第107話 新たなる旅先

 バタバタした課題提出(?)のせいで、感傷に浸る間もなく当日になった。

 主に俺のせいだけどね。そこは反省すべき点である。

 本当に魔動船を受け取れるのかという不安もあったりしたけれど。ディエゴが信頼できる相手だと言い切ったので、深く追求することはなかった。

 でもディエゴの性格上、怒られるならその場の一回限りで終わらせようとするところがあるんだよなぁ。

 言葉数が少ないクセに、誤魔化し方も会話の逸らし方も上手いし。どうも怪しいんだよね。


 各方面への挨拶回りを終わらせ、漸く俺たちは魔動船を売ってくれる持ち主と会うこととなった。


「何でここにシュテル氏がいるのかしら?」


 アマンダ姉さんの疑問はもっともだろう。

 俺も首を傾げてシュテルさんと護衛の二人を見た。

 彼らの背後には、俺たちが待っていたお客さんらしき人物が二人いた。

 旅立つ日の朝に、魔動船の売り手が来るということで。俺たちが宿泊していた貸店舗で待機しているところへ、何故かシュテルさんがやって来た。

 お客さん二人と一緒に。たまたま時間帯が重なったとかではなく、そのお客さんを連れて来た感じだった。

 護衛のランドルさんとギルベルトさんの態度がいつもと違うような気がする。

 辺りを警戒しながら、気を配っている感じだ。


「それは私の紹介だからですね!」

「なんの?」

「知り合いの商人仲間が魔動船の買い手を探しているということで、ディエゴさんを紹介したのは私なんですよ」

「そういうわけだ」

「そういうわけだ。じゃないわよっ! アンタそんな事ひとっことも言ってなかったでしょっ!」

「今聞いたからいいだろう?」


 アマンダ姉さんがとぼけるディエゴの首を掴んで締め上げた。

 なるほどね~。突然魔動車から魔動船に変更になったかと思えば、中古の魔動船の話を吹き込んだのはシュテルさんだったんだ。

 商業ギルドじゃなきゃ何処からなんだろうって思っていたけど、シュテルさんなら顔が広いしそういう話を持ってきそうではある。

 最近は大人しくしているみたい(海域エリアのキャンプ見学等をしていた)だったから、俺も油断してたよ。

 まぁ、魔塔のあたおか連中がこちらへ向かっているって言う情報も、実はシュテルさんの情報網から知り得たことだからね。優秀な商売人は耳が早い。

 有難くはあるんだけど、なんか面倒なコトになりそうな予感がするんだが。


「なんか厄介な匂いがするっす」

「アタシも~」

「だよねー」


 元々胡散臭い話ではあった。

 中古とはいえ、魔動船である。

 新品で買えば、日本円で数百億円のお買い物だ。それが半額でもまだ数百億円もするのだ。五百億円だとしても二百五十億円だからね。

 ディエゴにとっては五百円が半額の二百五十円になる感覚なのかもしれないが。

 本人の購入するものであるので、パーティで共有するとしても、実際の金額は聞いていない。個人の資産だからね。使わせてもらうこちらが、金額についてとやかく言う権利はないってことなんだけど。

 維持費で色々言っていたのは、それを全てディエゴが出すのは、仲間として無責任すぎる問題があったからだ。中古であれば、どこかしら故障し易くなってるだろう。

 とはいえ、それは水晶型格納庫クリスタル・ストレージで解決した。

 メンテナンスの必要が無くなったってことだもんなー。

 でもさぁ。


「ねぇねぇ、シュテルさんの商人仲間ってことは……」

商団キャラバンの魔動船ってことっすか?」

「それ以外ないわよ。貴族が売りに出すにしてはおかしいもの」

「だからやたらと武器を新調した方が良いって、俺らを言い含めてたのかよ」


 お客さんって商団キャラバンの人なんだ。

 Siryiに聞いたところによると、商団キャラバンって言うのは、砂漠など隊を組んで危険地帯を渡る自衛武装組織である。隊商って言った方が判りやすいかな?

 だがこの商団キャラバンはそう言った大小様々な隊商や商人を取り纏めている組織のボス的存在なのである。商業ギルドとはまた別の組織らしいよ。

 この世界で貴重な香辛料や、珍しい物が手に入るのは、この商団キャラバンの存在が大きいそうだ。

 ダンジョンで手に入る珍しいものは多いけど、それを各領地に売り捌くには商人が必要になる。彼らの移動は徒歩や馬車なので、販路自体は狭い。だがそこに空を飛ぶ船があれば、その規模も範囲も拡大される。

 この世界は魔動船という海や空を移動する手段があるお陰で、妙なところで文明が進んでいるのだ。

 特にこの魔動船で商団キャラバンを組織できるのは、砂漠地帯の国家しかない。個人の商会ではなく、国家ぐるみで運営しているということだ。魔晶石という、この世界のエネルギーの半分以上を採掘しているからこそであろう。

 それも魔動船の動力源である魔晶石があってこそ。商団船を運航するには、膨大なエネルギーが必要だからだ。


「ってことは、すげぇでっかい魔動船ってことっすか?」

「だろうな。貴族の持ってる魔動船って、案外小さいらしいしなぁ。俺らもそのレベルと考えてたところがあるしよ」


 貴族の所有する魔動船の規模は、せいぜい屋形船と遊覧船の中間である。長時間の運行や遠方に行くには少々心許ないサイズだね。

 だが世界中を旅して物を運ぶ商団キャラバンの魔動船の大きさは、タンカーレベルであろう。


「買い手を探しても売れなかった原因でもあるわよ。魔動船の維持費ってとんでもないから、滅多に売れないし買えないのよ」

「商団の魔動船なら、そこらの王侯貴族でもおいそれとは買えねぇだろ」


 そんなとんでもないモノを買おうとしたディエゴって、何を考えてたんだろうね。


「まさかそんな大きさだとは思わなかった」

「アンタって奴はーっ!」

「値段で決めたからな」


 何と本人もそんな大きさだとは思っていなかったようだ。

 たまにディエゴってポンコツだよね。

 俺も人のことは言えないんだけど。値段で決めちゃうところとか。

 きっとシュテルさんから値段のお安さをアピールされて、決めちゃったのだろう。

 気持ちは判る。俺も絶対騙されると思うから。


「まぁまぁ。購入を考えているお客様ということで、試乗して頂いてからでも構わないそうですし。その為に、サヘールまでご同行して頂くのですからね」


 サヘールというのは、砂漠地帯にある国である。

 俺たちの次の目的地だ。

 魔晶石や貴金属レアメタルも採掘されている国で、武器などもそこで作られているモノが最も質が良いとされていた。

 特に有名なのが、魔法金属などがドロップするダンジョンがあることなんだって。

 その為、希少性の高いミスリルやアダマンタイト、ヒヒイロカネ等の加工技術が最も発展している国で、ドワーフという妖精族の末裔とされる種族もその国に沢山いるんだってさ。妖精族といっても、本物の妖精ではないそうだけど。

 冒険者なら一度はそこで最高品質の武器を作ってもらうのが夢なのだとか。

 ドワーフ作の武器を持つことは、冒険者の憧れでもあった。

 だがそこまでして手に入れる価値のある武器かと言えば、それだけ稼げれば大抵の冒険者は引退するって話だけどね。


 結局のところ。

 シュテルさんに詳しく話を聞けば、魔動船に試乗してからの購入で構わないってことなので、みんな渋々納得した。

 気に入らなければ買わなきゃいいので。

 無料でサヘールに行けるならいいかなって、みんな安易に考えていた。

 それが後にとんでもないことになるとは想像もしておらず。

 俺はちょっと嫌な予感がしていたけど、ここまで来たら反対なんてできないしね。

 旅には危険がつきものである。

 でもみんなの武器が更に良いモノになればいいという考えの下。

 避けられるピンチであっても、冒険とはそういうものなのだから仕方がないね。

 困難を乗り越えてこそ手にする価値があるのだ。多分。

 それに何だか、そこへ行けと誰かに言われているような気がするんだ。

 この手の勘は無視してはいけないと、爺さんからも言われていたし。

 だったら行くしかないじゃないか。未知の領域に踏み込むことが怖くない訳じゃないけど、スプリガンのみんなとなら、大丈夫なような気がするしね。

 だから俺も本格的に、みんなをおいしくてつよくなるパーティにするぞ!




 ところで、何故魔動船を売りに出そうということになったんだろう?

 商団の船といっても、そんなに沢山ある筈もない。

 この世界で最も規模の大きな輸出産業を手掛ける国の所有する商団船であるのに、それを手放すってことはライバルを作っちゃうってことなのに。

 シュテルさんがこの話を持ってきたってことは、自分にもこの話が回って来たということでもあるし、更に手広く商売をするなら購入を考えるべきなのにね?

 だがその疑問はシュテルさんが解明してくれた。


「新しい商団船を建造しているそうです。それで、古くなった魔動船を売り払おうということになったのだとか。そもそもサヘールのような国でもなければ、魔動船の動力を賄う魔晶石が手に入りませんからねぇ。私は泣く泣く諦めたのですよ」


 やっぱり商人ってのは油断ならないじゃないか。

 最新鋭の魔動船と、中古の型落ち魔動船では比べるべくもないけれど。

 そりゃぁ商売敵に魔動船を売るより、冒険者というか、金を持ってそうなところに話を回す訳だよ。

 おまけに丁度いいタイミングで大金を手にしたディエゴに売りつけようと企んだのだろう。

 しかもその大金を支払ったのも、砂漠国家であるサヘールの王侯貴族だし。

 妙に話しが繋がっているのがまた疑わしい。

 全部シュテルさんの掌の上で転がされてる気分だよ!


 だってよくよく考えれば、俺がアントネストに来たのも、シュテルさん経由で手に入れた鑑定虫メガネが原因だし。

 アレがなければ、きっと今頃は最初に向かう予定だったウェールランド領に辿り着いていただろう。それが何の因果で、今度は真逆の方向であるサヘールに行くことになったのか。

 全てシュテルさんの仕業としか考えられないのだ。

 こうなると、魔塔のあたおか連中が、俺たちに興味を持って追いかけてきているという話も疑わしくなってきた。

 どこかの貴族がつけ狙ってきているという方が、余程信憑性が高い気がする。

 寧ろ砂漠国家のサヘールの方がヤバくない?

 国家で運営している商団の船に乗せられることになったんだから。

 自然にそうなったってことが、逆に不自然でもある。

 

 そもそも論として、あの人の都合によって振り回されている気がしてならない。

 俺の我儘だけでもないし、ディエゴのポンコツのせいでもないのだ。

 何せ今回もシュテルさんがサヘールに行く都合もあって、俺たちが強制依頼ではなく、試乗という形で同行させられているんだからな!


 それはさて置き。

 自動車の免許もなければ、船舶免許も持ってないディエゴが、どうやって魔動車や魔動船を運転する気だったのかって話なんだけど。


「何とかなると思った」


 だってさ。

 やっぱディエゴってあたおか仲間だよね。

 制御器コントローラーである『懐剣』がドロップして本当に良かったよ。

 最悪コレがあれば何とかなるだろう。多分……。

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