第42話 旅の支度と強制指名依頼



 旅の支度は順調に進んだ。

 特に食事については、自分自身の為にもかなり拘ったしね。

 そして女性にとっては社会的な死を意味する、一番重要な問題を解決しなければならない。サービスの一環としてね。


「これ、本当に、使っていいの?」

「リオン、あなたって子は、本当に、良い子ねっ!!」


 長期の旅行に欠かせない―――というか、この世界の旅事情について調べたところ。人が住むめる場所はかなり限られていて、高速道路の移動途中にあるような、便利なサービスエリアなんてものはなく。移動中は専ら、用足しの際は大草原の青空の下で、モンゴルの遊牧民状態だった。

 なので俺には必要がなくなってしまった、キャンプ用簡易トイレを女性メンバーに譲渡することにした。


「しゃわーも、できるよ」


 ワンタッチで建てることができる着替え用テントに、トイレを設置して遮蔽できるし、箱型トイレを外に出してテント上部に水を入れるタンクを設置すれば、なんとシャワーも出来る優れものだ。折りたためてコンパクト。なのにとてもお安くて便利なのである。

 これも一応、ディエゴに確認して貰った。珍しいが、多分作れないこともない魔道具の一種として誤魔化せる―――かもしれないそうだ。最近は、ディエゴの『大丈夫だ、問題ない』に疑念が湧くけれど。

 苦手な虫(しかも巨大)の生息するダンジョンに同行してくれるのだから、これぐらいのサービスはしなくては。(大量のトイレットペーパーを添えて)


「森の中は一応遮蔽物があるから誤魔化せたけど、やっぱり、辛いものは辛いものね……」

「我慢の限界まで、堪えてましたもんっ!」

「こういう時は、男が羨ましくてしょうがなかったわっ!」

「ちょっと行ってくるで済ませるんだもん。アタシたちは、誰かに見られないかドキドキしてたのにぃ!」

「でもこれで安心よね?」

「シャワーも出来るし!アタシ、もうあの馬油シャンプーなしじゃ生きていけない身体になっちゃったもん!」

「それよねぇ。見てよ、この艶やかな髪!お肌の張りも、すっごく良くなって、若返っちゃったわ~」

「リオっち、本当にありがとう~っ、へぶっ!?」


 相変わらずテンションが上がるとハグろうとするチェリッシュに、すかさずシルバ&ノワルガードが発動する。俺のATフィールドは有能ですな。ギルマスにボアの毛皮を奪われてから反省したのか、両名とも益々俺のガードに磨きがかかったようだ。


「つかいかたも、かんたん」


 ディエゴに使い方の説明をしていた際に、トイレタンクに処理袋と凝固剤を入れたら消えたんだよね。四次元リュックみたいに真っ暗じゃなかったんだけど、どうやらタンクに何かを入れるとどこへともなく消える仕様になっていた。

 中身を取り出そうと、四次元リュックのように頭の中で消えた凝固剤と処理袋を思い浮かべたけれど、何も掴むことは出来なかったので。

 そうして俺は、考えることを止めた。

 これはそういうものなのだ。

 女性二人にもそういうものだと認識させるべく、手頃なゴミを放り込んで見せた。

 放り込んだ瞬間に、そのゴミは箱の底に辿り着く前に消えて行った。


「え?どういう仕組み?」

「マジックバッグ……じゃないわよね?」

「ごみばこ」

「トイレよね?」

「ごみばこにもなるよ」

「そ、それは、便利ね……?」

「どこに消えるのかな?」

「かんがえるな、かんじろ」

「……そうね」

「……うん。そうするぅ」


 そうして彼女たちも、考えることを止めた。

 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ――――から、覗いてはいけないのである。ニーチェ先生による名言だ。自分自身がゴミ箱にならないためにも、どういう仕組みかは考えてはいけない。

 ディエゴも「妖精の持ち物だから、こんなものなのだろう」で終わらせていた。

 最近判るようになったんだけど、ディエゴは興味のあるなしで深く考えたり、何も考えなかったりする。彼にとって、簡易トイレはゴミ箱にもなって便利だなで終わる存在だってことだ。

 気に入らない奴を〇(自主規制)して、この箱に捨てれば完全犯罪にできる―――っていう考えを持たないでくれて良かったよ。


 しかしこれで長旅におけるトイレ&シャワー問題は解決だ。ついでにゴミの処理も、この簡易トイレ&ゴミ箱で解決である。(見張りはノワルに任せれば、ご褒美のジャーキーも食べれるし、仕事があるので居残りも出来るよ)

 なんかそこらに捨てるとヤバイ俺のオーパーツなゴミも、この箱に捨てれば証拠は隠滅できるし。今まではディエゴに消し炭にしてもらってたんだけど。一々お願いするのも気が引けてたから、偶然とはいえ便利なゴミ箱が出来て一安心である。

 ゴミの分別?何言ってんだよ。ここは異世界だぞ。そのようなルールはない。





「護衛依頼?」


 明日にはアントネストへ向けて出発しようとしていたところ。冒険者ギルドに移動報告をしに行っていたギガンが、頼まれたと言って困った顔をして知らせて来た。


 冒険者は自由民であり、どこにでも好きに移動できる。だが自由民といっても、市民権がないため、一般市民のように定住場所が定まっていない。だから各地で問題を起こして逃亡する者も多く、足取りを追うためにも冒険者ギルドは登録している冒険者を管理する責任があった。

 そして冒険者側も報告義務を怠ると、死亡、または逃亡者として全ての冒険者ギルドに通達される。(途中で依頼などによる移動先の変更は問題ない)

 顔や名前を変えても、本人の体液は誤魔化せない。俺も仮登録から、正式な登録証を受け取る際、血液の提出を求められた。個人を識別する魔道具があって、登録した冒険者を記録できるらしい。(血液を採取される際、アマンダ姉さんたちが物凄く慌てていたけれど、安心して下さい。俺、実は人間なので)

 しかも冒険者ギルドだけでなく、この魔道具は全てのギルド(当然国毎に住民も登録されている)が使用している。これは魔塔が開発した魔道具で、特許を持つ魔道具の中でも一二を争う収入源だそうだ。

 俺の世界でもあったね。戸籍とは別に、生体認証みたいなシステムで、データを管理してる企業とか。一部では廃止されたんだっけ?でもこっちの方がスマートで、そして管理しやすいけど。

 俺が最初で最後に就職した企業も、指静脈認証だった。でもこれ、めちゃくちゃエラーが出るし、使い勝手が悪くて不評だったんだよね。薬剤で手が荒れるのに、指静脈認証になんかしたらエラーが出るって判らなかったお偉いさんって、実はバカなのかな?って皆言っていた。


「アントネスト方面に行く行商人が、俺たちに頼みたいそうだ」

「それは、指名依頼ってことかしら?」

「目的地はアントネストか?」

「いや、途中の街までだ。それも幾つかあって―――」

「ちょっと待って。その護衛依頼、行商人は複数ってこと?」

「そうなるな」


 なんということでしょう。詳しく話を聞けば、行商人さん御一行の途中下車先がいくつかあるらしい。


「俺ら以外の冒険者にも依頼が出てる。団体様御一行って感じだな」

「アンタはそれを、引き受けたわけ?」

「強制指名なんだよ。断ると、星が半分削られるペナルティが発生する」


 星が半分ってなんだ?☆は一個で表示されるんじゃないの?(後で知ったが、ペナルティとして削られた星は★として黒く塗り潰され、冒険者には不名誉な実績になるそうだ)


「でも強制指名依頼が出せるのは、パーティの平均が―――って、ああっ、そういえば四つ星だわっ!」

「喜んでいいのか、困ったことにな……」

「誰よっ、そんな強制指名依頼を出したのは!?」

「―――シュテル氏か?」

「まぁな。ただ俺らには、そのシュテル氏だけ、護衛すれば良いそうだ」

「あの人、自分の護衛も二人いるわよね?」

「そうなんだが、実はな――――」


 そうして語られた、団体様御一行の、冒険者への護衛依頼の実情なのだけれど。

 キャリュフフィーバーに沸くこの町に目を付けた、犯罪歴を持つ元冒険者や盗賊が、行商で移動する商人を中心に狙うために集まっているのだそうだ。

 この町は今までは寂れていて特にめぼしい物もなかった為、行商人も冒険者も比較的平和に行き来出来ていた。だが、高級食材を仕入れた商人が行き交うようになったために、そういった犯罪者も多く集まるようになってしまったんだとか。だから護衛は多ければ多い程いいらしい。(そして高まる冒険者需要)

 賑わいを見せ始めた矢先に、新たな問題が再び発生することになるなんてね。

 厄介な冒険者の事件もあったし、それが落ち着いたと思えば、盗賊に狙われやすくなるなんて。

 復興し始めたと喜んでいても、良いことばかりでもないんだな。


「そういう、理由なんだよ」

「俺たちは余り外に出てなかったからな」


 ディエゴとシルバは俺と一緒に日々フリーズドライ食品の作成と、たまに町に買い物に出かけるぐらいしかしていない。大人しくしてろって言われたからさ。


「アンタは特に、リオンと留守番してたからね。私たちは一応、森で他の冒険者とそういう話題になって、情報として耳には入れてはいたんだけれど」

「まさか強制的な指名依頼まで出されるなんてなぁ。考えてもみなかったぜ」


 ただこの強制指名依頼、引き受ければ相当な額の報酬が貰えるし、星も半分実績に付くそうだ。(そういう条件でなければ強制指名依頼は出せない)

 パーティの平均ランクが四ツ星以上になると『指名』に『強制』が出来る。この数ヶ月の間に、俺だけでなくテオやチェリッシュまで三ツ星になったことで、パーティの平均ランクが上がってしまったのが原因みたい。


「俺には厄介なだけだが?」

「そりゃアンタは【セブン・スター】だからよ。逆に断れば星が欠けるわよ?」

「別に構わんが?」


 セブンスターって何?タバコ?ディエゴは星が7つあるってこと?もしや経絡秘孔神拳の継承者?それともめっちゃお高いクルーズトレインかな?

 今更だけど、このパーティメンバーのランクを全く把握してないことに気付いた。

 なんとなく、大人組はランクが高いんだろうなって、思ってただけだ。


「俺らは大いに構うんだよっ!」

「ファイブ・スターから先は、余程のことでもない限りランクが上がらないんだから!」

「それを削られちゃたまんねぇよ」

「―――で。受けるのか?その依頼」


 五つ星で天井じゃなかった、衝撃の事実である。

 そう言えば、俺には星を三つ付けてくれたギルマスだけど、同じようにやらかしの共犯者であるディエゴには何もなかったんだよね。もしや星7つがカンストなのかな?

 ところでアマンダ姉さんとギガンは【ファイブ・スター】でOK?宇宙でロボが戦うナニカみたい。よく知らんけど。

 そんで一番ランクが高いディエゴがリーダーじゃないのは、こういうところがダメだからだろう。率先して人を引っ張る力がないっていうかね……。割と自由なんだよな。パーティメンバーと行動を一緒にしないし、個人主義だから、俺とも気が合うのかもしれない。


「受けるしか、ないでしょう……っ!」

「リオンはどうする?」

「おれ?」


 問い掛けられて首を傾げる。


「あ~ら、リオン?『ぼく』じゃなかったかしら?」

「えっと、ぼく?」

「そうよ~。可愛らしく言いましょうねぇ?」

「……はぁい」


 アマンダ姉さんの圧に負けて、俺は自分の一人称を『ぼく』に変更させられた。

 どうもアマンダ姉さんは『可愛いは正義』信者らしく、そういう振る舞いを俺に求める傾向がある。子供っぽく振る舞っていた弊害が、まさかこんなところで俺に伸し掛かるとは思ってもみなかった。失敗したなぁ。俺の控え目なプライドがシクシク痛むが、耐えるしかない。


「一応、他の商人や冒険者もいるにはいるが、シュテル氏は個人の箱馬車を持っている。それに乗って行けるだけ、逆に有難いが―――」

「だからリオンは大丈夫かという話だ」

「う~ん……」


 伸び伸びできないのは息苦しいけど、全く知らない人でもないしね。

 アントネストに行くためにも、乗り越えなければならない試練なのだろうか?


「いいよ」


 俺がごねると後々迷惑が掛かるので、ここは素直に頷いておくことにした。

 箱馬車の中が息苦しければ、シルバに乗ればいい。乗せてくれるよね?そう念派で話しかければ、心得たとばかりに頼もしい返事が返された。

 やっぱシルバは頼りになるね!


 これも後に知ったことなんだけど、冒険者には強制的に発動される指名依頼がある。それも冒険者を縛るものではなく、ランクを上げる実績が確約された依頼に限るのだけれど。その分高額で、だからこそ危険だし、でも受ければとても美味しい依頼でもあった。(とはいえ指名されるのは滅多にないそうだ)

 ただし強制力が発動されるのは年に一度だけ。その他は断っても良いそうだ。ただスプリガンへの強制指名依頼はまだ発動されておらず、自動的にシュテルさんの依頼は受けなくてはならないんだってさ。

 なんとも厄介なシステムだね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る