第106話 旅の支度と忘れていた宿題
旅に必要な爬虫類のお肉や、海域エリアでドロップするお肉などを大量に仕入れ、俺たちは残りの日数をまったり過ごすことにした。
貸店舗から退去する数日前。
忘れていたわけではないが、色々あって聞きそびれていた疑問を、ギガンが改めてディエゴに投げかけた。
「ところでディエゴ。お前さん、魔動船はどこで受け取る予定なんだ? 船でもあるし、海のある南の領地だと思ってたんだが、そこだよな?」
高価な買い物なだけに、俺もそこのところが気になる。
ギガンの問いかけに、ディエゴは少しだけ小首を傾げた。
「いや。受け取りに行く必要はない。そろそろこちらへ来る予定なんだが……」
「来る予定?」
「受け取りに行くんじゃねぇのか?」
「魔動船といっても、中古なんでな。向こうがこちらへ持ってくるそうだ」
「中古?!」
詳しい話を聞けば、魔動船を中古価格で売りに出しているという情報を仕入れたディエゴが、売り手とコンタクトをとったのだそうだ。
しかも中古なのでお値段的には半分ほどになる。少しだけ懐に優しい価格に下がっているので、これは買いだと思ったらしい。それでも十分お高いんですけどね!
「それで、問題はねぇのか?」
「売り手の身元は確りしていたからな」
「アンタ……それって、相手が貴族ってことなんじゃぁ……」
「そうだな」
戦闘機レベルのお値段の魔動船を購入出来るのは、お金持ちの魔塔か、裕福な貴族ぐらいのものだろう。商船として飛ばしているのも、経営者が貴族だって話だし。
大富豪レベルでなければ魔動船は買えないってことだよね。
「そうだな……って、もし故障してたとしても、こっちが文句言えねぇかもしれねぇじゃねぇか――――あ、そうか。自動修復機能があるのか」
「そういうことだ」
「ギガンのおかげだねー」
「ま、まぁな!」
相変わらず海域エリアでドロップするのはお肉ばかりで、ザラタンはパーティで挑まないと斃せないらしい。めっちゃ硬いんだってさ。
しかも奴は最終的にガメラのようにローリングアタックを仕掛けてくる。その攻撃が何よりもヤバイ。火炎やプラズマを吐かないだけマシって感じだけど。
レヴィアタンがゴジラなら、ザラタンはガメラのようなモノだね。
だから発狂していたとはいえ、ソロで斃したギガンが凄いんだよ。
ディエゴは俺を訝しむような目で見るんじゃありません。ローヤルゼリーを混入したことが原因なら、アマンダ姉さんだってもっと強くなってるよ!
それに多少の変化が見られるとして、ギガンの後退しつつあった頭髪が、ふさふさになってるぐらいだからね。
せいぜい若返っているレベルだと思うよ?
そういや俺が最終的にレヴィアタンを斃した訳だけど。
そのせいでクマバチからは花粉玉をプレゼントしてもらえなくなったと思っていたのだが――――そんなことはなかった。
魔昆虫を斃していないからなのか、フィールドボスだったからなのか。
寧ろクマバチから沢山花粉玉が貰えた。
しかも撫でなくても貰えた。
可愛いクマバチに拒絶されるのかとしょんぼりしながら花畑に辿り着くと、めちゃくちゃ歓迎されて戸惑ってしまったのである。
『魔昆虫にとっては、爬虫類は捕食者ですからね。一番強いボスを斃したことによる感謝の気持ちでしょう』
「そうなんだ……?」
どういう理屈か判らないけれど、Siryi曰くそういうことらしい。
まぁ、そのお陰で十分な量のハチミツとビーポーレン、そしてローヤルゼリーを手に入れることができた。
当分いらないぐらいだ。行商で稼げるぐらい貰ってしまった。
ギルドに売っても良いかなと思ったけれど、アントネストから遠い場所に行くことになったのもあり、爬虫類のお肉や花粉玉の在庫は沢山あった方が良いので結局売らなかった。
これは大切にして、みんなに食べさせよう。
ありがとうクマバチ。一匹ぐらい連れて行きたかったけど、ダンジョンから連れ出せないのが残念だよ。
そうして着々と俺たちの旅の支度は進んで行った。
親しくなった人たちとの別れは少しだけ辛いけれど、これも一期一会だ。
今まではそんな感傷を抱くことはなかったから、何だか妙な気持ちである。
出会った人たちがみんな良い人だったからだろうね。
良い人の周りには、良い人が集まるんだな。
これもスプリガンのみんなが良い人ばかりだからだろう。
俺が最初に出会ったのが、スプリガンのみんなで良かったと、本当に心からそう思うよ。
だからみんなにはいつまでも健康で、そしてもっと強くなって欲しいと願う。
俺のために。(台無しだよ!)
なぁんて感傷に浸っていた俺だけど、忘れていた宿題を思い出した。
切っ掛けは、アントネスト産ブランドのラベルを見た時だった。
「どうしてこうなった……」
オネーサンじゃないけど、俺はアントネストで手に入れられる調味料類は実質無料なので、商品化されたモノをじっくり見たことがなかったのである。
なんかギルマスやサブマスが、妖精を象徴するデザインにしたいとか言ってたけど、興味がないので適当にうんうん頷いていたのが悪かった。
「コロポックルなのはなんで?」
目の前には、コロポックルがクマバチを撫でているラベルの貼られた、アントネスト産ハチミツの容器だ。
思い出に一つぐらいは持って行きたいと、テオが購入してきたヤツだ。
アマンダ姉さんやチェリッシュも、美容関係のお土産品を買っていた。
それらも全部似たようなデザインのラベルが貼ってある。
デザインについては色々と物申したいことはあったが、冒険者ギルド含む全てのギルドが『コロポックル』のデザインを推したせいでこうなった。
それって田舎の冒険者ギルドの所有する森に住んでいる妖精のことですよね?
アントネストに出張サービスでもしているのかな?
え? コロポックルのデザインなのは、俺のせいだって?
田舎の冒険者ギルドのギルマスから、キャリュフを使った調味料やお土産品に貼ってあるラベルのデザインを自慢されて悔しかった?
関連商品として便乗したかった? え? 姉妹品なのこれ??
あっちもこういうデザインなの!?
俺は知らないんだけど!?
「モデルの張本人が知らなかったのか?」
「……」
「まぁ、興味がないと、リオンは目に入ってても見てないからな」
「……うん」
「ブラウニーじゃないから、良いかと思ったんだが」
「リオンは知らねぇだろうがお前さん、一部じゃコロポックルって呼ばれてるぞ」
「元凶は、ド田舎の冒険者ギルドのギルマスだがな」
「!?」
改めて驚いている俺に、ギガンやディエゴが呆れていた。
面倒なコトは全てディエゴ含む大人組に任せっきりだったせいで、こうなった気がする。特許関連を全て丸投げにした俺の無責任さのせいだ。でも俺のスキルである丸投げが、まさかの形で攻撃を仕掛けてくるとは思わなかった。
しかもこのデザイン、ピクトグラムっぽいから、ぱっと見判んなかったんだよ。
よく見ればウサミミの生えた子供に見えるけど。これはコロポックルという妖精をイメージしたデザインなのだそうだ。
妖精のデザインにしてはおかしいのだが、妖精と言われればそう見えるから不思議なんだよね。ただウサミミが生えてるのではなく、これはウサミミ帽子なんだとか。
ブラウニーもそうだけど、妖精ってのは帽子を被ってるものなんだって。
……へぇ。
神様もそうだけど、無形の存在なのに、偶像のように信仰の対象とする姿を作り上げてしまうことなんてよくあることだ。日本人が得意な擬人化もそうだね。
でもなんでウサミミ帽子を被ってんだよ!
そういや最近は子供がよくウサミミ帽子を被ってるな~流行ってんのかなぁ~なんて暢気に思っていた俺がバカだったよ!
あの子供たちは、アントネストブランドの宣伝のために被ってたんだってさ!
余談だけど、俺の考案した飲み物屋台は、正式に観光案内所に譲渡した。
販売員は子供たちで、彼らのお小遣い稼ぎに協力するように頼んである。
そこで商売や冒険者という仕事を学ぶことが出来るといいね。
それにしてもだ。
これらお土産品を切っ掛けにして、アントネストで商品化された様々な美容品のラベルや調味料を確認することにしたのだが。
「―――あ。おもいだした」
調味料類を見て、俺は不意に思い出してしまったのだ。
忘れていた宿題のことを。
それは以前、オネーサンに頼まれていた、持て余していたスパイス類を使った万能調味料の開発である。
別に急がなくて良いと言われていたのもあって、後回しにしていたのが悪かった。
頼んでいたオネーサンもすっかり忘れていて、筋トレジムのトレーナーとレストラン経営の掛け持ちでそれどころじゃなかったそうだ。
しかも「あらヤダ~! そう言えばそんなことも頼んでたわねぇ~。でも、もういいのよぉ?」と、あっさりしたものだった。
でもだからと言って、やらない理由にはならない。
ディエゴお兄ちゃん、手伝って~!!
宿題が終わらないと、安心して旅立てないんだよ~!
「ちょうかんそう、ちょうかんそう!」
「この出汁を、顆粒状態にすればいいのか?」
「うんうん!」
こうなったらパクリでも何でも作るしかない。
目指すは〇りにし&マキ〇マム。
肉や魚(爬虫類のお肉)、そして野菜にも合う万能調味料を作るのだ。ちょうどいい具合に、和風出汁もダンジョンで手に入るし、これを使わない手はない。
「お~い、リオン。このスパイスは、これぐらいの状態でいいか?」
「あ、ちょっとまってー」
『マスター。この万能調味料の成分なのですが―――』
「まってまって」
ギガンにはスパイスをゴリゴリすり鉢で潰して貰い、最適な分量はSiryiに鑑定してもらいながら調合する。
俺がやる事と言えば指示を出すぐらいなので、夏休みの最終日に宿題を手伝ってもらっている状態だ。
「ん~、いつもの妖精の粉と比べて遜色ないし、アタシ的には丁度いいよ~!」
「そうねぇ、強いて言えば、もう少しハーブが効いててもいいかしら? いつもの妖精の粉とはちょっと違う方が良い気もするし」
「リオリオの作ったものなら何でも美味いっす!」
他三名には味の確認を頼んだ。
肉や白身魚のようなワニ肉、そして野菜類を調理して、万能調味料の味を調えるべく感想を言ってもらう。とはいえ約一名は全く役に立たないが。
まぁ、褒められているので有難くも複雑な気分だけどね。
「できたー!」
「やったな、リオン」
「みんなありがとー!」
みんなのお陰で、出発の前日には何とか完成することができたよ!
ほんとなんで毎回夏休みの宿題って、やり残しが発生するんだろうね?
後でもいいかと思って後回しにするからなんだろうけど。
そして遊び惚けている間に忘れちゃうんだよ。
毎年反省しながら毎年同じ事を繰り返している俺も、ほんと学習しないな。
学生じゃなくなってもこうなんだから、きっと一生似たようなことを仕出かすのだろう。
そうして完成した万能調味料のレシピはオネーサンに一任し、作れる人に頼むことにした。
このレシピさえあれば、調合できる人がいればいつでも作ってもらえるよ。
俺はもう旅立つけど、きっともう直ぐオネーサンの待ち人はやってくる気がするんだよね。
だってずっとずっと、待ってるんだよね?
あの人が帰ってくることを。
それにもう直ぐ、願いが叶うんじゃないかな?
そのタリスマンは、その為に作ってもらったんだって、俺知ってるよ。
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