第44話 旅の道連れと、妖精の残したもの




 三ヶ月間滞在していたコテージの掃除をし、忘れ物がないかのチェックをすませてフロントへ向かった。

 俺たちがチェックアウトの手続きをしていると、同じタイミングでシュテルさんたちもやって来た。


「この度は、我々の護衛を引き受けてくださいまして、誠にありがとうございます」

「この度は、我が主の我儘にお付き合いさせることになり、誠に申し訳ございません」

「この度は、ご愁傷さまでございます」


 ギルベルトさんはともかく、ランドルさんからお悔やみの言葉を頂いてしまった。どういうことだろう?


「強制指名依頼という制度を利用し、会長がスプリガンの皆様を道連れにしようとしておりますので、くれぐれもお気を付けくださいますよう、ご忠告いたします」

「これ、ランドル!道連れとは人聞きの悪い!」

「旅は道連れと申しますが、会長の調子に合わせる必要はございません。悪い影響を及ぼすかもしれませんので、なるべく拘わらない方が宜しいかと」

「ギルベルトーっ!」


 相変わらずだなこの人たち。遠巻きで見るのはいいんだけど、確かにかかわると何かと面倒そうだ。よし、距離を取ろう。この町に長期滞在する切っ掛けの殆どがこの人のせいだったし。(自分が原因だということには耳を塞ぐ)

 でも護衛しなきゃいけなんだよね。俺には何の力もなくて申し訳ない。寧ろ俺を護衛して下さいお願いします。


「うふふ。このような楽しいやり取りを見るのも、今日で最後だなんて寂しくなりますわね」

「あ。おくさん、きのうは、りょうりおいしかった。ありがとう」

「あら、どういたしまして。こちらこそ、今までどうも有難う。あなたのおかげで、このコテージも連日満室になって、本当に感謝しているのよ」

「どういたしまして」


 コテージにお客さんが泊まるようになって、フロントに受付の従業員さんを雇えるようになったのもあり、奥さんは得意の料理の腕を存分に揮うことができるようになった。

 キャリュフオイルやバターの独占販売をしているのもあって、口の堅い調理師の従業員さんと一緒にそれらも作っている。

 そういった理由で、コテージでの料理の評判が広まったのもあり、野外炊事場の利用者はなくこの三ヶ月間俺の専用炊事場なわばりと化していた。

 現在奥さんは、ほぼ厨房に籠り切って、日々新しい料理のレシピを開発中だ。


 昨日ここから旅立つことを報告に行った時に、餞別に奥さんのレシピノートを頂いてしまって、俺は感動して思わず号泣してしまったのは内緒である。(シルバが俺の泣き腫らした目を冷やしてくれたので事なきを得た)

 この三ヶ月の間。ネット検索という便利なツールを失ってしまった俺は、奥さんのお陰で料理のレパートリーがかなり増えた。凝った料理になると、途端に面倒になるけどね。そういう時は、このレシピノートを見て頑張ろうと思う。

 今日は俺たちがこのコテージから旅立つので、見送りに来てくれたようだった。


「これも、リオン君に貰ったお守りのお陰かしら?」


 そう言って取り出した、俺があげた虎目石(っぽい石)。小さくて奇麗な巾着に入れて、常に持ち歩いてくれているようだ。

 すると目の端にキラリと何かが光ったような気がした。


「おや?それは、タイガーアイではありませんか?ちょっと鑑定させて―――」

「お~っと、早くギルドに行って、他の冒険者と旅程の打ち合わせをしなきゃなんねぇな!」

「他の商人との顔合わせもあるしな」

「昼前には出発しないといけないので、名残惜しいけれど。ここで失礼させて頂きますわね。永遠の別れでもないので、また立ち寄らせて頂きますわ」

「え?ちょっと、私の鑑定眼鏡が!勘が、あのタイガーアイに何かがあると、訴えて――――」

「はいはい、寝言は箱馬車の中で聞きますから」

「昨夜は興奮してあまり眠れなかったみたいですしね。全く、いい歳して子供じゃないんですから」

「ちょっ、お前たち!?スプリガンの皆様まで?!あのっ、あのタイガーアイを、鑑定させてっ!?」

「アタシ護衛の仕事は初めてで、遅れるのは嫌なのよね!」

「俺もっす~!早く行くっすよー!」

「ほんのちょっとでいいので!鑑定させてくださぁ~いっ!」


 厄介な気配を感じたのか、シュテルさんの好奇心を刺激した虎目石から、スプリガン&護衛の二人は全力で引きはがした。

 最後まで騒がしい人だね。森で拾ったただの石なんだから、鑑定したって何も出ないんだって。

 そんな騒がしいやり取りを眺めながら、俺は改めて奥さんへお別れの挨拶をする。


「じゃぁね。げんきでね」

「はい。リオン君もね。名残惜しいけれど、皆様の幸運をお祈りして、またのご来訪をお待ち申し上げておりますわ」


 丁寧にお辞儀をして、奥さんは俺たちにお別れの言葉を贈ってくれた。(旦那さんはまたもや森へ狩りに出かけていて、挨拶が出来なくて申し訳ないと伝言を貰った)

 旅は一期一会というけれど、また会いましょうと声をかけるのは、宿屋からまた来て欲しい、無事を祈っている冒険者や旅人へ贈る最上級の言葉だそうだ。

 とてもいいお客さんだったっていう賛辞でもあるんだけどね。

 だから、いつかまた、ここに戻ってこれたらいいな。

 その時はもっと賑わう町の様子と、幸せに満ち溢れた場所になってると良いね。


 この町にある森に住むとされるコロポックルも、きっとその為に存在しているのだろう。悪戯をしたり、思いがけない幸運を授けてくれる彼らが、ずっと見守り続けてくれる限り―――。


 そうして俺たちは、ごねるシュテルさんを引きずりながら、冒険者ギルドへ向かった。

 目指すはアントネスト!ムシキングダムである。(爬虫類や両生類もいるよ)

 夏に向かって更に虫たちが勢力を増す季節。

 俺はドキドキワクワクと胸を高鳴らせ、新たな旅立ちと出会いに期待を膨らませながら、その一歩を踏み出した。





~コテージに残された、小さな可愛い幸福~



 新たな客を迎え入れるため、スプリガンが三ヶ月滞在していたコテージを掃除しに扉を開ける。

 だがどこを見渡しても、改めて掃除をする必要などないくらいに整えられ、彼らが滞在する前よりもきれいに掃除されていた。


「あらまぁ」


 そうして確認のために寝室を一つずつ見て回り、やがて最後の寝室の一つに入る。

 今まで見た中でも特に綺麗にベッドメイクの終わったシーツの上に、ちょこんと鎮座するように残されていた物を発見して、夫人は微笑んだ。

 白いシーツの上にある緑色のそれは、忘れ物ではなく、わざわざ置いていったように見えた。


「これは、何かしら?」


 見れば紙を折りたたんで作られた、であることが分かった。

 だが手紙ではない。


「カエル?かしら?」


 チョンと突くと、ぴょこんと飛び跳ねる。

 こんな可愛らしいものを作るのはきっと、シャイで可愛らしい、悪戯好きでちょっと不思議なあの子に違いない。手先の器用な子だったから。素敵な物を作り出す、頭の良い子だった。

 自分たち夫婦には子供はいないが、あんな子供を授かりたいと願ってしまうほど、この三ヶ月間はとても幸せで楽しかったのを思い出す。

 静かだけれど寂しい日々に、差し込んだ一筋の温かな光のようだった。


「いつかまた、会えるといいわねぇ」


 夫人は笑ってその小さくて可愛いカエルをそっと掌の上に乗せた。

 どうやって作ってあるのか知りたい気もする。でもこれは、そうしてはいけない気がした。


「フロントに飾ろうかしら?」


 奮発して、夫に保護魔法の施されたガラスケースを買って貰おうか。

 その横にこのタイガーアイの石を置くのもいいだろう。

 それはとても素敵なアイデアに思えた。




 その後。

 『ぶどうの樹』に泊まる客は、フロントに飾ってあるカエルの折り紙とタイガーアイに祈ると、商売が上手くいくとか、旅の安全が約束され無事に帰宅できるという噂が実しやかに囁かれるようになるのだが―――それは、もう少し先の話である。





※虎目石(タイガーアイ)

金運上昇・商売繁盛・仕事運・願望成就等の効果があるとされる。

※カエルのお守り

お金が返る・無事に帰る・福を迎える等の意味を持つ縁起ものである。




≪田舎の冒険者ギルド編・完≫

(BGM:【旅は道連れ 】 Official Hige Dandism

→https://www.youtube.com/watch?v=uXMsI4yTSeM)


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では、次回からは巨大な昆虫が出てきますので、苦手な方はご注意ください。


NEXT→昆虫王国アントネスト・ダンジョン編


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