第8話 ダンジョンの仕組み(冒険者視点)
野良ブラウニーことリオンが、距離を取りつつもテントを張って野営の準備を始めたことに胸を撫で下ろした。
その際、テオが引き留めようとするのをギガンが肩を押さえることでその場を凌ぐ。
まだ向こうは警戒しているようだったし、何となくしか意思の疎通も出来ないので、これ以上の接触は難しかったのだ。
怯えて逃げられるのだけは避けたい。
テオの主張からブラウニーの可能性は否定しなかったが、多少疑ってかかっていた他のメンバーも、次第にリオンの不思議な行動によって確信を持ち始めていた。
見たこともない快適そうなテントや、タープに隠れて見えないが、漂ってくる香ばしいコーヒーらしき匂い。どうやって火を起こしているのか判らないが、明るく照らされ影だけしか見えない姿は幻想的で。
夜になれば活動して、家人のやり残した家事を手伝ってくれるといわれるブラウニーの持つ、不思議な能力の一端を垣間見たような気がした。
中でもやはり、妖精の粉の威力は感動的だった。
温かな料理を食べられるのは、能力の高いパーティならではだけれど。そこに美味さが加わることは滅多にない。町に戻ればそれなりに美味い飯を出す酒場や食堂はあるが、粉を振りかけただけであのような深い味わいを出す物など食べたことがなかった。
まさに家事の妖精―――家精霊ブラウニーならではのピクシー・ダストなのだろう。
とはいえまだリオンは野良ブラウニーのようで、決まった家に住み着いている訳ではないようだ。
こじんまりとした家のようなテントを持ち、自由気ままに暮らしているように見えた。
焚火を囲みながら、そっとリオンのテントの方へ視線を向ける。
「俺が考えるに、野良ブラウニーが、各所に点在するダンジョンの原因になっているのではないかと思う」
そう口にしたのはディエゴだ。リオン曰く雰囲気アサシンであるディエゴだが、実は召喚士であり強い従魔を従えるだけに妖精や精霊についても詳しかった。
今現在も彼の召喚した高位の魔獣に辺りを警戒して貰っている。
「たまに偶発的にダンジョンが出現する現象を魔塔等で研究しているんだがな。魔素だまりや魔獣の増えた森や山に出現していると思われがちだが、実は一貫性がないとされている」
ダンジョンは大きく分けて『天然ダンジョン』と『人工ダンジョン』に区別されている。
そしてダンジョンは必ず人が行きかう場所に出現する。魔素だまりや魔獣の多い地域だからと言って、前人未到の地には出現しない。必ず人間が踏み入れる領域にしか出現していないのである。
今現在では殆ど見られることはないが、街の中や廃墟に突如出現する『人工(建物型)ダンジョン』は、ボガートの仕業であることは確認されていた。
「そういえば、この森も魔獣は多いけど、ダンジョン自体は出現してないものね」
浅い部分は魔素耐性があれば一般人でも入れるが、奥の方となると危険な魔獣が生息しているために、狩人や冒険者でないと入り込むことが難しい。しかもこの森自体、魔獣狩りというより、奥地に生えている貴重な薬草類の採取目的で、高ランクの冒険者が依頼で入るぐらいだった。
薬草採取は新人冒険者の登竜門ではなく、ベテランの域に達していないと依頼を受けるのがとても難しいのだ。何せ知識と実力が伴っていないと、希少性の高い薬草類は採取出来ないからである。
彼らもその目的のために、この森へと貴重な薬草を採取すべくやってきていた。
魔獣狩りはモノのついでである。
「何が切っ掛けでダンジョン化するのかは謎なんだがな。ブラウニーが何らかの原因でボガート化――要するに、人間に危害を与えられたり、悪意に晒されたことが原因という説がある」
そう言う論文を読んだことがあると、ディエゴは締めくくった。
ブラウニーをおとぎ話でしか知らないテオは、へぇ~とばかりに感心しながらディエゴの語りに聞き入る。彼が知っている知識は、全て子供の読むおとぎ話しかなく、魔塔で研究されている内容はある意味新鮮だった。
「魔塔や魔術師学校じゃぁ、そういう研究をやってるんだな」
ギガンも感心したように頷く。彼にとってダンジョンは、ドロップ品目的で入るアトラクションのようなものであり、その不思議な構造についてはあまり疑問を持ったことがなかった。
不思議空間であるダンジョンは、命の危険はあるけれど、その分報酬も高い存在といった程度だ。
昔から存在しているだけに、その仕組みや成り立ちについて疑問に思うものは案外少ない。
「妖精狂いぐらいしか研究はしてないがな。俺の恩師がその内の一人ってだけだ」
召喚士としての最終目的が『精霊の召喚』であり、だがそれを成功させた召喚士は未だいない。高位の存在である精霊を召喚し、使役することは人間には出来ないともされている。それでも諦められないのが妖精狂いと呼ばれる研究者たちだ。
動物等を使役する『テイマー』が一般的だが、召喚士になると契約した魔獣を任意で使役することができる『サモナー』となり、ディエゴは優秀なサモナーだ。そして夢物語とされるのが精霊を召喚する『エレメンタラー』であった。
因みに妖精は気紛れで基本的に人間に関心がないので使役出来ないとされる。そもそも言語が理解できず、意志の疎通が難しい。
しかも妖精が進化して精霊になるとも言われており、危害を加えるとボガートへ転変し、とんでもない災いを招くとされていた。
一方でエルフやドワーフのような妖精族は人間のような暮らしをしているが、正しくは彼らは妖精のような人族であって、妖精そのものではないとされる。進化の過程で人寄りに別れたのではないかという説が有力である。
同じく人型でありながら、明確に妖精や精霊に分類されるのがブラウニーだ。彼らは人間と暮らすうちに言葉を覚え、感情や言語を理解していくという。よって唯一、人間と意思の疎通の可能な妖精であるとされる。
一方で魔物であるゴブリンやオーガも元は同一の妖精族とされるが、悪意寄りに進化したため妖精のなりそこない扱いをされていた。
「流石ディエゴさんっすね。リーダーも魔術師っすけど、そう言うのに詳しいんすか?」
そう水を向けられて、アマンダはないないと手を振った。
「私だってアンタと似たような程度の知識しかないわよ。だって同じ魔法を使うと言っても、魔術師と召喚士はスキルそのものが違うんだから。魔塔出身者と、ただの魔術師学校卒を一緒にしないで」
自ら魔法を使う術を駆使する魔術師と、召喚した魔獣を使役する召喚士の能力は異なる。
魔力を制御するスキルと、使役する魔物を制御するスキルでは、学ぶ知識が全然違うのだ。
「武器と同じよ。体の動かし方も、使い方も全然違うでしょ。素質の問題でもあるわね」
「あ~、確かにそうっすね」
斧を使うギガンや、弓を使うチェリッシュ、そして剣を使うテオと、彼らもスキルや武器によって学ぶことは夫々違っていた。なので知らないことも多い。
「それじゃぁ、ブラウニーに気に入られた人って、ある意味『エレメンタラー』みたいなものなのかなぁ?」
悲劇の逸話として語られる、愛する家人の死により、ボガートに転変した美女の姿をしたブラウニーを思い描きながら、チェリッシュは呟いた。
「……かもな」
ディエゴも嘗てはエレメンタラーに憧れてはいたが、人知を超えた領域である自然の力そのものとされる精霊を使役するなど、人間には不可能なのではと気付いてからは、サモナーとしての能力を磨いてきた。
おとぎ話で語られる程には、昔は珍しくもなく存在していたブラウニーだが、現在は全く存在を確認できていない。だから風化してしまい、今では存在そのものを疑われていた。
こっそり家の中の手伝いをしてくれる、シャイで賢く慎ましい妖精。しかも精霊寄りであり、人が好きで、見返りを求めることなく手助けをすることを好む。
そんな心優しいブラウニーが、人間の悪意や欲望によって、ボガートになるだなんて哀しすぎる。
「せめて、安住できる家が見付けられるといいんだがな……」
願わくば。自分たちがそれを提供できればと思う。だがそれは無理なことも判っている。
そんなディエゴの呟きに、メンバーたちは同意するように頷いた。
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