第69話 そうだ、丸投げしよう!



「どうぞ、ゆっくりしてってねぇ」

「ありがとー」


 興奮するジェリーさんを落ち着かせるべく、おばあさんがお茶カモミールティを出してくれた。

 さり気ない気遣いが有難い。そしておばあさんは余計な口を挟むでもなく、日向ぼっこの続きをするべく、店先の椅子に戻って行った。

 この世界は日本と違って湿度が低いからか、夏でも比較的過ごしやすい。それに海外では日照時間の関係上、やたらと日向ぼっこをしているイメージがある。

 おばあさんもそういう感じなのかな?


「では、これらタリスマンは全て、アントネストのダンジョンでドロップする物で加工しなければ効果がないということなのでしょうか?」

「おそらくな」

「今まで効果がなかったのは、それ以外の物で加工していたからなのですね……」

「だろうな」

「たぶんねー」


 アラクネーの糸をバッタのゲロじゃない、液玉という名の硬化液でコーティングし、トンボ玉を通して繋げる。そうして初めて効果のあるタリスマンとなるということを、ディエゴを通じてジェリーさんに伝えて貰った。


「それを、この子が発見したのですか……?」

錬金術師アルケミストだからな」

「なるほど」


 いやいや、「なるほど」って納得しちゃダメじゃん。これは錬金術じゃなくて、鑑定虫メガネのおかげなんだよ! 錬金術で何でも便利に作り出せる訳ないじゃん!

 俺以外の錬金術師に出会ったことがないから、この世界の錬金術師のことはさっぱり分かんないけど。調合が得意な研究職なだけだよね?

 そもそも俺は成り行きで錬金術師アルケミストを名乗っているが、違和感が酷いんだよな。

 なので俺は、ディエゴの脇腹を突いて訂正を求めた。

 お兄ちゃん、コレ! この虫メガネのお陰なんだって!!


「あ~、いや、偶然購入した、鑑定虫メガネのお陰だ」

「鑑定、虫メガネ……ですか?」


 ジェリーさんは自分のトンボメガネをクイッと押し上げる。この人も鑑定眼鏡を掛けてんだろうな。この世界の人の眼鏡率高すぎだろ。(メガネで個別認識できない)


「アンデルのドロップ品だそうだ。しかしアントネスト限定の鑑定虫メガネらしくてな。それ以外に利用価値がないと譲り受けたアイテムだ」

「そんなアイテムがあるのですか……? ああでも、アントネスト限定であれば、他では使えませんし、価値がないと思われても仕方がないですね」


 手に入れた経緯は色々すっ飛ばして、この虫メガネの機能について説明する。

 アントネストの街に住んでいるジェリーさんですら、この虫メガネの価値の低さに納得してしまうとは。なんでこんなに人気がないんだここのダンジョンは。

 でもこの虫メガネ、もう一つ登録できるんだよね。ただまだ何を登録するか決めてないから、魔昆虫とそのドロップ品ぐらいしか鑑定できないんだよなぁ。


「鑑定できるのはアントネストの魔昆虫類に限るのですよね?」

「それと、ドロップ品だな」

「うん」


 この鑑定虫メガネは、他の物を見ても何も表示されず、ただの虫メガネ拡大レンズでしかない。何せアントネストの魔昆虫限定なので。だがこの鑑定虫メガネの凄いところは、今までは何の利用価値もないと思われていた、アントネストのドロップアイテムの効果が表示されるところである。(ただし中途半端)

 今のところ判明しているのは、トンボ玉とアラクネーの糸と液玉ぐらいしかないけれど。他にもダンジョンでドロップした魔昆虫のドロップ品を見れば何か判るかもしれない。それらをディエゴから伝えてもらった。


「ボクはアントネストダンジョンのドロップ品を色々と集めてはいますが、彫金師なので、綺麗な物しか買い取りはしてないんですよ。この鑑定眼鏡も、魔昆虫のドロップ品やアイテムを見分けるためなのと、先ほどお見せいただいたダンジョン産アイテムの効果を鑑定できるぐらいなのです」


 ダンジョン産のアイテムを鑑定できると言えば、ある人物が思い浮かぶんだけど。まぁ、このタリスマンストラップは全部ダンジョン産のドロップ品で作られているから判定できるんだろうね。

 ジェリーさんが自分の作ったアクセサリーの鑑定が出来ないのは、それ以外のものが含まれているからだろう。そして意味不明な効果しか表示されないドロップ品で、試行錯誤しながらアクセサリーを作っていたと。なるほどなるほど。

 

 だから魔昆虫のドロップ品である筈の液玉等の存在は知っていても、買い取っていないのでその効果を知らなかったそうだ。というか液玉自体がハズレなので、冒険者の多くがゴミとして捨てている。

 ダンジョンのドロップ品は、ある程度放置すると自然と消えるんだって。

 だから必要ではないと判断されると、そのまま捨てて行く。だから長いことバッタのドロップ品は汚物ゲロ扱いされて、誰も持ち帰ってはいないそうだ。

 なんて勿体ないことをしているのだろうか。この液玉を使って判ったんだけど、硬化液としてかなり優秀なんだよね。シリコンゴムのように、ゴム被膜によって柔軟性が増す上に水を弾くし、型崩れ防止や補強にも優れているのだ。しかもゴム皮膜なのに、耐火性が付与される。(火で焙ってみたけど燃えなかった)

 よってこの液玉の利用方法はおそらく多岐に渡る。ドライフラワーや生花に吹きかければ長持ちさせることもできるだろうし、ガラスなどに吹きかければラメや装飾のアレンジだって可能だろう。その他は俺自身が興味がない分野なので思いつかないけれど、アラクネーの糸の補強にするだけでは終わらない気がする。

 といったこともディエゴに説明してもらった。


「そ、そんなに素晴らしい素材だったんですか? いやでも、確かに、こうして見ると、水や火に弱いとされるアラクネーの糸に、更なる艶や光沢を与え、弾力や強度も増しているのは確かですし……。このように優れた効果のある液玉を、どうして今まで捨てていたのか、信じられないっ!」


 またどっかで聞いたような感想(牛タン)だなぁ~と思いつつ、一見するとバッタのゲロの置き土産みたいだから、捨てられても仕方がないよね。

 基本的に冒険者って脳筋だから、不思議な素材に興味を示して調べようとは思わないのだろう。

 俺は日本人の勿体ない精神から拾ってきただけだし。何かに使えそう(実際は使えない物が多い)というだけで、どうでもいいモノとかたまに拾っちゃうクセが子供の頃からある。その代表例が石コロだ。爺さんは流木集めが好きだった。


 そこで俺はハッと気付いた。

 アントネストの魔昆虫は、強さの割にゴミのようなドロップ品が多いため、殆どの冒険者にスルーされている。辛うじてトンボ玉やガラス質の翅(脆い)や、見た目が奇麗な甲虫類の角や殻等は持ち帰ることはあれど、火や水に弱く強度もそれ程ないとされていた。

 まぁ、魔物といっても所詮は昆虫である。魔獣の骨や皮に比べると、武器に出来る程の強度がないので仕方がない。生きてる時は魔力を纏っているので硬いけれど、死んでしまうと魔素が薄れて強度を失ってしまうのだ。

 これには魔物とはいえ、内包できる魔素や魔力が関係していると思われる。

 魔獣の場合、強い個体だと魔力の残存により長持ちするので、お肉は腐り難く長期保存が可能だから重宝されているし。レザーであるのに服飾に使われているのも、丈夫な上に汚れにくい性質だからだそうだ。

 だが今までそれ程強度がないとされていた魔昆虫の殻や角だって、硬化液でコーティングすることで、変化する可能性が見えて来た。

 その可能性を調べるべく、俺はやはり魔昆虫の潜むダンジョンへ行って、捨てられていたドロップ品を収集しなければならないような気がした。


「これは、冒険者ギルドへ、買取りの依頼を出すべきでしょうか……?」

「そうだな……」

「しかし液玉を今までダンジョンから持ち帰った冒険者はいませんし、このガラス玉ですら―――いえ、トンボ玉ですか? これも、たまにしか売りに出されないんですよね……」


 しかも安価でしか売れないドロップ品だ。綺麗ではあれど、需要自体がない。

 魔晶石や宝石のようにある種の価値があり、効果が見込まれているならばともかく、トンボ玉は所詮色柄付きのガラス玉でしかない。瓶等に加工されていれば価値はあるんだろうけど、ビー玉サイズだからね。

 沢山集めて溶かして使うにしても、大量にドロップされるモノでもないのだ。

 そもそも魔昆虫の生息するエリアは人気がないので、俺たちのように初めてアントネストに来た冒険者が腕試しに入るぐらいで、これらのドロップ品が頻繁に手に入ることはないのだそうだ。

 おまけにお土産品として作ってはいるけれど、売れ行きも芳しくないという、可哀想な扱いをされていた。

 ここにあるアクセサリー類に使われているドロップ品も、アントネスト初心者の冒険者が、少しでも金になればと思って売る程度の価値しかないそうだ。

 人気のない(特に女性)アントネストではあれど、爬虫類の生息するエリアの方が価値のあるドロップ品が多いから、結果的にそうなっちゃうんだって。

 その爬虫類の魔物が出現するエリアも、ランクが高くないと何度も挑戦できない。

 討伐依頼がある訳でもないので、何度斃してもドロップ品がなければ無収入になるからね。魔物はお構いなしに出現リポップするし、体力的にも長くダンジョンに滞在できないのだ。


 よく自分のランクの一つ上までなら依頼を受けられるっていうのを見かけるけど、(ラノベ調べ)ここではそれは死に繋がる危険性があるのでお勧めされない。

 三ツ星である俺やテオやチェリッシュは、五ツ星や七ツ星であるメンバーがいるので、実力がなくてもチャレンジできるってだけなのだ。

 本来なら自分のランクより一つ下が安全なので、基本的に自分の実力より上のダンジョンには行かないのが賢い冒険者である。

 要するに受験と一緒だ。自分の学力より上の学校の入学試験を受けたって、本来の学力では合格しないのと同じだと考えればいいだろう。

 だから俺含む三ツ星メンバーは、四ツ星エリアに挑戦することはできない。

 正しくはしない方が良いってだけだけどね。挑戦はしても良いけどあくまでも自己責任なので、メンバーでよく話し合って行く行かないを決める。

 もし無理に実力のない仲間を連れこんで死なせてしまったら、残ったメンバーには罰則があるんだって。

 星を削られるだけでなく、仲間を死なせた無責任な冒険者として全ギルドに伝達されるので、その後はパーティを組む相手が見つからなくなるそうだ。

 ディエゴみたいに従魔を連れていたり、ロベルタさんみたいに個人として強ければソロでも誰もおかしいと思わないけれどね。(オネーサンは仕入れの狩りなのでソロでもおかしくはない)

 だからランクの高い冒険者になればなるほど危険を避け、より慎重になっていくのだろう。若いうちは無知なのもあって、無茶をするもんだからなー。


 でも俺たちスプリガンは、物好きにもアントネストの二ツ星や三ツ星エリアが本来の目的(俺が魔昆虫を見たがったから)であるので、魔昆虫のドロップ品を手に入れることはできる。

 今まで捨てられていたドロップ品の買取りも出来るようになるよ!


「そのドロップ品の収集についてだが、俺たちの仲間がこのタリスマンの効果を試すため、二ツ星エリアのダンジョンに行っているんだ」

「これの、じっけんちゅう」


 俺の作った『幸運のタリスマン』をトントンと指し示す。多分コレ、予想ではある程度の効果を発揮したら壊れそうなんだよな。一時期流行ったミサンガじゃないけど、こういう手作りの幸運のお守りって、永久的に持続可能な効果はない気がする。

 それらを踏まえて説明をし、俺は一つの提案をした。ディエゴを通してだけど。


「ボ、ボクが、本物の『幸運のタリスマン』を作らせて頂いていいんですか!?」

「いいよー」

「では、ボクを弟子にして頂けるのですね!」

「え」


 どうやらお互いの見解に齟齬が出たようだ。

 何がどうなって弟子という話になったんだ? お兄ちゃん説明してー!


「いや、これらの研究結果を元に、そちらにタリスマンを作って欲しいだけだ」

「でも、この素晴らしい発見をしたのは、師匠じゃないですか!」

「本人としては、本職の方に作成して貰った方が効果が出ると思うと言っている」

「そうだよー」

「ですが流石に、師匠の手柄を横取りするような卑怯な真似はしたくありません!」


 ジェリーさんを弟子にしたつもりはないし、師匠って呼ぶのは止めて!?

 大体そこまで深刻な問題にしなくてもいいんだけど―――と、言えば。こういう秘伝(?)の技術は秘匿されるべきであって、代々師から弟子に伝授されるのだそうだ。一子相伝のなんかみたいだね。

 そもそも彫金師の加工技術って、特許とかあんまり申請してない物が多いんだって。流石に魔晶石に関する情報や加工技術はある程度知られているらしいんだけど、それ以外については彫金師によって、かなり違いがあるらしかった。

 それって単なるデザイン性の違いなのでは? とは思うんだけどさ。この世界では、そのちょっとした違いが大きく関係してくるのだそうだ。

 まぁ、匠の技とかそういうのだろう。鍛冶師もそうらしいけど、卓越した技術によって、何か特殊な効果が加わるような感じかな?

 器用さも大きく関係するから、この手の職人の技は、見ただけで真似のできる技術ではないのは判るんだけどね。


 でもこのタリスマンに限って言えば、アントネストダンジョンのドロップ品であることが重要なだけで、その他の技術的なものはあんまり関係ないんだよ。

 もし何か特別な加工が必要であれば、それは俺の関与するところではない。センスもないし、アクセサリーに興味もないので。

 だからディエゴお兄ちゃん! この彫金師のジェリーさんを説得して!

 作れる人がいるなら、俺が苦労して作る必要がなくなるから! だって他にやりたいことがあるんだもん! トンボ玉だけに関わってる暇はないんだって!


 だからいつものように、俺は必殺の『丸投げ』を発動することにした。



 俺がこのアントネストに居るのは気が済むまでなので、長居するつもりはないことを伝える。だからその間に出来る限りの協力はするけれど、タリスマンの作成についてはジェリーさんに託すということで話を付けた。

 無理矢理だけどね。

 それにジェリーさんのお店のトンボ玉を買うより、素材を持っている本人に加工させた方がいいに決まっている。商品を売るのはジェリーさんなんだから。

 基本的な同種類のトンボ玉三つと、加工に必要な液玉(残っている一個をあげたらお礼に玉虫の羽をくれた。やったね!)とアラクネーの糸を使う方法を教えて、その他にもできることを自分で考えながら作るように伝えた。

 俺が教えられるのは基本だけで、応用は自分でしてねってことだ。

 どうせいなくなるんだし、その後は本職の彫金師に任せるべきだ――とかなんとか色々とディエゴが言い包めながら説得をしてくれた。

 最後まで俺を頑なに師匠と呼んでいたが、認めるつもりはないよ!


 俺たちの本職はあくまでも冒険者なのである。

 ドロップした素材を売って稼ぐのが本業だから、職人のようなことをするのはなんか違うんだよ。

 モノ作りは面白くて楽しいけど、趣味の範囲でしかないからな~。

 趣味は仕事にしちゃいけないのだ。やらなきゃいけないことになると、途端に嫌気がさすからね。あくまでも余暇を楽しむ範囲に留めておくに限るのである。


 そうしてアクセサリーショップを後にしながら、ディエゴが俺に尋ねた。


「あれでよかったのか?」

「うん」

「……まぁ、お前が良いなら、俺も構わんが」


 ディエゴ曰く。他の人なら勿体ないとかなんとか、商売っ気を出して独占するような案件なんだって。

 でも面倒は嫌いなんだよね。ホットサンドメーカーの時もそうだったけど、フリーズドライの時とか特に面倒になったじゃん! (ディエゴが)

 なんだかんだで俺もディエゴもお金に困っていない。(不労所得万歳)よって商売をしようという考えがそもそもないのだ。

 そのせいなのか、いやそれ以前に、儲けよりも好奇心の方が優先されるので、満足できた瞬間に興味がなくなるという、お互い困った性質の持ち主だった。

 仮説から実験をして、検証して証明するというプロセスが楽しいだけで、それ以外のことはあんまり考えていないからね。

 世の中の役に立つ研究や実験をしているつもりではあるけど、途中でヤバいと思ったら止めるよ? ディエゴは判んないけど。ちょっとマッドなところがあるからね。

 でも俺は結果が齎す危険度が高いと判明したら、ちゃんと止めるだけの理性はあるつもりだ。

 だから今まで、大事になるようなことはやらかしていない。


 ないよね?

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