第36話 フリーズドライは魔法で再現可能?


 おはこんばんちわ!(便利な挨拶)現在の時間帯は昼過ぎです。

 すっかり俺の仕事場縄張りと化してしまった、野外炊事場におります。

 基本的にここには俺とシルバ&ノワル以外来ないんだよね。夕飯時はパーティメンバー全員集まるけど。俺は一人の時間を邪魔されるのが嫌なんで、なるべく来ないようにしてほしいなぁ~って、お願いしているからでもあるけど。

 それを真面目に聞き入れてくれる皆は良い人だよね。多分、俺を妖精だと思い込んでるからなんだろうが……まるで『鶴の恩返し』の鶴の機織り作業を見てはいけません扱いかも知れない。見るなっていうより、邪魔すんなって感じなんだけど。


 そして今日は、長旅に必要不可欠な、長期保存可能な燻製肉とを作ろうと思います!

 アントネストはウェールランドに行く途中にあるけど、辿り着くまでに二週間以上はかかるそうだ。なので、その間の食事に必要な携帯保存食が必要なのである。

 合間に村や町があればそこで食材は仕入れられるけど、手に入らない可能性がある。俺の四次元リュックに入れておけば生鮮食品も時間停止で腐らないけど、周りの目が気になるからね。何事も転ばぬ先の杖なのだ。


「それを、燻製にするのか?」


 以前ディエゴとシルバに手伝って貰い、熟成したボア肉が良い感じになっていたので、それを早速使おうと炊事場に来ていた。

 他のメンバーは役に立ちそうもないけど、ディエゴとシルバは別である。ノワルもガード的な存在としてね。

 魔法操作要員として、毎度おなじみになりつつあるディエゴである。


「てつだってー」

「まぁ、おかしなことでもないし、構わないが……」


 ジャーキーの美味さを知っているだけに拒否は出来まい。シルバもノワルも大好きだからね。

 長旅用の携帯保存食として干し肉もあるけど、この世界の干し肉はかなり硬い。老人には歯がたたない。歯がないからだけど。

 スルメのように噛めば噛むほど味わいがあるっていうより、ただただしょっぱい。ぶっちゃけると不味い。俺にはアレで空腹を凌げというのは拷問に近かった。(贅沢舌でゴメン)


「シルバと、ディエゴにいちゃんは、こっちー」


 そう言って生の野菜類を手渡す。首を傾げているけど、燻製にするわけじゃないから、説明は後でねと念派を送っておく。ついでにサイコロ状に細かく切っておいてとお願いした。


「私も一緒に作らせて頂いて、宜しいのかしら?」

「いいよー」


 宿泊しているコテージのオーナーの奥さんも一緒だ。先日、シュテルさんの宿泊やら何やらで、手伝ってくれてありがとうと沢山の魔物肉や野菜を貰った。

 燻製機も貸してくれたしね。俺の持っている道具は、ディエゴからかなりまずいという査定が出たので。折り畳み式のクロムメッキだしな。キャンプで燻製肉を作るのに、コンパクトでとっても便利なんだけど。でもここじゃただのオーパーツだ。

 他の宿泊客もいるので、長時間そう言った不思議道具を出し続けると、目撃される危険性があるのでNG判定となった。

 だから奥さんに、燻製肉を作る道具はあるか尋ねたら、貸してくれることになった。

 道具自体は至ってシンプル。ブリキっぽい箱に、網棚やチップを入れる皿がある。一斗缶の大きいヤツみたいなので、俺にも構造が判るから、おかしなことはしない。おかしなことでもない。

 ディエゴは何かハラハラして見守ってるけど、そこまで心配しないで欲しい。ウロウロされると邪魔だから、野菜を切っていて下さいお兄ちゃん。

 奥さんも手伝ってくれているので、お互いに様々な肉を入れて燻製を始めた。

 スモークウッドの香りが辺りに漂う。チップはクルミかな?爽やかで素朴な香りは、肉や魚に合うよね。


「今までは肉が傷む前に燻製にしていたけれど、お客様が来られた際に、こうしてお酒のおツマミとして出すのもいいわね」

「そうねー」

「でもこのお肉、何のお肉かしら?」


 今更な疑問を抱く奥さん。魔牛肉もあるけど、それとは違う魔物肉ではなく、俺が取り出したのはボアの熟成肉である。


「ボアだよ」

「―――え?」

「これ、ボアにく」

「本当に?」


 肉の違いに気付くとは、流石料理上手なご婦人である。俺にとっては魔牛の肉の方が謎肉だったけど、奥さんにしてみればボア肉の方が謎肉なのだろう。


「だ、大丈夫なのかしら?」

「だいじょうぶ」

「ボアのお肉は、食肉にするには向いてないのよ?」

「だいじょうぶ」


 心配してくれるのは判るけど、処理もしっかりしてあるし、熟成させてるからね。

 試しに少し焼いて食べてみたけど、想像よりも旨味が増していたのだ。俺の知っている猪よりもである。やはりイベリコ豚―――ここではイベリコボア?―――のような育ち方をしている。シルバとノワルも美味しいって言ってたしね。

 生ハムにしてもいいなと思って、ボアのもも肉を丸ッと一本塩漬けにしている。冷蔵庫に入れてディエゴのマジックバッグに保管して貰っているので、出来るのが楽しみだ。(冷蔵庫を熟成庫と交換した)

 ハモンイベリコベジョータのようになるとイイな~。湿度と温度の管理をしなきゃならないんだけど、そこはディエゴに頼むことにする。(相変わらずの丸投げ)

 まぁ、一~二年後の話になるが。(それまで俺がこの世界に居るのか判らんけど)


 燻製肉が出来上がるまでの間、ディエゴたちに頼んで野菜を切り刻んでもらって―――と、振り返れば、シルバもディエゴも魔法であっという間に野菜を切り終わっていた。

 その大量の野菜、俺なら軽く一時間はかかってたぞ?魔法が使えるって便利で良いね。自分で使えるようになりたいとは思わないんだけどさ。(シルバとディエゴがやってくれればそれでいい)


「これをどうするんだ?」

「えーっと……、じっけん?」

「実験?」

「しっぱいするかもー」


 だけど出来るかもしれない。魔法ならね!

 届け俺の念派映像!その名も、フリーズドライ製法!!

 ボアの解体の時にシルバとディエゴの複雑な魔法操作を見て、もしかしたらできるかもと思ったのだ。

 ディエゴとシルバならできる!何故なら賢いから!

 ただ工程がちょっと複雑なので、理解してもらえるかが不安なんだけど。

 それでもディエゴは俺の映像を受け取って、必死に理解しようとしてくれた。


「この野菜を、マイナス30度?とはどれぐらいだ?ん?この黄色いのは、バナーナか。それで釘を打てる硬さにする?何故だ?例え?バナーナ自体は関係ないのか。冷凍の硬さはそれを参考にするだけ?同じように、この刻んだ野菜を一気に冷凍させるんだな?次に気圧を下げて真空……?ああ、空気を無くすのか。また30度で温めて、水分が出たら、空気と一緒に素早く抜き取る……?」

「できる?」

「やったことはないが、魔法での操作は可能だ。取りあえず、やってみよう。シルバも頼む」


 流石ディエゴお兄ちゃん賢い!それとシルバは凍らせる役目なんだね。風魔法と同じで、瞬間冷凍が得意なのか。元々寒い場所が住処だったから?なるほど。そう言えば冷たい風を吹かせてボア肉の温度を下げてくれてたもんね。


「魔法操作の工程が少々複雑だが―――まぁ、いいだろう。シルバ、一気に凍らせろ」


 ディエゴが命令すると、キンとした寒さが食材の周りを包み込む。瞬く間に冷凍された食材に、今度はディエゴが魔法を掛ける。俺の念派映像の通りに、刻まれた野菜の形はそのままに、水分が一気に抜けて行く。


「おおー!」


 そうして、水分の抜けた、乾燥した野菜の山が一瞬で出来上がった。

 思わず感動で手を叩く。


「これでいいか?」

「ありがとー!」


 フリーズドライされた野菜を手に取り、俺はその出来具合に微笑んだ。うん。確り乾燥してるし、しなびた様子は見受けられない。どの野菜もいい具合に水分だけが抜けて、パリッと仕上がっていた。


「なるほど、こういう風になるのか。不思議なものだな。ただ乾燥させると萎びてしまうだけだが、形状を残す方法か……。物を極端に凍らせることで変質し難くさせ、空気を抜くことで変化を無くし―――水分が抜けて乾燥させれば形は残ったままになる―――なるほどな」


 一緒にフリーズドライされた野菜を摘まんで、ディエゴは矯めつ眇めつ、感心したように呟いた。

 偉大なる先人が考えついた、食材の形と味をそのまま残す、フリーズドライ製法である。

 大学時代に研究室の実験機器の一つに、真空凍結乾燥器があったんだけど、これがあれば作れるかな~?って安易に考えたことがあった。(その時は自作でインスタントコーヒーが作れるかという実験だった)

 でも実際は家庭でフリーズドライの食品を加工するには無理があると判明して諦めたんだよね。なんせこの他にも必要な機材があって、作れないこともないけど時間がかかるし、費用対効果がえげつなかった。

 でも、魔法なら可能なのでは?と、閃いたのである。


「じっけんは、せいこうだね」

「しかし、これをどうするつもりなんだ?」


 作ってみたはいいけれど、何がしたいのかは判らないらしい。ですよねー。

 ならば実際に目で見て貰って、理解させよう。


「これにー、これをー、こうしてー、はいどうぞ」


 シエラカップに乾燥野菜を入れ、お湯を注ぐ。それをディエゴに見せ、俺はドヤァ~っとした。


「―――元に戻してどうするんだ?」

「ディエゴにいちゃん……」


 頭は良いのに、何で俺を可哀想な子を見る目で見るのかな?

 この偉大なる先人の知恵による恩恵が、何故判らないのか。


「ん?―――あ、そうか!」


 閃いた!とばかりに、暫く考えた後で、ディエゴはやっとこの偉大なる発明に気が付いた。

 乾燥した野菜が、お湯で浸すことによって水分を含み、元の瑞々しい野菜に戻る―――その意味が。


「全く、とんでもないことを思いつくもんだ。確かにこれは、画期的なアイデアだが……」

「かるくて、ながもちするよ」

「手間も省けて、便利だな」

「うん」

「実験というから、野菜でまず試したのではなかったんだな。成功すれば、この方法で生き物の剝製でも作りたいのかと思ったんだが……」

「えぇ?!」


 そんな不気味なものを作ろうとして思いついたんじゃないよ!ディエゴの思い付きの方が怖いって!こっちの方が、そんな発想はなかった――ってやつだよ!

 お湯を注ぐだけで誰もが手軽に飲める、インスタントコーヒーを発明した加藤博士に謝って!

 通常のインスタントコーヒーは、コーヒーの抽出液を乾燥させて作っている。でも某コーヒー会社は、微粉砕した焙煎コーヒー豆の粒に、独自の抽出液で包み込み、酸化の原因となる空気との接触を抑え、入れたてそのままの味と香りを再現したのである。そんなわけで、インスタントと言えば、俺は圧倒的にゴールドなブレンドが好きだった。豆ならモカなんだけどね。

 あれ?もしかしてディエゴがいれば、インスタントコーヒーも作れるのでは?

 ドリップバッグはフィルターなんかのコスト的に難しいけど、フリーズドライのインスタントコーヒーなら、瓶に入れておけば手軽で飲みやすいような―――と、俺が思考の海に潜っていると、不意にディエゴが不穏な呟きをした。


「だが案外、これはこれで、それも可能かもしれないんだが?」

「……やめて」


 フリーズドライされた剥製とか怖いだけじゃん。攻撃魔法の一つとするにはいいかもだけど、魔法操作の過程も複雑で面倒だし、姿かたちを丸っと残す意味が判らないよ。それはサイコパスの考え方だよ?


「あの、先程から何をなさっているのでしょう?」


 ディエゴがサイコパスな思考に陥っているところに、奥さんが訝し気に声をかけて来た。

 燻製肉が出来上がるまでには、数時間ほどかかる。だからその間にフリーズドライの実験をしていたのだが、奥さんの存在をすっかり忘れていた。


「お料理をされていると思ったのですけど、これは……?なんという料理ですの?」


 どう見ても料理じゃないんだけど。一見すると野菜を刻んだものが大量にあるだけだし。


「ほぞんやさいだよ」

「保存野菜?」

「そう。ながもちする」

「あらあら。確かにこれは、水分が奇麗に抜けてますわね。とても軽いわ。なのに、形はそのまま?」

「これにー、これをー、こうしてー、はいどうぞ」

「―――まぁ!?」

 

 ディエゴに見せたのと同じく、奥さんにも水で戻したフリーズドライを差し出した。


「何だか凄いような気がしますけれど、どういったお料理になるのかしら?」

「えっとねー」


 そうして俺は燻製肉が出来るまでの間、フリーズドライ野菜に興味津々な奥さんと一緒に、これらを使った携帯用保存食の開発をすることになった。

 当然ディエゴとシルバも、その手伝いをさせられることになったんだけどね。主に乾燥作業要員でだけど。

 そんでノワルは手伝うことがなく、ジャーキーを強請ることが出来なくてちょっと拗ねてた。

 でも出来上がった燻製肉の味見をさせたら機嫌が治ったのでよし。


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