回れそうだ。
そして奇妙なことに温室のようなモノがあり、そこでは様々な植物や果樹が栽培されていて、まるで本当にノアの箱舟みたいだった。
これって、本当にこの世界の人間が造った船なのだろうか? ドワーフにそういう技術があるとしても、温室の存在が妙に浮いている気がした。
「そろそろ離陸しますよ」
シュテルさんがそう言うと、船は徐々に浮上し始めた。
とても静かで、浮遊する振動もなく。
風除けの術式が掛けられているのか、風圧のようなモノも一切感じられない。
まるでシルバに乗っている時のような安定感があった。
異世界とはいえ、とんでもない技術で作られているようだ。
「では、暫くは素晴らしい景色をご堪能ください」
そう言うと、シュテルさんは船内に戻って行った。
気が付けばアマル様やお付きの侍女さんも居なくなっていて、俺たちスプリガンのメンバーだけが甲板に残っていた。
そうして俺たちは、お互いの顔を見合わせる。
「なんか、やべぇモンに乗り込んじまったな」
「そうね……」
「本当にコレ、買っちゃうの? ディエゴさん……」
「デカすぎねぇっすか?」
「……そうだな」
予想外の大きさと、持て余すであろう機能に、流石のディエゴも購入を考え直しかけていた。
メンテナンスの危機は脱したが、運航に必要なエネルギーの確保についての問題が解決してないのだから当然だ。
流石にこんなに大きい魔動船となると、シュテルさんの言っていたように、大量の魔晶石を手に入れるのは難しいだろう。特許のライセンス料だけでは心もとなく、それを今後どうするか考えなければならなかった。
まぁ、俺はどうでもいいけどね。
魔動船よりも、気になることがあったし。
浮上する魔動船から見下ろしていると、遠くから数人の集団がこちらへと向かって来ているのが確認できたのだ。
「お。ありゃぁ、魔塔の連中か?」
「古臭いローブを被ってるし、そうでしょうね」
「間一髪っすねぇ」
「見て見て! なんかこっちを指さして騒いでるよ~」
まるで降りて来いと言わんばかりの騒ぎようだ。
降りれないし、降りる気もないんだけどね。
「本当に、ヤツラがこっちに来てたのかよ」
「ちょっと疑ってたのよね」
「連中のことだから、いつか来るとは思ってたがな」
いくら魔法使いでも、流石にこの高さまで飛んでくることはできないだろう。
ノワルみたいな従魔がいれば話は別だろうけど。
「ばいば~い」
俺は思わず彼らに手を振ってしまった。
紙テープがないのが残念だけどね。
別れの際、紙テープを 岸壁と船で繋いで出港するのは日本人のアイデアであり、日本だけの習慣だから仕方がないね。
だから俺は心の中で紙テープを靡かせた。
じゃぁね。昆虫王国アントネスト。
楽しい夏休みを過ごさせてくれてありがとう。
色んな事があったけど、過ぎてみれば全部良い思い出だ。
心残りがあるとすれば、クマバチを連れて行けなかったことぐらいかな?
でも俺には頼もしい仲間がいるから、そんな我儘な贅沢は言わないよ。
それじゃぁ、行こうか。
次の旅先である、砂漠の国サヘールへ。
何が待ち受けているか判らないけど、妙な高揚感と期待感が込み上げてくる。
なにかに急かされるように、行けと言われているから。
だから迷わず行こう。
スプリガンのみんなとなら、きっとどうにかなるって信じてるよ。
船はゆっくりと、でも確実に俺たちを砂漠地帯へ運ぶ。
空は青く晴れ渡って、夏から秋にかけて移り変わる景色を、俺たちに見せていた。
~妖精からのメッセージ~
「何だか寂しくなっちゃったわねぇ」
以前に比べて随分と賑やかになったアントネストだけれど、彼らが去ったことでこんなにも寂しくなるだなど思ってもみなかった。
商売も軌道に乗り、弟子のロベルタも確実に成長している。
今は同じ狂戦士であるシャバーニとイイ感じになっているので、気を利かせて二人を従業員として雇いつつ、見守っている状態だ。
食材である肉もGGGが定期的に仕入れてくれるし、自らダンジョンで手に入れる必要性も無くなり、レストランのオーナーとして料理に専念できるようになった。
だけど。
「やることがなくなっちゃった感じ?」
ジムのトレーナーはあくまでも暇潰しだ。
店の維持のためにダンジョンアタックをしていたのは、暇を潰すためでもあった。
毎日お客を待ちながら、本当は自分が誰を待っていたのか。
「アタシ、料理はただの趣味だったのよ?」
誰に聞かせるでもなく呟く。
あの人がアルケミストの真似事をし始めて、スパイスの調合なんて始めるから。
それを使う料理を作ろうなんて考えたのが始まりだった。
「もう少し商品を仕入れたら、直ぐにでも開店できそうなのにねぇ」
自分では持て余すだろうスパイス屋を見渡し、溜息を吐いた。
リオンに渡していた謎のスパイス類は棚に綺麗に並べ直され、謎だった筈なのに全てに使用説明が付け加えられている。
流石は本物のアルケミストだ。どんな料理に使うのか、効能や味についても確り明記された説明書まで残してくれていた。
「全部持って行ってくれても良かったのに」
そうすれば未練も無くなった。
この店を預かったのはいいけれど、帰ってこないであろう人を待ち続けるのは中々しんどいものがある。
「妖精の粉は、もう、ここにあるのにねぇ」
何を考えて妖精の粉を探そうと思ったのか。それを手に入れることで、何が変わるというのか。
小さなアルケミストが残してくれた、本人曰く万能調味料に視線を落とす。
アルケミストが妖精に例えられるのも、彼を見ているとなるほどと思えたものだ。
噂程度でしか知らない存在だったが、彼の存在によって様々な変化が訪れた。
本当に妖精がいるのなら、きっと彼のような姿をしているに違いない。
そう思わせるだけの偉業を成し遂げ、それにも拘らず未練なくアントネストを去ってしまった。
まるで自分の役目は終えたとでもいうように。
でも彼の残したモノは全て意味があり、この街の発展に役立つ物ばかりだ。
他の場所へ行ったとしても、きっと同じように幸せを振りまくだろう。
何気なく、そしてさり気なく。
胸を張るでもなく、威張ることもない。
これだけのことをしておきながら、普通の子供のように振る舞っていた。
周りもそれを微笑ましく見守り、彼を大切にしていたことからも判る。
妖精は自由で気侭。美味しいものが大好きで、気に入った人間に尽くし、見返りを求めることなく好意的であるという。彼は正しくそんなイメージ通りだった。
だから本当にここに彼がいたのか疑わしくなるけれど。
感傷に浸りつつ、きれいに掃除されたカウンターを一撫でし、居住空間である二階へと向かう。
ロフトのある大きな部屋には子供たちを、そして少し小さな部屋は夫婦の寝室に使うと彼は言っていた。
だから一人暮らしなのに、ベッドは最初から二台ある。
夫婦だったら大きなベッドに一緒に寝ればいいのにと言ったら、真っ赤になって慌てていた。
あの時は遠回しな告白だと勘違いしていたけれど、結局彼は妖精の粉を探すと言ってここを去って行ったのだ。
「あら? あんなモノ、何時の間に置いて行ったのかしら?」
夫婦の寝室用にあるベッドの上に、昆虫らしきモノがある。でもそれは偽物で、彼の細やかな悪戯のようなものなのだろうか?
手に取ればそれは紙で作られた、ドラゴンフライだった。
「ほんと、器用ねぇ」
どうやって作ったのか。遠目から見れば本物に見間違いそうだ。
そしてその横に置いてある、紫色の輝きに視線が引き寄せられる。
「何かしら? 加工はされていないけど、とっても綺麗な石ねぇ」
そう言えば、石を集めるのが趣味だと言っていたような気がする。
海域エリアにはそういう物がないから残念だと、ランクアップのために一緒に行った砂浜でぼやいていた。
石によって色々な意味があるのだとも言っていたような気がする。
だとすると、この石にも意味があるのだろうか?
ドラゴンフライも『縁起物』だとかなんとか。虫好きらしく、とても良い昆虫なのだと楽しげに語っていた。
「おかしな子よねぇ」
思わず笑ってしまった。
石集めが趣味で沢山持っているらしいが、その中の一つをここに置いて行ったのだろう。
美味しいものを沢山食べさせてくれたお礼にと、万能調味料のレシピまでくれた。
楽しい思い出と共に、沢山の物をもらったのはこちらの方だ。
「もらい過ぎよ……」
自分では持て余してしまうような贈り物なだけに。
レシピがあっても、調合できる人なんてここにはいないのに―――なんてことを思っていると、階下で微かな物音がしたような気がした。
誰か間違って店に訪れたのだろうか?
「もぉ~、開店してないんだけどぉ~」
泥棒だったら叩きだしてやると意気込んで、急いで階下へ降りる。
するとそこには驚いた顔をした、でも記憶にあるよりも随分と草臥れた待ち人がいた。
お帰りなさいと言うべきかしら?
それとも、今までの苦労を語って詰るべき?
それも言い訳を聞いた後にした方が良いかしら?
何はともあれ、戻って来たという事実が重要だけれど。
妖精の粉を探しに旅に出た待ち人は、それを土産に告白するつもりだったそうで。
手に入れられない内に、アントネストの噂を聞きつけて慌てて戻って来たという。
だからまだ
「あなたの求めていたモノはここにあるわ」
紫色の石と、紙で作られたドラゴンフライに勇気づけられ、大胆にこちらから告白してやろうと企んで。
「この
多分、コレが正解。
※紫水晶(アメジスト)
恋のチャンスを呼び込む・真実の愛へ導く
※トンボ
勝ち虫として縁起物とされる。
オニヤンマの意味は「大胆になるべき」
≪昆虫王国アントネスト・ダンジョン編・完≫
(BGM:【グランドエスケープ [Official Live Video from "15th Anniversary Special Concert"] RADWIMPS 】→https://www.youtube.com/watch?v=epQGR34yiTY)
最後までお読みいただきありがとうございます。
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NEXT→砂漠のオアシス・空中都市サヘール編
※後日談として、番外編を何作が用意しておりますので、新章に突入する前にそれらを更新いたします。
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