第7話 ここをキャンプ地とする
さて。
俺の異空間リュックの性能も十分堪能したことだし。他に何が出来ることがないか暫し考える。
以前も何度か夢を夢と自覚したことがあるけど、明晰夢のコントロールとなると難しく、俺の想像力では限界があった。
空を自由に飛びたいと思っても、飛び方が判らぬ。水の中を泳ぐようにすれば飛べるのだろうか?それとも背中に羽でも生やせばいいのだろうか?とはいえ、胸筋を鍛えねば鳥のように羽があっても飛べないという常識が邪魔をする。
創作物でよく見る想像力で魔法を繰り出すというのもあるが、いまいちイメージが沸かない。
魔法の呪文も唱え方や作法がありそうで面倒臭い。後なんかこっぱずかしいんだよな。道具を使ったり手でやった方が早いコトも多いし。
夢の中の住人とはいえ、ファンタジー世界の人間が側にいるのもなんかヤダ。
俺は孤独を愛する人間なのだ。というか、純粋に他人の気配がすると落ち着かない。パーソナルスペースは広く取りたいのである。故に専らソロキャンプしかしない。
育ててくれた爺さんにせめて大学までは行けと説得されて、その流れのままにとりあえず就職したけど社会に馴染めず。一年経たずに離職。流石にニートはヤバイと、現代っ子らしく趣味と実益を兼ねた動画収益で日々の糧は得ている。
チャンネルもそこそこ登録者数はあるし(50万以上、100万未満という微妙なライン)、キャンプ用品の企業案件もぼちぼちあって、贅沢をしなければ概ね満足のいく生活が送れているけどね。
相変わらず人付き合いは苦手だが、世捨て人まではいかない程度の交流は出来ているつもりだ。
本当のコミュ障とは、一見して判らない場合が多い。コミュ障と勘違いしている人間の大部分はただの人見知りなんだよね。そして俺は人と話すと凄く疲れる性質で、その場限りの会話もできるし親しい振りだって出来るのに、物凄く疲れてしまうのだ。
精神的な疲労が溜まると誰とも話したくなくなるし、平気で音信不通をやらかす始末。お陰で親しい友人は作らないし、作れない。仲良くなった(と相手は思っている)のに、こっちはそんなつもりはなくて、遊ぶ約束をされても断りの連絡すら面倒になって、そのまま関係を切ってしまうのである。
寡黙な爺さんとの二人きりの生活はとても静かだったし、過剰に干渉されることなく気楽に過ごせただけに。多くの人のいる空間が物凄く苦手だった。
だからこそ、俺はこの場から立ち去りたい。
一人で楽しくこの夢を満喫したいのである。
「めっちゃ見られてるし……」
他者との関係を無視して生きることは難しい。
しかし他人の感情に敏感だからこそ、深く付き合うことは酷く疲れるもので。
適切で安心できる距離感は、俺にとって生きるために必要不可欠だった。
「夢とはいえ、ここをキャンプ地とするしかないのか……」
流石に日も落ちて、辺りが暗闇に包まれ始めた。
森にぽかりとできたこの空間は、おそらく冒険者たちの野営地として拓かれた場所なのだろう。まぁ、そういう設定の夢なんだろうが。
そうして俺は空になった器を返すため、立ち上がるとぺこりと一つお辞儀をし。じりじりと彼らの野営地から距離を取り、30メートル程の地点へ辿り着いた。
流石に森の茂みに戻る気にはなれなくて。しかもこの場から遠く離れそうになると、彼らに危険だからと呼び止められそうな気がしたからだ。
キャンプ地にありがちな、焚火の痕跡がそこかしこに散見しているだけに、比較的利用されている場所なのだろう。とはいえ安全地帯かどうかはよく判らないけれど。
そうしてチラッと背後を伺うと未だ熱い視線を感じるが、無理に近付こうとはしてこないことに安堵した。
これ以上の接触をしてこなさそうなことを確認し、俺はリュックから改めてサンドちゃん(ワンポールテント)を取り出して設置する。
願わくば寝て起きれば目が覚めていることを祈って。
この時はまだ、彼らが俺をブラウニーであると信じ込んでいるために、適切な距離を測っていると知る由もなく。俺の妙な行動の全てを、妖精だからというだけで容認されているとは考えもしていなかった。
テントを設置し、寝袋も用意する。半分の空間にリビング用のテーブルやイスを置いて、夕食後の優雅なひと時を演出するべく、以前案件で貰ったキャンプ用のコーヒーセットを取り出した。
案件時に一度使ったきりで、ほぼ新品同様である。そういうキャンプ用品は結構あるのだ。思い出したし、倉庫の肥やしにしとくのも勿体ないから、今使おうそうしよう。
夢の中なので、俺の持ち物は何でも取り出せるのがとても便利だ。なので自宅にある筈のコーヒーキャニスターも出てくるんだよな。中身は全部モカなんだけどね。モカは精神的ストレスの緩和や、スッキリした目覚めを約束してくれるので、寧ろコーヒーと言えばモカしか飲まない。
湯を沸かす間に小型のコーヒーミルに豆を入れてハンドルを回す。好みの大きさに豆を挽き、ペーパーフィルターに轢いた豆を移して、ドリップケトルからゆっくりと湯を注ぐと、香ばしさの中からフルーツや花のような甘い香りが漂い、鼻腔を擽った。
自宅だと面倒だけど、キャンプに来るとこういう手間のかかる作業がとても楽しく感じる。自宅ではもっぱらドリップバックだ。だって面倒なんだもん。
そうして時間をかけて入れたコーヒーを一口飲んで、ほうっと一息ついた。
「う~ん。贅沢な一時だな~」
夢の中でもやっていることはいつものキャンプと同じだけれど。
山菜を取りに来て、いつの間にかキャンプを始めているという状況は、正に脈絡のない夢ならではだろう。
最初は山の中だったのに、気が付けば森の中に移動してるしね。
四次元リュックの中からは、夢だから自分の持ち物であれば何でも好きに取り出せた。
妙な視線さえ感じなければ、まったりとした寛ぎの時間である。
言葉も通じないから、無理に会話をしなくていいしね。まぁ、言ってることは何となく判るけど。そういうことはよくあるので、気にしない。
普段なら聞こえてくるはずの虫の声があまり聞こえてこないけど、夢だからそういうものだろう。
中々目覚めるタイミングがつかめないが、寝ればなんとかなるとそう思い込んで。
暫くダラダラと森の中や見上げれば目に映る空の星を眺めつつ、眠気がやってきたので寝ることにした。
翌朝目覚めても、夢から覚めることはなかったんだけど。
俺が無防備に寝こけていた中。冒険者の皆さんが俺の安眠を妨害しないよう、交代でテントの周りを警戒し続けてくれたことに気付くわけもなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます