第56話 これが追放?
大食い大会の勝敗の行方は―――当然、ロベルタさんに軍配が上がった。
アマンダ姉さんが滅茶苦茶喜んで、ロベルタさんをハグしに駆けつけたのは、ある意味ファインプレーと言える。何故なら、ロベルタさんの仲間は全く応援している様子もなく、寧ろ恥だとばかりに彼女へ侮蔑の視線を向けていたからだ。
ナイスアシストだよ、アマンダ姉さん! (賭けに勝った喜びが大きいからだろうけど、そこは黙認しておく)
しかしこの大食い大会でロベルタさんは圧勝したのではなく、シャバーニさんも10Kのエアレーのステーキを時間内に完食した。
実は8Kを超えた辺りで、俺は味変というか、ご褒美にキャリュフを使ったソースを用意していた。それをシェフの皆さんに渡し、ステーキソースに使ってねと言っておいたのだ。
俄然食いつきが変わるよね。あの二人の食べっぷりはそれはもう見事だった。
ただ味わいすぎて、シャバーニさんがちょっと遠くに行ったのが敗因だったのか、ロベルタさんの変わらない速度に負けて、僅差で敗北してしまったのである。
ロベルタさんには、たまに俺お手製のキャリュフソースを使ってたからね。味に慣れていたのもあって、深く味わって一時停止しなかったのが、ちょっとズルっぽくなってしまって申し訳ない。
「見事だった、ロベルタ嬢! オレは全力を尽くした、この戦いには負けても悔いはない!」
「あ、あの、しゃ、シャバーニさん、も、すば、すばらしかった、ですっ!」
お互いの健闘を称え合う姿に、観客も賞賛の声援と拍手を惜しみなく贈る。
流石はポジティブマッチョである。負けても爽やかだ。そしてこれこそがイケメンというものだろう。
見た目イケメンだけど、中身が残念なディエゴお兄ちゃんとは、受ける印象が全く違うや。いやでも、ディエゴもカッコいいよ? 欠伸しながら魔法使うけど。
そうして三位までに賞金を渡し、参加者全員には景品として、俺お手製のキャリュフソースを渡した。
ディエゴを見習って、沢山瓶を購入しておいたのだ。
これもみんながホットサンドメーカーを買ってくれたおかげである。不労所得万歳と喜ぶだけでなく、こうして経済を回すのも重要なのだ。
中身のソースに食いついたムキムキシェフのみなさんから逃げるのだけが大変だったけど。
これは錬金術で作られたモノなので、おいそれと真似できないと、アマンダ姉さんたちが説明してくれたので助かった。(それでも諦めてない)
ただ欲しければコロポックルの森のある町まで行けば、手に入れられるという宣伝はしておいた。
その後は、残った肉を焼いてみんなで美味しく食べました。
予定外の観客も交えてだったので、満足な量とは言えなかったけれどそこはそれ。協力してくれたシェフのみなさんのお店に移動して、今回の娯楽イベントについて大いに語り合って盛り上がったそうだ。エアレー狩りの後なので、お肉も沢山仕入れられたそうだしね。
良い宣伝になったみたいで、良かったね~。
余談だけど。
ロベルタさんに賭けていたアマンダ姉さんのほぼ一人勝ちだったため、かなりの金額が懐に入ることになった。
だが負けた人たちの恨みを買わないよう、ボランティアシェフとして協力してくれたレストランや酒場全部に、来客全員分の酒代を寄付したのである。
しかもめっちゃ感謝されて、最終的には幸運の女神扱いされていた。
「それでも半分以上は手元に残るけれどね~」
そもそもがあぶく銭なので、大して懐が痛まないのだそうで。恨まれるよりは崇められる方を選んだんだって。
なるほど。これが大人の処世術なのかと、姉さんの気風の良さに脱帽したのは言うまでもない。
◆
大盛り上がりで終わった『大食い大会』の翌朝、宿をチェックアウトした俺たちは、この街の冒険者ギルドへ向かうことになった。
今日はここから数か所に別れて、夫々目的の領地へ向かうことになっている。
俺たちスプリガンの目的地はブリステン領にある【アントネスト】で、護衛依頼をしてきたシュテルさんの目的地でもあった。
他の商人さん方は、先日行われたエアレー狩りで気に入ったお目当ての冒険者パーティに、護衛の依頼を個人的にするかもしれないので、みんなドキドキである。
ここで指名されると、キャバクラみたいに、指名料が上乗せされるのだ。この差は大きい。何より信頼度が上がったということで、☆の評価も上がる。
それは全冒険者ギルドに伝わり、この信頼度を積み重ねることによって、ランクが上がるというわけだ。
どれくらい信頼度を上げたら☆に繋がるかは判らないんだけどね。
強制指名だと☆半分貰えることだけは判るけど。
指名を受けなくても、各領地までの護衛依頼は続行である。
大食い大会に参加したロベルタさんやシャバーニさんのパーティも、ブリステン領までの護衛依頼を受けているので、ここで別領地に行く商人さんに指名されなければ一緒に行く予定なんだけれど――――。
「もうイヤ! アタシたちはアントネストになんか行きたくないのよっ!」
「それにアンタと一緒にいると、食費だけで破産するわ!」
「だからもう、ここで別れましょう」
「昨日のアンタを見て、これ以上付き合いきれないって話し合ったのよね」
ねぇ~と、仲良くロベルタさんを責めている女性四人。
突然のパーティからの追放に、ロベルタさんは困惑していた。
「え、で、でもっ、わ、わたしが、いないとっ、ご、護衛依頼を、う、受けられないって……」
「だからもういいんだって。キャリュフで稼げたし、ここで別れましょう?」
「アンタのせいでその稼いだ分まで、食費にされちゃたまんないのよね」
「あ、それと、アンタが昨日稼いだ賞金だけど、それもちゃんと五等分にしてね。エアレー狩りをしたのはアタシたちなんだし、参加したいっていうから売らずにあげたんだから!」
「迷惑料としては安いもんでしょ?」
なんという暴論であろうか。
エアレーの肉だって、彼女たちのせいでダメになった部分が多く、それでも何とか10K用意できたというのに。大会の優勝賞金を、五等分するだって? 半分でもありえないのに、何もせずして8割も貰う気であるとは、どこまで図々しいのだろう。
「あ~……」
「……聞こえちゃったわね」
「うん」
冒険者ギルドの隅で話している彼女たち【ホワイトキャッツ】であるが、タイミング悪く人の多さに離れようとしていた俺と、保護者として付き添ってくれていたアマンダ姉さんの耳に飛び込んできた。
「それでも、これは彼女たちの問題なのよ」
「うん」
だから口を挟まないようにと、アマンダ姉さんは言う。
「パーティを組む際は、こういったことも念頭に置いておかないといけないの」
「うん」
「仲良しこよしでは、ずっと一緒にいられないわ」
「うん」
仲良くなれそうではなく、仲良くしないといけないってことは判る。
気が合うからと言って、実力が伴っているわけでもないので。
こういった冒険者パーティは、能力に見合った適材適所、分担制になる。それに不満を感じさせないよう、みんな頑張って実力を上げていくのだ。
だけど時には、実力が突出した者ほど、邪険にされることがある。
本来ならば、能力がない者の方が追放されると思われがちだけど、実際は違う。
実力者であればあるほど、妬まれ疎まれやすい。なんせ人間の大部分が、それ以下の能力しか持っていないからだ。
出る杭は打たれるとは言うけど、打たれないほど突出していなければ、結局は数の暴力で叩かれる。
だから隙を見せてはいけない。瑕疵があればそれを突いて、お前が悪いと決めつけられるから。自分の無能さを棚に上げて、それぐらいのことも出来ないのかとあげつらう。最初は好意的に近づいてきても、人間なんて自分勝手な生き物だから、利用価値がなくなれば直ぐに手の平を返すのだ。
その繰り返し続ける掌返しのせいで、手首が腱鞘炎になればいいのに。
「私たちは、ちゃんと夫々の能力を見てるわ。だから安心してね」
「……うん」
俺を慰めるように、アマンダ姉さんが頭を優しく撫でてくれた。
スプリガンのメンバーのように、優しくて理解力のある人ばかりではないのを、俺は改めて知った。
それは少しだけ、俺のトラウマを刺激したけれど。
ロベルタさんだけでなく、こういったことは世の中にありふれ過ぎる程、ありふれているのだから、いちいち気にしてなんていられない。
誰かに慰めて貰ったり、助けてくれるのを待つだけでは、本当の意味では解決なんてしないのだから。
だから、これは彼女自身で克服するしかないのだ。
まぁ、それは俺にも言えることなんだけどね。
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