第43話 この世界の服装(今更)
「とろころで、リオン。お前さん、そんな格好で大丈夫か?」
黒い七分袖Tシャツと、カーキ色のカーゴパンツの上に、アウトドア作業用エプロン(色は渋めのブラウン)を掛けた姿の俺を見て、ギガンが訝しげに眉を顰めて聞いて来た。
問われて俺は自分の格好を改めて見る。ボトルホルダーやポケットも沢山付いていて、耐久性と通気性に優れ、厚手の丈夫なキャンパス素材のエプロンは、便利でとても着心地が良いのだが。靴もサンダルではなく、セーフティーシューズ(安全靴)を履いている。何か問題でも?
「おかしい?」
「いや、おかしいってこたぁねぇんだけど」
「見慣れ過ぎてて失念していたけれど、少し無防備過ぎないかしら?」
「旅装にしては、軽装のような気がしないでもない」
「リオっち、その服じゃ長旅に向いてないよ?」
「リオリオ、他に服はないんすか?」
ああ、そういうことね。まさかこの格好で出かけるつもりはないよ。
この格好はお仕事用だからね。主にキャンプ飯を作る時に着ている。まぁ、普段着ってことなんだけど。
「ちゃんとあるよー」
「森で着ていたような服か?」
「ううん?」
ディエゴに山菜取りスタイルのことを指摘され、フルフルと首を振った。
「これー」
旅装として俺が選んだ服を、四次元リュックから取り出した。
夏に向けて半袖を着たくなるが、長時間日差しを浴びることを考えると、長袖の方が安全だ。なのでエアロガードコットンシャツがいいだろう。続いて冷感機能付きアイスパンツ。半ズボンよりも長ズボンの方がこれまた安全である。極めつけは、虫が寄り付きにくい加工がされた、エアロガードシリーズ(着る蚊帳)のジャケット&パーカーである。シースルーな上に、フードまでファスナーを閉めると360度顔の周りをメッシュが覆って虫の侵入を防ぐのだ。足元は汚れが付き難く落ち易い、耐久撥水加工のアクティブハイクにした。
働く人御用達のショップで全て揃うし、お値段なんと全部で一万円以内というお安さ。数枚ずつ色を変えて持っているので、着替えに困ることはない。
これでどうだと胸を張ったら、皆がダメだこりゃっていう顔をした。
「リオンがまた便利そうだが面倒なモンを出した。シュテル氏に目を付けられる前に隠せっ!」
「ダンジョン内で着るのは構わん。だがこれを着て外をうろつくのはマズイ」
「ダンジョン内でも構うわよ!?でも、人気のないダンジョンだから、そう目につくこともないからそこは許可するわ。でも、移動中は完全にアウトよ!」
「これを見られたら、またシュテルさんが面倒なことを言ってくる気がするっす!」
「それに見た目が可愛くなぁい!」
「なんでー?」
みんなの着ている服に比べれば、確かに軽装だが見た目以上に機能性抜群なのだが?それとチェリッシュ、旅装に可愛さを求めるな。
「服装チェックをしておいてよかったわ。普段着ている服は普通だから気にしてなかったけど、流石にコレはないわ」
「寝る時は更に妙な格好をしちゃいるが、それで外に出て行かねぇから黙っていたしな」
俺のなけなしの常識で、空調服(ファン付き作業服)はこの世界では非常識だと判断して取り止め、一生懸命考えた快適旅装だったのに!
アマンダ姉さんにコレはないわと言われるし、ギガンからは寝巻として愛用している甚兵衛(&作務衣)を妙な格好と言われ、俺のファッションセンスは散々な言われようだ。
この世界のスチパンルックに比べると、確かに軽装だけどさ。皮革素材の服は何だか重そうだし動き難そうじゃん。用途の判らないベルトが一杯付いてるしさー。
ディエゴやアマンダ姉さんはゴシック調のロングコートで、見るからに暑そうだし。
チェリッシュはサロペットワンピースで可愛いんだけど、レースが裾や袖周りについてるから邪魔そうなんだよな。(キャリュフで稼いだお金で新調したそうだが)
ギガンやテオはボヘミアンスタイルのヘンリーネックで、小物パーツがゴテゴテしたデザインだけど、比較的俺の中ではまだ許容範囲の服装だ。
「買いましょう」
「え?」
「リオンに似合う服と装備を、買いに行きましょう」
「アタシも行きたーい!リオっちに似合う服、選んであげるね!」
「えぇ~」
妙に興奮したアマンダ姉さんと、テンションの高いチェリッシュに、この町にある冒険者御用達の洋品店へと俺は強制連行されることになった。
なお、拒否権はないらしい。
そうして選ばれたのは、オーバーオールでした。
「やっぱり、コレね!」
「リオっち、可愛いよ!」
「……」
自分でもわかる。きっと今、目が死んでる。
作業着としてジップアップワークオーバーオールを着ることはあるけど、これはどう見ても子供服だ。皮革素材のオーバーオールなんてあるんだね。(レザータイプのオーバーオールがあるのは知ってるけど)
触り心地的にゴートレザーだろうか?軽くて丈夫で型崩れし難く、俺の元居た世界でもジャケット(有名なのは米軍のフライトジャケット)に使われることが多いけど、この世界ではオーバーオールにもなるんだねぇ。凄いねぇ。
「魔物の中でも特に伸縮性と通気性に優れた、エアレーの皮で出来ておりまして、黄褐色または黒の二色がございますが、如何致しますか?」
「リオっちなら、黄褐色かな?」
「そうねぇ。黒はディエゴだし、同じ色ってのもねぇ」
エアレーってなんだ?(牡牛の魔獣で、コイツが謎の魔牛肉の正体である)黄褐色って、茶色っぽいよね。それもブラウニーを引きずっているのか、やたらと茶系統の色を勧められるのだ。最早違うと否定できないけど。
でも実際に着て見れば、想像と違って暑苦しさはない。伸縮性に優れているというだけあって、ごわごわしてないから不思議なものだ。
魔獣の皮革が重宝されるのも理解出来たし、スチパンルックが主流なファッションなのもむべなるかな。
「装備品に、こちらのゴーグルなどもご一緒にどうでしょう?」
「何か付与されてるのかしら?」
「暗視魔法が付与されてございます。光の少ない場所でも、鮮明に辺りが見渡せます」
「定番ねぇ。同時に遠視魔法が付与されているものはないの?」
「少しお値段は張りますが、ございますよ」
「じゃぁ、それも一緒にお願い」
「はい、ありがとうございます!」
暗視&遠視機能付きゴーグルとか割と凄いのでは?これも魔法の一種なんだろうか。そういやみんな、形は違うゴーグルを帽子に掛けたり首にぶら下げている。ファッションじゃなかった……だと?
「ねぇねぇ、ゴーグルを買うなら、一緒に帽子も買っちゃおうよ。これに付けたらきっと可愛いよ?」
「流石お目が高い!こちらレプス・フェルトで作られておりまして、このウサギのような耳が愛らしいデザインとなっております」
「やだ、可愛い!リオンに似合うわ!」
「でしょでしょ!」
イイ歳してウサミミ帽子を被るとか、どんな拷問かな?
レプスって、確か図鑑に載っていたウサギの魔物(レプス・コルヌトゥス)だったような気がするんだが。ウサギのくせに鹿のような角を生やしていたんだよな。(大型犬ぐらいの大きさだったので、最早ウサギとは言い難い)マンガでよく見るウサギの魔物みたく、一角じゃなかったけど。
地球でも角の生えた兎は実在しているとされるけど、乳頭腫ウイルスに感染した野兎が目撃されたのが原因だって話だった。ここではリアルに角の生えた兎の魔物が存在しているのだ。
その他にもポケット付きブーツとか、用途不明のアームバンド(袖が長いせい)等々。女性二人にキャッキャウフフと選ばれて、選択権のない俺は否が応もなく旅支度を整えられてしまったのである。
せめてこのウサミミ帽子だけは拒否したかったが、『可愛いは正義』信者のアマンダ姉さんの圧に屈したのは言うまでもない。
精も根も尽き果てたその日の夜。
最後のチェックとして、今度は野郎三人による俺の持ち物検査が始まってしまった。
いい加減寝かせてくれ。夕食は最後の夜だからと、コテージ自慢の奥さんの手料理を予約していたので、労働的な意味では疲れなかったんだけどさ。
数時間に及ぶ女性たちのファッションチェックで、疲労困憊なんですけど!?
「その大きな網は何だ?」
「あみ?」
伸縮式の虫取り網のことだろうか?
この大型捕虫網は強度に優れ、昆虫採集は勿論、魚も取れる優れものだ。(なんとお値段は三万円である)
「おお、こりゃスゲェ。竿の部分が伸びるのか」
「べんり」
「まぁ、これは作れないこともない。見たことはないが」
「伸び縮みするなんて、すごいっす!」
ギガンとテオが竿部分を伸ばして面白がっている。それを見たディエゴが少し考えてOKを出した。
本来ならディエゴチェックだけで済んでいたのに、何故この場に他の野郎がいるのか。それはディエゴの『大丈夫だ。問題ない』が信用ならないものだと判明したからだった。
女性メンバーは流石に男の俺の持ち物をチェックするのは憚られると、この場に居ないだけだ。
そうして、この大型捕虫網の判定は残りの二人に託された。
「ただシュテル氏には見られるなよ?」
「捕獲用の網はよくあるっすからね。ただ素材は何なのか判んねぇっすけど」
「だから見られると拙いんだよ。この竿も、網も、強度がデタラメに強ぇしな」
ギガンが捕虫網の強度を確かめている。壊さないでくれと思ったんだけど、妙に強度と柔軟性が高くなっているみたいで、びょんびょんしただけだった。
そういえば、俺の持ち物の殆どが、やたらと強度が増していたり、性能が良くなっていたりするんだよね。何でかな?不思議だね。
「これで虫を取るつもりか?ダンジョンの昆虫は、想像以上にデカイぞ?」
それは判っているんだけどね。でも大型のハチぐらいなら捕獲可能かなって。図鑑に載っていた、クマバチに似たバズビー・カーペンターってのが可愛かったんだよ。オスは懐っこくて温厚で毒針がなく刺さない。メスは刺すけど、毒性は低いらしい。日本の在来種でよく見るクマバチと似たような生態だった。
羽音が大きくてみんな怖がるけど、クマバチのオスは温厚でもっふもっふしていて、人懐っこくて可愛いのだ。(メスは怖いけど)
「まぁ、コレはいいだろう。じゃぁ、次は―――」
そうして。ダンジョンでは使っていい物。旅の途中では決して出してはいけない、見られると誤魔化せない道具類をチェックされてしまった。(流石の俺もバイクや車は出してはいけない物だと思っているので見せてはいない)
ギリギリセーフと、ギリギリアウトの境目が判らん。
下手すれば魔法のお陰で、こっちの世界の方がハイテクな魔道具だってあるのに。人間が作った物もあるけど、ダンジョン産のお手頃アイテムとか不思議過ぎるもん。俺の鑑定虫メガネとか特に。(早く使ってみたい)
そんなこんなで、ある程度俺が何気なく使おうとしていた道具類の査定が終わった頃。
「そういやぁ、お前さんのその服だが、不思議な形をしてるよな?」
寝巻として着ている俺の甚兵衛を見て、ギガンが改めて訪ねた。
「きてみる?」
「いや流石にサイズが合わねぇだろ」
「あるよ」
俺の爺さんは大柄だったのだ。(何故遺伝しなかった!)なので、遺品として持っている甚兵衛や作務衣も、背の高いディエゴや大柄なギガンでも着れるサイズである。テオも俺より背が高いんだけど、細身なりに甚兵衛は紐で結べばいいし、ゆとりがあるシルエットがイイ感じになるので大丈夫だろう。
そうして始まった、甚兵衛と作務衣の野郎どもによるファッションショーは、案外楽しかった。
少なくとも洋品店で玩具にされた俺に比べて、着心地もサイズ感も好評だったしね。気に入った物があればあげるよと言えば、遠慮がちであったけど喜んで選び始めたし。
サイズ的に俺が着れないことを判っていたのもあるんだけど、ディエゴが前の俺の保護者の遺品だって伝えてくれて、そんな大事な物をくれるなんてと逆に感動されてしまった。(主にテオ)
俺としては、形見分けの出来る相手が見つかって、嬉しかったんだけど。(本来の意味とはちょっと違うが)彼らならきっと大切に使ってくれると思うし。
特にギガンは後姿が爺さんに似てて、ちょっとだけしんみりしてしまった。
性格とかはディエゴの方が似てるけどね。
「ずるいずるいずるーいっ!」
「アンタたちばっかりいい思いをして!」
翌日、作務衣と甚兵衛を着た俺たちを見て、アマンダ姉さんとチェリッシュが文句を言ったけど。そこは簡易トイレをプレゼントしたことで見逃して欲しい。
女性用の和服は、お婆ちゃんの着物か浴衣しかないのだよ。流石の俺でも、女性用の浴衣は着付けできないんで。構造は判るけど、多分背の高い二人と丈が合わない。(俺は小柄なお婆ちゃんの遺伝を強く受け継いだらしい)
でも二人とも着物を欲しがったわけではなく、おそろいの格好が羨ましかっただけなんだって。
だから朝食に瓶詰ジャーサラダと、ブルーベリージャムとクリームチーズを挟んだホットサンドで機嫌を取った。
甘い物や見た目が可愛い料理で機嫌が治るからチョロいもんである。
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