第28話 コロポックルの森の噂
昨日の夕暮れまでに、スプリガンのメンバーは戻ってこなかった。
昨夜は奥さんの手料理を振る舞って貰いながら待っていたのだが、なかなか戻ってくる気配がないのを心配していると、ディエゴが仲間に連絡を取ると言って、召喚魔法を見せてくれた。
シルバ以外にエンゲージメントをしている従魔を呼び出すのだ。これは大変興味深い。
羊皮紙のような紙に魔法陣を書き込んであって、そこから呼び出す従魔にお伺いを立てるんだって。それに応えてくれたら姿を現すという寸法である。
魔法陣から現れたのは猛禽類の従魔で、フクロウっぽい見た目だった。アメリカンワシミミズクのような見た目でカッコよくて可愛いかった。
名前は【ノワル】……うん。シルバもだけど、色合いで名前を付けているんだろうね。解りやすくていいよね。
その子にメッセージを伝え、森の方へ送り出す。伝言の仕方は手紙でもいいし、言葉をそのまま喋らせるもよし。なんとこの子は人間の言葉を喋れるのだ。オウムかな?ミミズクだけど。
大方の予想通りというべきか。戻って来たノワルが伝言を受け取ってきて開口一番『キャリュフを採るまで帰らない。お腹が空いて死にそう』とのことだった。君らねぇ、お腹が減ったら素直に帰ろうよ。
どうも意地になってるみたいなんだよね。ギルマスに煽られでもしたんだろうか?煽り耐性なさそうだもんなぁ、あの人たち。
そしてお腹が空いてるだろうに、食事はどうするんだろうかと心配になっていたら、ディエゴがノワルにもう一度仲間に料理を届けてくれるかお願いをした。
ディエゴは人間が出来てるなぁ。流石は俺の設定上のお兄ちゃんである。
ノワルが少し悩んでいたので、ジャーキーで機嫌を取れるかな?って思ってあげたら喜んで引き受けてくれました。なんてキャッシュな子なんだろう。解りやすくてとても良い。
そんなわけで、奥さんに作って貰った料理をバスケットに入れて運んでもらうことにした。
そして現在。ノワルは何故か自分の住処に帰らず、シルバ同様ここに居座っている。
まぁ、スプリガンのメンバーに、ご飯を届けるという使命があるので、残ってくれるのはとてもありがたいんだけどね。
この子はシルバと違って、聖獣寄りであっても完全に聖獣じゃないからご飯が必要なのだそうだ。どういう理屈なんだか判らんけど。俺のジャーキーが余程気に入ったのか、頻繁におねだりされるし、可愛いからついついあげちゃう!困った子だな!可愛いから許すけど。
しかし。食材が心許なくなってきた。
オーナー夫妻も森へキノコ狩りに行ってしまったので、食材を仕入れる先が無くなってしまったのである。
俺自身の手持ちはあるにはあるけど、森に行っているスプリガンのメンバーの分まで作るとなると、少々心許ない。奴らはノワルが食事を届けてくれるとあって、気が済むまで森でキノコ狩りをすることにしたようだ。その度に多少の情報が入るので、状況は何となく判るからいいんだけどさ。
「ギルドの職員が、キャリュフを掘り出したそうだ」
「よかった、ね?」
「オーナー夫妻も順調に掘り出している」
「すごい、ねー?」
「キノコ狩りに参加した他のパーティやギガンたちは、どうも苦戦しているようだな。帰ってこれる程には掘り出せていないらしい」
「……そう、なんだ?」
ゴールドラッシュならぬキャリュフラッシュをし始めて三日目。昼食を届けに行ったノワルからの伝言により、リアルタイム情報を受け取ったディエゴが教えてくれた。
スプリガンメンバーや他の冒険者の人たちも全く収穫がないわけではないけど、満足できない獲得状況のようだ。他の人が自分たちより採れていると知れば、ムキになるのも判るんだけどさ。どうやら本職以外にお株を奪われている状態ってことかな?
俺が頑張れと思っていた人たちは順調そうでよかったけどね。
オーナー夫妻やギルドの職員は皆さん高齢者なので、逆に歴戦の山菜取り名人(?)みたいなもんだし。田舎領地で暮らして長いだろうので、地の利があるのかもしれない。
因みに俺たちは【ぶどうの樹】のお留守番を任されているので――といっても客は全く来ない――、母屋のフロントに居る。そこで俺はディエゴに貸して貰った図鑑や、奥さん秘伝のレシピノートを借りて、そこから少しずつこの世界の知識を得ていた。
オーナー夫妻への食事を届ける役目も引き受けていたので、この宿のキッチンや冷蔵庫にある食材や調味料は好きに使っていいって言われてるんだけどね。そろそろ主食のパンや米、肉類の補充をしたいところだ。
「買い物に行くか?」
引きこもり生活―――というか、冒険者ギルドに出向いた時に街の中を通った限、俺はこのコテージの領域から出ていない。なので、少し躊躇うようにディエゴが買い物をしに行こうと誘ってきた。
俺自身お留守番をしていてもいいんだけど、ディエゴは残していくのを躊躇った。シルバもノワルもいるから平気なんだけどね?でもちょっと買い物をしてみるのもいいかもしれない。ネット通販のある世界じゃないし、便利なスーパーも近場にある訳でもないので。自分の目で見て確認しないといけないのだ。
だから俺はうんと素直に頷いた。
「留守はノワルに頼もう。もし客が来たら、伝言を頼んでもいいか?」
「ワカッタ。ジャーキークレ」
了承しつつ、ジャーキーを強請る。キャッシュなノワルである。
でも俺より沢山言葉を喋れるんだよな……。伝言能力が高いだけに。
その内俺も、もうちょっと積極的に話すよう心掛けないと、シャイなだけで恥ずかしがって喋らないという言い訳が苦しくなってくるだろう。
そんなことを考えながら、ノワルにジャーキーを与える。このジャーキーも、ノワルが欲しがるし、シルバにもおやつとしてあげているから減って来たなぁ。補充するためにも、この世界の魔獣の肉で作らなきゃね。
フロントにノワルを残し、一応お客さんが来た時に、暫く留守にする伝言を残す。泥棒が来てもノワル自身が強いらしく、撃退してくれるから安心して任せられるらしい。なので俺は、ノワルがメッセンジャー能力だけでないことを知った。
よく考えたら、魔獣がいる森に頻繁にお使いに行けるんだし、平然と帰ってくるんだから当たり前か。
お昼過ぎの街の中は、前回冒険者ギルドへ行った時とは、様相が変わっていた。
何か妙に活気があるのだ。
どうしたのかと思っていると、ディエゴが答えを教えてくれた。
「冒険者ギルドの職員が戻って報告をしたのだろう。確実にキャリュフが採れる森だと判明したのを、住人にも伝えられたんだろうな」
なるほどね。それでちょっと沸いてるのか。通りを歩く人の表情も明るく、閑散とした雰囲気から一変していた。
「お、兄ちゃんたち!今日は新鮮なルーンベアの肉が安く手に入るよ!どうだ、買っていかねぇかい?」
精肉店らしき店の前に行くと、威勢よく声を掛けられた。
ふむ。ルーンベアというと、魔獣の熊肉だね。図鑑にも載っていたし、奥さんのレシピにもあったけど、肉は旨味が強く良いスープが出るらしい。これは是非とも手に入れたい。
ノワルじゃないけど、おねだりするようにディエゴを見上げる。(悔しいけど、180cm以上あるディエゴと俺の身長差はかなりあった)
「食べてよし、薬にしても良し!ルーンベアは捨てるところなしだぜ!」
「そうだな。小銀貨三枚分ほど貰おうか」
「まいどありー!今なら右手と左手両方あるぜ!こっちもどうだ?左なら小銀貨一枚、右なら三枚だ」
熊の手のことかな?ハチミツを食べる右手の方が甘さがあって美味しいのは、この世界でも共通なんだね。
因みに現地だとこのお値段だけど、他所で買うとなると倍以上の値段になるそうだ。(輸送費とか護衛依頼等で価格が上がる)
「どうする?」
興味はあるけど、調理の仕方が判らないので首を振る。お肉だけで十分です。
「肉だけで良いそうだ。それと、魔牛の肉も貰おう」
ジャーキーなら、脂身の少ないもも肉が良いと伝える。
「部位は、ももの部分で、こちらも同じく小銀貨三枚分欲しい」
「へいまいど!」
ジャーキー用に、贅沢に魔牛肉も一緒に購入してもらう。キロ単位じゃなくて、言い値での販売なのがちょっと面白い。
どうやら魔獣の肉自体に市場価格(仕入値)での変動が頻繁にあるらしく、購入者側の計算が面倒だからみたい。日本人の俺にはよく判らん基準だけど、お釣りのやり取りとかの計算の出来ない庶民が多いってことなんだろう。この金額で買えるだけくれって感じだ。
お店側は誤魔化したり詐欺を働くと信用を落とすので、そこはきちんとしてるっぽい。一応、キロ数と金額は変動する毎に表示しているし、目の前で量って渡してくれる。気前良く少しおまけもしてくれるから、いいお店だね。
「随分と景気が良いみたいだな?」
予想よりも多い熊肉を受け取り、ディエゴが何気なく店主に話しかけた。
「それなんすけど、コロポックルの森に冒険者が沢山詰めかけてやしてね。何でも高級食材のキャリュフが採れるって判明したってんで、次いでとばかりに襲ってくるルーンベアまで狩ってんですよ。ボアは食えたもんじゃねぇですが、ルーンベアは肉質も良くて、それが安く手に入りやすい状況ってわけです」
状況は理解できた。しかもあの森は、コロポックルって名前だったのか。翻訳機(ディエゴ)を通してだけど、コロポックルって北海道の小人の妖精だったような気がする。随分と可愛い名前だけど、魔獣の住んでる森なんだよな。薬草採取に特化した森ではあるけど。
「そういやぁ、キャリュフを最初に見つけたのも、小さな子供だったそうっすよ?もしかして、その子供がコロポックルだったんじゃねぇかって、町の住民の間では噂が流れてんすけどね!冗談にしても出来過ぎてる気がしませんかね?」
その小さな子供ってのは俺か!?どういう噂の流れ方だよ。
「あの森には昔からコロポックルが住んでるって言われてやしたが、誰も見たことがねぇんすよ。まぁ、妖精は人前に姿を現しませんから当たり前なんすけど。でも今回のことで、コロポックルが実際に住んでる森ってことで、あちこちに宣伝して回るそうですぜ」
ちょっと訊ねただけで凄い量の情報を垂れ流してくれる店主である。サービス精神の表れなんだろうけど、この沸いた状況を話したくてしょうがない感じが見て取れた。
俺らもそのゴールドラッシュに乗りだしてる冒険者の仲間なんだけどなー。誰でもいいからこの好景気を語りたいんだろう。薬草等を仕入れにやってくる商人や薬師の人にも、吹聴して回っているようだった。
そしてその宣伝効果は、既に周辺の領地へ伝達されていることを、俺たちはすぐさま知ることとなる。
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