第9話 夢から覚めても夢だった

 そろそろヤバいんじゃないかなと思い始めている俺です。おはようございます。

 本日は爽やかな朝を、テントの中から迎えております。

 俺の夢はまだ覚めず。未だ夢の続きを続行中だ。


「なんかでっかい犬がいる」


 冒険者パーティの野営地付近に侍る、見たこともない大きな犬を確認して、俺はあれは大丈夫なのだろうかと心配になった。

 こちらに向かってくる気配はないし、毛並みの良さからして飼い犬特有の雰囲気を醸しているけれど。


「あんなの、昨夜は見なかったけどな?」


 どこから現れたのか気にはなるがしかし。テントの隙間からこっそり窺っていると、下っ端テオがまだ燻ぶっている焚火に薪を追加していた。

 巨大な犬に構うことなく。恐れてすらいないその態度に、誰かの飼い犬だろうと結論付けた。


「猟犬……かな?冒険者って、ハンターでもあるんだっけ?」


 俺も一応、二十歳になった時に爺さんに勧められて狩猟免許は取ったし、お古の猟銃を遺産として受け取ってはいるが、狩猟よりも山菜採取ばかりやっている怠け者だ。一応、持ち山から人里に降りて悪さをする猪や熊などの害獣駆除は、専ら知り合いの猟友会の方にお願いしている。たまに報酬が安いからって引き受けて貰えない場合もあるけどね。そういう時は自分で狩るしかない。死生観がどうのと言われても、害獣として人を襲うと色々な方面に迷惑が掛かるからね。でも美味しく頂くので許して欲しい。

 爺さんが生きてる時は、俺はただくっついて捌き方を教わる程度だったけど、今は俺一人しかいないから、自分で狩るしかないんだよね。そんな時、たまに猟犬がいるとイイなとは思うけど、猟犬は育てるのが大変なので、俺は飼ってないし飼える気がしないので断念した。


「いいなぁ。触りたいなぁ……」


 遠目からでも判る。白銀の毛皮に包まれた、艶やかで上品な毛並みは、きっとサラ艶に違いない。長毛のハスキーみたいで凛々しい顔つきだ。そしてデカイ。背中に乗れそうである。


「昨夜のご飯のお礼に、わんこにエサをやってもいいだろうか?」


 去年仕留めた猪の冷凍肉がブロックで保管されているのを思い出す。

 それも取り出せないもんかとリュックを探る。


「出るよね。夢だもん」


 十分な放血をして、早期に冷却して熟成させた猪肉を取り出す。

 昨夜頂いた猪らしき肉は、発情期特有の食欲を減らした痩せた雄の肉らしく、硬いし臭みが結構酷かった。それをまた今日も料理に使用するのだろうか?

 だがあれは一度で勘弁願いたい。


「とはいえ、これ、冷蔵庫でじっくり解凍しないとなんだけど」


 常温で解凍すると、肉の旨味が逃げてしまうのだ。

 しばし考えて、俺はリュックへと真空パックされた猪の冷凍肉を戻した。

 夢の中とはいえ、どうも味覚がハッキリしているので、下手なことはできない気がしたのだ。


「犬なら何となくジャーキーのイメージなんだけど。人間用のビーフジャーキーはマズイよなぁ……?」


以前動画にUPした、ビーフジャーキーの作り方で、大量に作ったはいいけど消化しきれずに保存していた物をリュックから取り出す。自分でもなかなか美味く出来たと思うんだけど。


「塩コショウ付いてるし、犬にやったらダメだろな。鶏むね肉とか、冷蔵庫にあったっけ?」


 鶏ハムにしようと買っていた筈と、自宅の冷蔵庫内の食材を思い浮かべながらリュックを探ると、これまた取り出せた。


「いやいや、流石に夢だわ。俺の明晰夢コントロールも、だいぶこなれてない?」


 このままだと自宅すら取り出せるのではないかとすら思う。なんせ俺の持ちものだし。

 だが今はそんな面白可笑しい実験をする気分ではない。そもそも取り出したところで置く場所がない。

 もしかしてこの夢は夢じゃないかもしれないという不安を打ち消すべく、目の前にいるわんこと何が何でも接触したくてたまらなかった。

 冷静に考えるとこの時の俺は、多分現実逃避に走っていたのだろう。とにかく無茶なことをやりたくてしょうがなかったのである。


「取りあえず、朝食を作りがてら、わんこにエサをやれるチャンスを窺うか」


 夢の中でも腹は減る。トイレに行きたいと思わないだけまだマシだけど。なんかその内行きたくなりそうな気配はするが、なるべく考えないようにしよう。


 手早く材料を思い浮かべ、調理器具もテーブルに並べていく。

 シングルバーナーに火を点け、スキレットで目玉焼きとハムを焼いて取り出す。ホットサンドメーカーでバターを溶かして焼いた食パンに目玉焼きとハムを入れ、塩コショウで軽く味付けをする。追加でチーズも投入。そこにまた食パンを置いてじっくり両面を焼いたら、チーズハムエッグのホットサンドの出来上がりだ。

 パクリと一口。うむ。やっぱ定番のホットサンドが一番美味いよな。材料自体、常に冷蔵庫に入ってるし。

 そうしてコーヒーを飲みつつ、まったりとした朝食を楽しみながら、同じキャンプ地に居る冒険者の様子を窺う。彼らも朝食を作っているようだが、見る限り昨夜と同じメニューだった。

 これは彼らの食事が侘しいのか、俺の想像力が貧しいのか、そのどちらでもあるのかね?


「わんこは見張りかな?」


 俺からの距離、凡そ約15メートル。そして冒険者からの距離も凡そ15メートル。要するに、あちらとこちらの中間地点に寝そべっている。

 しかし、あの人たちって何しにここにいるんだろう?ファンタジーって、案外よく判らんもんだ。俺の脳内データの貧困さが、如実に表れている気がする。それに夢の中の設定って、脈絡も何もないからなぁ。

 以前明晰夢と気付いて、頑張って夢をコントロールしようとしたけど、焦ってなにも出来ないままその内目が覚めたんだよね。それに比べると今回の夢は、そこそこのコントロール具合だと思うが……。

 四次元リュックから、自分の持ち物であれば何でも出せるっぽいのは凄い。だがそこまでだ。


「まぁ、そんなことはともかくとして」


 汚れた食器類や設置したテントは、どうせ夢だしと四次元リュックにそのまま突っ込む。

 ずるんっと、リュックの四次元空間に吸い込まれていく俺の荷物たち。

 そうして瞬く間に片付け終わり、リュックを背負った俺は、茹でた鶏むね肉を握り締めながら、目下の俺の興味の対象であるわんこへとそろそろ近付いた。


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