第6話 ブラウニーの不思議な道具(冒険者視点)


 妖精の粉を分けて貰い、極上のスープと肉に仕上がった夕飯に舌鼓を打っていると、リオンが何やらゴソゴソと背負い袋の中を探っていることに気が付いた。


「なぁ、アマンダ。アレは、何をやっているんだろうか?」


 背負い袋にすぽんと消えた籠に、目の錯覚かと思って一旦目を閉じる。そうしてもう一度リオンの方を見て、今度はオリーブ色のテントらしき物体が出て来たのを目撃し、ディエゴは唖然とした表情でアマンダへ話しかけた。


「今度は長四角の袋?バッグ?みたいなのが出て来たんだが……」


 どう見てもあの背負い袋から出てくるサイズではない。


「マジックバック……かしら?」

「だよな」


 マジックバック自体は高価ではあるが、特に珍しい物ではない。見た目よりも多くの物を入れることができ、ランクの高い冒険者なら、パーティで一つは持っている品である。当然彼らも、パーティ専用のマジックバックをいくつか持っていた。

 だが問題はそこではなく、リオンの持っている背負い袋から出てくる品物の数々である。


「何かしら、アレ……」

「テーブル?と、イス……のような?」


 四角い板だと思っていた物は、二つに開くと脚が付いていて、あっという間にテーブルになった。

 イスのような物は、金属の骨組みに布が張ってある、これまた折り畳み式で。手すり部分は木製で、サイドに収納用の袋が付いていた。

 それをカチャカチャと組み立てては確認し、また折りたたんで背負い袋へと戻していく。

 他にも小さな鍋から食器らしき物が出てきたり、水の入った透明な筒や、不思議な素材でできた取っ手のついた四角い箱(クーラーボックス)に、精緻なデザインのランタン(LED)のような物まであった。


「え?リオンって、ブラウニーじゃなくて、ドワーフだったの?」


 いつの間にか二人と同じく、リオンの荷物チェックに気付いたチェリッシュが、金属で出来ている道具類を目撃して呟いた。


「流石のドワーフでも、オーダーされても作れるような道具じゃないっすよ?!」


 妖精だからこそ作り出せる繊細な道具類だと、夢見がちな青年テオが反論する。


「おい、テオ。大声を出すんじゃねぇ。驚いて逃げるぞ」

「はっ!す、すんません……っ」


 ギガンに窘められて、テオは口に手を当てて縮こまる。そうして気付けば5人とも、リオの背負い袋の中身へと関心を寄せていた。

 先程の妖精の粉といい、リオンの持ち物は奇妙で珍しい物だらけだ。

 テーブルやイス、テントに鍋や食器類は、今まで見たことのないデザインだった。


 この世には、多種多様な妖精がいる。とはいえ、人間に友好的ではない妖精の方が多く、大概が悪意寄りで人間に危害を加えるといった存在だ。代表的なのがゴブリンやオーガ等で、妖精というより魔物扱いになっており、これらは見つけ次第討伐の対象になっている。

 悪意寄りではなくとも人間に友好的ではない妖精の代表格が、見た目の美しいエルフや鍛冶の得意なドワーフであり、彼らは人間を毛嫌いしている。それも大昔、人間が彼らを利用しようとし、奴隷扱いしたことが原因だ。とはいえ人間と全く交流がない訳ではなく、誠意を尽くせば取引に応じてくれる。


 そして最早おとぎ話の中にしか存在していないとされるブラウニーは、妖精族でありながら精霊(神)に近い存在とされ、困っている人間を助ける働き者で、深い情を持ったシャイな妖精とされる。

 そんなブラウニーを家に招くことが出来れば幸福が訪れるとされ、様々なトラブルからその家人を守ってくれる有難い善意寄りの妖精(精霊)と言われていた。

 尤も、今や人間の欲深さや過剰な要求によって、その姿を見ることはおろか、存在を認識することすら叶わなくなっている。一説によると、欲深い人間の悪意に晒され、ボガートに転落したためと言われている。

 しかもこのボガートは、この世界にダンジョンを造り出した存在とされ、ダンジョン化された空間に様々な罠を仕掛けたり人を襲う魔物を放つ。だがそんな危険なダンジョンに入らなければいいという話ではなく、ボガートが仕掛ける罠は人間にとって魅力的であり、階層をクリアすれば出てくる宝物や、魔物からドロップする報酬などがある為、それを目当てに人間はダンジョンに入ってしまうのである。

 そんな人間の欲望を知り尽くした妖精ならではの仕掛け(悪戯)に、愚かな人間たちはまんまと嵌ってしまうのだ。

 シャイだけれど人間が好きで、こっそりと手助けをする善意の妖精であるブラウニーと、そんな人間の欲望に晒され悪意に転じてしまったボガート。どちらも人間にとってただのおとぎ話として終わらせるほど、曖昧な存在ではなかった。


「ダンジョンでドロップする報酬の中に、マジックバックがあるけど……、それってやっぱりブラウニーが創った物なのかしらねぇ?」


 人間は当然として、妖精族の一種とされるエルフやドワーフも造ることの出来ない『魔法の袋』は、全てがダンジョン産である。

 空間や次元を超えるといった魔法は、ブラウニーとボガートのみが扱える魔法とされていた。だからこそ同一視されているのだけれど。


「このまま放置していていいのかしら?」

「俺ら以外の人間に捕まらないとも限らんしな」


 迷子の野良ブラウニー(と思われているリオン)を、本心から心配しているアマンダは、どうしたものかと頭を悩ませる。その呟きに応える形で、ギガンも思案気に考え込んだ。

 大昔にブラウニーが人間を助けるために造ったとされる様々な魔法道具は、今やなくてはならない魔道具として人間が再現して研究されているけれど。おそらくリオンのマジックバックには、それに近い更に便利な道具類が沢山入っているとみて間違いないだろう。

 

「あんな子供なのに……、悪い人間に騙されたらどうしよう……」

「見た目は子供でもブラウニーだ。賢いんじゃないか?」


 少なくともテオよりは賢いであろうと、ディエゴが口を挟む。それに同意するように、チェリッシュもこっそりと頷いた。

 本人が聞けば立派な成人男性だと怒るだろう。だがしかし、日本人は非常に若く見える為、彼らの目にはまだ子供にしか見えなかった。

 しかも。


「それよりもさ、あの子って、女の子?なのかな?」

「髪は短いし、男っぽい服だが。……よくわからんな」

「まだ子供ですしね。見た目で判断つき難いっすねぇ」


 基本的にブラウニーはお気に入りの家人の前にしか姿を現さないので、妖精族の中でも特に姿かたちに関しての情報が少ない。というか、多種多様な姿での目撃報告が多く、そもそもがおとぎ話の類でしかないからだが。

 ただし、数百年前にブラウニーが住んでいたとされる家が、現在はダンジョン化して存在しているからこそ、存在自体は否定されてはいないのだ。

 その屋敷に住んでいた息子が、ブラウニーが唯一姿を見せるお気に入りで。その息子が戦争に駆り出されて戦死したのを哀しみ、怒りによってボガートに転変して屋敷をダンジョン化したという、悲劇の物語としての逸話があった。

 悲劇の物語として語られるに至ったのは、その屋敷のブラウニーは非常に美しい女性の姿であり、その息子と恋仲だったとされているからだ。

 よってブラウニーはお気に入りの家人の好む姿になるとされ、容姿や性別は固定されていなかった。


「え~?それじゃぁ、あたしがあの子のお気に入りになったら、めっちゃくちゃハンサムに成長するのかな?」

「俺は、あの姿でも十分可愛いと思うっす!」


 寧ろ可愛い子供の姿のままでいて欲しいと、夢見がちな青年のテオはチェリッシュの願望から真っ向勝負する。それを横目で眺めつつディエゴは、欲望ダダ洩れな二人がブラウニーに気に入られる可能性は低いと思ったが、賢くも口には出さなかった。


「最悪、ボガートにさえならなきゃいいだろ」

「問題はそこよね」

「うむ」


 調子に乗って嫌がることをしないよう、テンションのおかしくなっている二人に注意しながら、大人組であるアマンダやギガンそしてディエゴは、ブラウニーことリオンと慎重に交流を試みることにした。



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