第68話 彫金師(ジュエリーデザイナー)



 寂れた商店街のように、閉店している店舗が多い通りを歩く。

 ダンジョンの周辺はそこそこ賑わっていたし、様々な出店や露店があった。

 だがそこから少し外れると、一気に人気ひとけが無くなるのだ。

 駅前と大型スーパーの周りだけ賑わっていて、少し外れた古い商店街がどんどん寂れて行くような、そんな雰囲気である。

 それでも昔は賑わっていたのだろうと思う通りを、オネーサンから教えて貰った場所へと向かった。

 シルバの背には俺が乗っていないとノワルが乗るようで、やっぱノワルはちゃっかりしている。サボれる時はサボる精神のディエゴに似てるんだよね。


「この先を曲がると、あるらしいが……、ああ、あそこか」


 なんか昔の写真で見たような、レトロな駄菓子屋風のお店を指さす。そこには小さなおばあさんが、日向ぼっこでもしているように店先の椅子に座っていた。


「すまない。こちらにトンボ玉はあるだろうか?」

「とんぼだま?」

「いや、ガラス玉で、ダンジョンのドロップ品なのだが」

「あ~はいはい。あるよぉ」


 そう言うとおばあさんは、よっこらしょと椅子から立ち上がると、俺たちを店のカウンターへと促した。


「これはねぇ、幸運のタリスマンだよ」

「……うん?」


 数珠繋ぎされたネックレスを渡され、俺はそれを鑑定虫メガネで見た。

 それは細工された奇麗なネックレスで、グラデーションのように繋げて色合いを考えられたトンボ玉で作られているのに、何の効果もないことだけが判った。

 幸運のタリスマンという名の商品なのに、俺の鑑定では『トンボ玉のネックレス:何の効果もない』と出てるんだよ。 

 そして俺が首を傾げていると、おばあさんはその他にもあるのか、次々とトンボ玉のアクセサリーをカウンターに並べていく。

 でも俺が作ったタリスマンのように、同じ種類のトンボ玉を三つ繋げたストラップタイプもあるんだけど、それらも全部、何の効果もないただの綺麗なアクセサリーのようだった。


「どうだ?」

「う~ん……」


 この手のアクセサリーのセンスはよく判らない。

 凝ったデザインではあるんだが、このトンボ玉の『幸運のタリスマン』という商品だけど、アクセサリーとして細工を施してある。

 魔物の糸で繋げただけの俺の根付ストラップとは違い、繊細なチェーンで繋げられていたり、丈夫な魔物の皮素材に装飾されていたり、アクセサリーとしての価値は高そうなんだよ。お値段設定もそれなりだし。

 指輪であったり、ネックレスであったり、ミサンガのような腕輪タイプだったりと、種類自体は多い。しかしどうしてこんなに沢山作っているのに、何一つまともな効果のある『タリスマン』にならないのだろうか?


「うん?」


 ああそうかと、このアクセサリ類と、俺との作りの違いに気が付いた。

 何ということはない。トンボ玉を繋げるチェーンや、魔獣の皮素材がその効果を打ち消しているのだ。

 おそらくこれらのアントネストのドロップ品は、同じダンジョン内でドロップするモノで細工なり加工なりしなければ全く効果が現れないということなのだろう。


「わかったー」

「何が判ったんだ?」


 俺は内緒話をするように、ディエゴに念波で説明した。

 そうして納得したように頷くと、おばあさんに交渉を始めた。


「店主、このガラス玉は、ここにあるので全部だろうか?」

「どうだろうねぇ? 孫がたまに作っちゃぁ置いてくから、まだあるかもねぇ」

「これらは、お孫さんが作っているのか?」

「そうだよぉ。あたしゃ、単なる店番さ」


 聞けばこの店にあるアクセサリー類は、お孫さんが作っているのだそうだ。

 普段は作業場である奥に居て、おばあさんは店番を任されているのだとか。


「この店はねぇ、ダンジョン産のガラス玉や、ドロップした魔昆虫の翅やらを加工して、お土産品を作って売っているんだよぉ」


 ほほう。そう言われて鑑定虫メガネで見れば、どの商品もアントネストの魔昆虫のドロップ品であると表示されている。

 キラキラした薄い翅をステンドグラスのように張り付けたランプシェードや、玉虫のような昆虫の殻で作った螺鈿細工のような小物入れ等々があった。

 しかしそのどれもが、素材自体に何かしらの効果はあるとされていながらも、その効果が出るような加工はされていなかった。

 ドロップ品の効果を阻害する別の素材を使っているせいなんだろうけどね。

 発想は凄くいいのに、もう一歩が上手く行ってないというか。画竜点睛を欠く状態だった。

 っていうかさぁ、魔昆虫の素材全部が、加工すると何らかの効果があるとかって説明しかないんだけど!


「ばぁちゃん、誰と話してるんだい?」


 するとそこへ、奥の作業場らしき扉から、トンボみたいな眼鏡をかけた青年が顔を出した。


「お、お客さんですか!?」

「ああ、この店の商品を見せて貰っている」

「もらってるー」


 俺たちがそう返事をすると、青年は慌ててカウンターへと入った。


「あ、あのっ、もしかして、ご購入を検討中ですか!?」

「そうだな」

「ありがとうございますっ! こちらは、『幸運のタリスマン』という商品でして、持っていると細やかですが幸運が訪れるんですよ!」

「その根拠は?」

「はい?」

「根拠は?」

「あのっ、それは、そのぅ……」


 途端にしどろもどろになる青年である。

 商品の勧め方が下手だなぁと思う。店番をおばあさんに任せていた方が良いのではないだろうか?

 人ってごり押しされると嫌気が差しちゃうからね。店番のおばあさんみたいに、声を掛けるまで反応をしないとか、問われてもゆったりとした態度での対応の方が警戒心を抱きにくいのだ。

 俺には判る。この人は、シュテルさんと同じで、自分の好きなことには饒舌になって、相手をドン引きさせる才能があると!


「お孫さんは、彫金師なのか?」

「そうだよぉ。ねぇジェリー」

「は、はいっ! まだ、その、未熟ですが……」


 おっとりとしたおばあさんから声を掛けられて、青年ことジェリーさんはハッとしたように落ち着いた。

 彫金師って、アクセサリーとかを加工する職人さんだったかな? でもこの世界の場合だと、他にも何か特殊な技能がありそうなんだけど。


「あ、でも、確かに、このガラス玉には、特殊な力があるんですっ!」


 うんうん。そこまで解っているのに、効果の出ない細工や加工をしているから惜しいんだよね。どうしたもんかな?


「ですが、それ以上はボクには解らなくて……」


 悔しそうにそう言うと、ジェリーさんはがっくりと肩を落とした。


 彫金師とは、貴金属を加工してアクセサリーなどにする技術を持った職人である。

 そしてこの世界では、魔晶石や宝石を使って効果のある装飾品やおまじないグッズを作ったりもするらしい。シュテルさんが好きそうな職人さんだよね。

 中でも腕の良い彫金師はかなり重宝されているようだ。

 俺の世界では、ジュエリーデザイナーと呼ばれているのだが、こちらではそこに一手間加えて効果のある装飾品に加工できれば一人前らしい。

 例えばアマンダ姉さんが魔術を使う際に使っている、グローブに着いている魔晶石とか、そういうのを加工する技術があるみたいな感じかな?


「効果があるのは解っているんです。でも、それをどのように加工すればいいのかが判らなくて……」


 どうやらジェリーさんも鑑定眼鏡で見ることで、トンボ玉や他のドロップ品に何かの効果があることは見えているらしい。

 ただ見え方が俺と同じではないようで、『集めると良いことがある』と表示される俺とは違い、『BF+α』のように一見すると意味が判らない表示なのだそうだ。

 ジェリーさん曰く『BF』は『Buona fortuna幸運を祈る』(何故かイタリア語)の略と予想できるけど、それに何かを足すということなのだが、それが何か判らないのだそうだ。

 だから効果のないただのアクセサリーになってしまっている。

 でも鑑定眼鏡って、本人の知識で理解できる範囲の表示になるんじゃなかったっけ? いやそこまでは理解できるけど、詳しい説明がないだけか。俺の鑑定虫メガネですら、『集めると良いことがある』としか表示されなかったしね。

 という訳で、あるものだけダンジョン産で作った偶然の産物である『運気上昇』のタリスマンというか根付ストラップを見せることにした。


「では、これを鑑定して欲しいのだが」

「これは? うちの商品ではありませんよね―――!?」


 ジェリーさんには何が見えてるのだろうか? 物凄く驚いたような表情になって、ディエゴの手を掴んだ。


「ここ、これは、どのようにして、作られたのですかっ!?」


 グイグイとディエゴに迫るジェリーさん。焦るディエゴ。俺に助けを求めても、何も出来ないよ?


「ちょ、ちょっと、待て。これを作ったのは俺ではない」

「では、どなたですか!?」


 ちらりと視線を向けられて、俺は危険を感じて慌ててシルバに乗って避難した。

 ついでにノワルも俺をいつでも連れ出せるように、両肩に足を掛けて飛び立つようなポーズをとる。いくら俺が(この世界では)小さいからって、ノワルが掴んで飛べるとは思えないんだけど。

 ―――――飛べないよね? そう問いかけると、念波でノワルがニヤッと笑った。

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