第105話 夏が終わるからね

 アントネストは世にも珍しい『完全予約制エリア』なるものが出来た。

 言わずもがなの海域エリアだ。

 その原因を作ったのは、俺たちスプリガンなのだけれど。


 でもディエゴが海を割る必要もなくなり、正しい手順を踏めば六ツ星の魔物が釣れるので、ランクアップしたい冒険者は挙って予約するようになったそうだ。

 ルールとしてはギルドの職員さん監視の下、六ツ星の魔物をソロで討伐しなければならないのだけれど。何ヶ月もダンジョンに潜る必要がないだけに、その判定は中々に厳しいものがあった。

 しかし討伐できれば晴れて化け物認定されるってことだけどね。


 当然ギガンやアマンダ姉さんは化け物認定(六ツ星ランクに昇格)された。

 しかも化け物予備軍として、テオやチェリッシュは五ツ星に昇格。

 ギルド職員さんの監視がなかったのに良いのかな? と思ったら、そこは貢献度という冒険者ギルドの独断と偏見があったということをお伝えしておく。

 まぁ、実力で斃したことは間違いないんだけどね。


 GGGさんたちや、オネーサン、そしてロベルタさんも、スプリガンに続いて化け物認定という名の昇格を果たした。

 全員何某かの高級お肉を手に入れた訳だ。

 だがそんな中でも、肉よりアイテムや素材のドロップ率の高いGGGさんである。シャバーニさんがなんとシードラゴンから『懐剣』をドロップさせた。

 GGGさんたちが中々お肉を手に入れられなかった原因って、シャバーニさんなのではなかろうか? 一番お肉を欲している人だもんな。でも自分たちには必要がないからと、さっさとギルドに売りに出したけどね。

 このことから、海域エリアの魔物を斃せば肉以外のアイテムも手に入ることが実証された。

 そして何故か俺たちの初回特典でしか手に入らないアイテムでなくて良かったと、ギルマスやサブマスがほっと胸を撫で下ろしていた。

 俺たちが虚偽の申請をしたってことではなく、俺たちだから手に入れることができたのでは? と、半ば疑っていたそうだ。なんでだよ。 


 ただ俺たちがドロップさせたのと、これを合わせて現状二本しかない貴重なアイテムなので、査定金額に折り合いがつかずに結局オークション行きになった。

 多分『懐剣』は三種の神器の中でも特にデメリットがあるアイテムだ。危機的状況でないと抜けないし、所持する人間が危機から逃れるまで自動制御される。

 動物や赤ん坊など知能が未発達なモノに持たせても意味はなく、ある程度の身体能力がなければ使用できないといった難しさもあるらしい。

 使い方によっては一騎当千のような性能を持つが、場合によっては使用者が死ぬまで自動制御されるリスクもあった。

 そういったSiryiの鑑定による『懐剣』の使用後のリスクも考慮して、慎重に購入するようにお願いした。

 それでも欲しいと思う者はいるもので。魔動船まではいかずとも、魔動車が買えるぐらいの高値がついて、どこかの貴族が購入したらしい。護身用にするには物騒な性能なので、取り扱いには気を付けて欲しいものである。

 そんな訳で。

 その後に続けとばかりに、五ツ星の冒険者たちも海域エリアに挑んでいる。

 まだソロでの討伐は難しいみたいだけどね。


 ジョブによっては出てくる魔物との相性もあるのだろう。おまけに六ツ星ランクの魔物でも、出現率はかなり違うようだ。

 一番多いのは『懐剣コントローラー』を落とすであろうシードラゴン。

 次いで『移転鏡ターンミラー』を落とすシーサーペント。中でもギガンが相手にしていたザラタンは出現率が低く、一番硬くてしぶといので、それが出現するとちょっと諦めムードになるらしい。六ツ星ランクと一括りにされているけど、七ツ星に近い強さなのだろう。

 流石一番価値のある『水晶型格納庫クリスタル・ストレージ』を落とすだけはある。

 時間停止魔法付のマジックバックよりも更に高値が付くであろう、格納すれば壊れたモノでも自動修復する機能があるからね。さもありなん。

 その話を聞いて、ギガンもまんざらではないような表情をしていた。


 ランクアップ申請予約の入っていない日は、五ツ星ランクの冒険者パーティで六ツ星の魔物を狩れるようになっている。そこでソロでの攻略方法を練ることができるので、こちらの予約も人気だ。

 相変わらず魔物からドロップするのはお肉祭りではあるが、超高級お肉なので需要は常にあるからね。かなりの金額で取引されているようだよ。

 そしてSSRの三種の神器アイテムをゲットするべく、アントネストを拠点にしている高ランク冒険者は、日々筋トレに励んでいるそうだ。


 その他に変わったことと言えば。

 冒険者ギルドでは常に商人さんからトンボ玉の依頼が出されているけれど、たまにしか依頼を受けてもらえないこともあり、需要に比べて供給が少なく、依頼額が最初に比べて徐々に上がっているらしい。

 願いの叶うタリスマンの売れ行き(作成依頼)も好調で、最近は冒険者の間では恋愛成就のタリスマンが流行っている。


 そして喜ばしいことに、ジェリーさんに弟子が出来た。

 しかも昆虫好きな女性らしいよ。珍しいよね。

 その彼女さんだけど、昆虫型のアクセサリーを作っていた変わり者で、アントネストの噂を聞きつけてジェリーさんに弟子入りするべく押し掛けて来たらしい。

 でも中々才能のある人らしいので、今後の成長が期待される。

 ジェリーさんのおばあさんもにっこりしながら、「曾孫が出来るかもねぇ~」なんて言っていた。もしかして、そういうことなのか?

 後継者が出来るならそれはとてもいいことだと思うよ。

 末永く爆発するように祝っておこう。


 現在は、冒険者が自力でトンボ玉をゲットして、ジェリーさんに作成をお願いするという流れが完全に出来上がっていた。

 その為だけにアントネストに来る冒険者もいるぐらいだ。

 それに身に着けているタリスマンを見れば「この人は今恋人募集中なんだな」というのが判るのもあるのだろう。

 収入が安定してきて小綺麗になった冒険者同士で、たまに婚活ダンジョンアタックなるものが開催されている。  

 お見合いパーティではなく、ダンジョンアタックということろが意味が判らないけれども。お互いの相性を見るには、戦いっぷりを見るのが一番なのだとか。

 そういうところが冒険者って感じがするけどね。

 冒険者として活動できなくなることを考えれば、身体が丈夫な内に身を固めて安定した老後を送りたくなるものだ。

 それにアントネストは様々な産業が発展してきているので、引退した後の就職先も色々あるし。求人も常にある状態だ。

 冒険者もここで沢山稼いでおけば、美味しいものを食べながらゆったりした老後が送れるのもあって、定住先としても人気が出始めている。


 そして婚活などのイベントの主催はアントネストの観光案内所だ。

 今までは宿泊場所の案内や、屋台の許可ぐらいしか仕事をしていなかったのだけど、最近では街の発展のために色々なアイデアを出していた。

 今までやる気のなかった観光案内所では、賑わい始めたアントネストを更に盛り上げるべく。新たなイベントを開催しようと、告知を出しているそうなのだが。



「近々、大食い大会が開催されるそうだ」

「……へぇ?」

「ボディビル大会もあるそうっすよ」

「……へぇ」


 俺たちが現在宿泊している貸店舗の退去手続きをしに行っていたテオとギガンから、観光案内所で仕入れた情報を聞かされて首を傾げた。

 どういうことだ。


「アントネストに来る前に、リオンが開催したじゃない?」

「そういえばそうだねー」

「アレのアントネスト版みたいよ」

「へぇ」


 既に遠い記憶になりつつあるけれど。

 半分以上俺の好奇心と我儘で開催された大食い大会である。

 ボディビル大会にしては何一つ関与していない。

 アレはGGGさんやオネーサンの仕業だ。最近は本業の冒険者稼業や、レストランより筋トレジムに力を入れているんだけど大丈夫なのだろうか?

 オネーサンが「第二の人生の始まりよぉ~っ!」って言ってたけど。

 ここ最近のランチタイムの営業は、何故かロベルタさんとシャバーニさんがメインでやっているんだよ。ランチメニューは決まってるから、ロベルタさんとシャバーニさんでも出来るわよねって言ってたんだけどさぁ。いいのかなぁ?

 そういやお姉さんのおみくじ結果って、「信念を貫け」だったような? なんの信念何だか判んないけど。どうかロベルタさんは「初志貫徹」して、料理の腕を磨いて欲しい。ただシャバーニさんが手伝っているのがよく判んないんだけどね。

 二人とも大食い(狂戦士)仲間だから、気が合うのだろうか?

 いやでもなんか最初の頃に比べて、微笑ましいムードを醸し出してるから、もしかしてそうなの? だからオネーサンは、二人にお店を任せてるのかな?


「観光案内所が、中継地点の街でやった大食い大会に興味を持ったらしくてな。参加者自らダンジョンで狩って来た肉を、屋台の連中に調理させるそうだ」

「屋台側も自分たちの料理が宣伝できるって、みんなやる気満々っすよ」

「なんでまた……」

「観光収入目当てだろう。祭りなんかのイベントをやると、観光客が増えるからな」

「そうなんだ」

「宿泊場所も新しく作ってるそうだしな」

「じゃぁ、丁度いいタイミングってことね」

「そうだな」


 俺たちの借りている店舗も、オネーサンの知り合いから預かっているので、今だ居座っていられるけれど。住民や観光客が増えているし、そろそろ退去しなきゃねってことで、観光案内所に手続きをしに行っていた。


 風も涼しくなって、日差しも穏やかになりつつある。

 だからもう、夏も終わるんだなと、薄々感じてはいたけれど。

 この場所もなんだかんだ楽しかったし、長い夏休みモラトリアムを十分満喫したように思う。俺がここでやれるべきことは全てやり尽くした気がするし。

 それに秋は旅立ちの時期には丁度いい季節だ。

 多分俺たちはそのお祭りイベントは見られないんだろうけど。

 だからと言って別に残念でも何でもない。

 十分アントネストを楽しんだからね。


「それじゃぁ、残りの日数は、沢山お肉を仕入れましょうか」

「アタシはもう一度ぐらい、海域エリアにアタックした~い!」

「既に予約は入れてあるから安心しろ」

「流石ギガンね」

「頼りになるっす!」


 みんなで今後のことを話し合って、次の旅先は既に決めてある。

 どうやらみんなランクが上がったのはいいんだけど、武器の強度や威力に違和感があるんだって。身体的な強さに比べて、武器の質が釣り合わなくなったそうだ。

 だからそれを新調しようってことになった。

 アントネストでも作れるとはいえ、良質な金属が採掘できて、武器作りで有名な領地へ向かうことにした。

 魔晶石の産地で有名な、砂漠の都市だって話だ。

 ディエゴの骨(語弊がある)を買ってくれた大富豪(王族)の居るところだね。


 武器の購入については急ぐほどではないけれど、アントネストに居続けるのが難しくなっちゃったんだよね。

 まぁ、俺も色々やらかした自覚はあるので。誰かに目を付けられてもおかしくはなかった。

 とは言っても、貴族に目を付けられたとかではなく、厄介な連中がこちらへ向かって来ているという情報をディエゴが掴んだからである。

 その厄介さんというのが、魔塔のあたおか連中なんだよね。

 めちゃくちゃ面倒臭そうな気配がするということで、連中がやってくる前に旅立つことにした。


「魔動船を購入しておいてよかったな」

「そうだねー」


 空を飛んで逃げちゃえばいいからね。

 とはいえ、その次の旅先も、ちょっと厄介なんだけれど。


 そんな中。俺は夏休み最終日に感じる、背筋がぞわぞわする嫌な予感がした。

 やり残したことがあるような、やっていない宿題があったような……。

 それって、なんだったっけ?


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