第27話 簡単キャリュフクッキング


 翌朝俺はいつも通り早めに起きて、シルバと一緒に炊事場で簡単に朝食を作ることにした。

 食材の余りを包んだだけの、簡単クレープにする。

 そば粉みたいなのがあったんだよね。だから正しくはガレットなんだけど。

 しめじ(のようなキノコ)とベーコンをカリッと焼く。薄く焼いたガレットに卵とチーズを敷き、塩コショウで軽く味付ける。周りにしめじとベーコンを焼いたものを乗せて蓋をして暫し待つ。卵に熱が通って、チーズが溶けたら完成。

 ちょっとおしゃれな朝食って感じだね。

 これだけだと少し寂しい気がしたので、もう一品作ることにした。

 芋も沢山余っているので、じゃがいものガレットを作ることにしよう。

 じゃがいも(のような芋)の残りをスライスして千切りにし、そば粉と塩コショウをまぶして混ぜたタネを作る。ホットサンドメーカーにオリーブオイルを敷いて、和えたタネを広げその上にチーズを乗せ、また和えたタネを乗せる。ぎゅっと中身をプレスするようにふたを閉めて、カリカリになるまで両面を焼いたら完成だ。

 サクサクと香ばしい出来に満足する。

 どちらも所要時間20分程度。

 トマトも残っていたので、生トマトでなんちゃってケチャップも作っておこう。

 ミキサーがないから、トマトはみじん切りにして茹で潰す。そこに玉ねぎとニンニクを刻んで入れ、酢と唐辛子とスパイスと水を加え暫し煮込んで完成。それをじゃがいものガレットのソースとして添える。

 お好きな方をどうぞって感じで良いかな?


 朝食を見た仲間たちが泣くほど感動してくれるけど、これがいつまで続くのやら。その内慣れて、当たり前になりそうな予感。でも感謝を忘れたら、ボイコットしてやるからな。


 俺とディエゴを除くメンバーは朝食後に、冒険者ギルドでお誘いあわせの上、ギルマスに声を掛けられた他の冒険者たちと森へキャリュフ狩りに行く予定だ。

 なのでバゲットも沢山残っていたので、手頃な大きさに切ってハムやチーズに野菜を挟んで昼飯として持たせて追い出した。日暮れまでに戻ってこれるといいんだけど。命大事にね。


「煩いのがいなくなったな」

「うん」

「じゃぁ、オーナー夫妻のところへ行くか」

「うんっ!」


 今日の楽しみである、この世界の料理を教えてもらうのだ。流石に俺の料理のレパートリーが少ないと、今後のパーティでの役割的に不安しかない。

 もちろんキャリュフを使った料理の開発もするんだけど、俺は料理上手らしい奥さんの料理が楽しみなのである。なんせブルスケッタのディップソースの味に気が付いたからね。違いの分かる人の料理は絶対美味い。


「あらあら、ようこそいらっしゃいませ」

「昨日はどうも、美味しい夕食をありがとう」


 にこやかに出迎えてくれて、奥さん自慢のキッチンへ早速お邪魔させていただく。

 コテージの設備も整っていたし、一番高い俺たちのコテージ同様、清潔に保たれていた。

 暖かで、奥さんのセンスが光ってる。カントリー風のキッチンって感じ。


「これは、魔道冷蔵庫ですか?」

「ええ、妻に強請られて、大枚叩きましたよ」


 小金貨五枚ですってよ。日本円で500万円もする冷蔵庫か……。魔道具ってお高いんですのね。高級車並みの金額じゃないですか。

 しかも冷凍機能付きなので、お高いらしい。冷やすだけの冷蔵庫なら、小金貨二枚ほどなんだって。

 俺の熟成庫に驚いて、ディエゴに早く仕舞えと言われたのも頷ける金額だ。熟成庫の方が全然安いんだけど。

 見渡せばシステムキッチンのように、魔道コンロに魔道オーブンと、随分なお金をかけて作られている。それなのにお客さんが来ないせいで料理の注文もなく、せっかくの魔道具たちが使われないのが哀しい。


「このコテージを買い取った時は、ここまで寂れるとは思っていなくて……」


 元々の持ち主であったオーナー夫婦から買い取ったそうで、その時は客足がここまで途絶えるとは思わなかったんだそうだ。一応、数年前まではそれなりに保養地(質の良い薬草が取れる)として賑わっていたらしく、騙されたわけではない。

 ただちょっと、大きな街のダンジョンのあるところに比べ、売りが薬草の採れる森しかなく、真新しい観光地でもない為、徐々に寂れたのだそうだ。

 オーナー夫妻も、オーナーのおじさんが妻の手料理を振る舞いながらのスローライフをしようと、前職(宮廷魔術師)を辞して、一念発起して宿屋経営に踏み切ったんだそう。

 あれかなぁ~?昔よくあった、脱サラしてペンション経営に憧れる若い夫婦みたいな感じ。上手く行けばいいけど、そうでないと途端に経営破綻しちゃうんだよな。世知辛いね。

 それにしても気になるのが、宮廷魔術師というキーワードである。それは何かと、ディエゴに訊ねてみた。


「宮廷魔術師か。王宮で働く、魔術師だ」


 うん。読んで字の如くだけどさ。そこはもっと詳しく教えてほしいんだが?

 アマンダ姉さんも魔術師だよね?それとどう違うんだって話なんだよ。


「主に、魔術を駆使した王宮の管理職だ」


 余計に判らなくなってきた。魔術を使ってどう管理すんだよ。

 普通は魔物退治をするとか、王宮に結界を張るとかじゃないの?そしたら、そういうのもあると言っていた。ディエゴにも詳しくは王宮の仕事内容は判らないんだって。

 確かに言われて見れば。俺の国の皇族に使える宮内庁の仕事内容は判らん。


 あ、でもそうか。魔術が使えるなら、森でキャリュフを自力で取ってこれるんじゃないかな?戦闘系の魔術だったらだけど。

 それをディエゴに伝えて貰う。


「そうですね。たまに妻と一緒に森に行き、食用キノコや薬草を採取することがあります。ですが、キャリュフを見付けられるかどうか……」


 そこはそれ。俺直伝のコツを伝授するから、頑張ってみたらどうかな?おじさんにはきっと森の妖精も、今までの苦労をねぎらって協力してくれるかもしれないし。知らんけど。


「そうなればどんなにいいかしら?でも、コストを抑えられるだけで、充分魅力的なお話しねぇ」


 でもそこは命がけの採取なんだから、そこそこの値段設定をした方が良いよ。と、ディエゴに伝えて貰う。でないと、希少価値が暴落するからね。貴族の特権とばかりに独占してた高級食材から、庶民もちょっと頑張れば食べられる食材へ昇格させる。ちょっと贅沢な、頑張った自分へのご褒美みたいな扱いにした方が良い。


「なるほど。自分へのご褒美ですか……。私も宮廷で働いてましたが、キャリュフは知っていても、自分の口に入るとは考えてもみませんでしたので、頑張れば食べられると思えば素晴らしいですね」


 どんだけあのキノコを勿体ぶってたんだ、この世界の貴族とやらは。でも考えてみれば、日本だって一昔前は干し椎茸が超高級食材だったしね。栽培方法も長く秘匿されてたし、庶民が口にできるようになるまでかなり時間がかかった気がする。


「それより、食材や調味料はどういったものが宜しいのかしら?一応、色々揃えてみたのだけれど」


 そうだったそうだった。まずはキャリュフ料理に合う食材を選別せねば。

 それと、奥さんの料理のレパートリーの確認だね。

 細かな話はディエゴにしてもらって、俺は食材のチェックだ。

 その結果、判明したことがある。


「パスタと、リゾットですか」

「うん」

「たしかに、そう難しくはない料理だけど……」

「肉でもいいそうだ。風味付け程度の量で構わない」


 そうなのだ。この世界にも米があったのだ。

 日本産の粘りと甘みの強い小粒と違い、大粒で粘りが少なくべたつかない、リゾットやパエリア向きの米である。これなら逆に丁度いい。どうせスライスするか、刻んで振りかけるだけでいいんだから。簡単だね。

 そしてトリュフオイルならぬ、キャリュフオイルである。これは調味料としても使えるし、オリーブオイルは安価で手に入るとのことで、それにスライスしたキャリュフを漬け込んで香り付けするだけでよい。

 バターなんかも良いね。確かそういうのも売ってたし。練り込むだけでよかったかな?作ってみなきゃ判らんけど。

 上手く行けば、このコテージ風宿のお土産品として売ってみたらどうだろうか?もちろん時価で。


「……そんなに簡単でいいのかしら?」

「しろと、くろで、ちがう」

「風味が変わってくるってことね」

「うん」


 なんでそんなことを知っているのか。そこは俺の仮のお兄ちゃんに聞いて下さい。知識だけは豊富という設定で、口裏を合わせることにしているので。料理に関しては俺の方が知識があるので、ディエゴに伝えるだけでイイ感じに答えてくれるのだ。


「料理としては簡単だが、保存の仕方や、切り方などは少々面倒臭い」

「そうなんですの?」

「リオン、このブラシを使うんだよな?」

「うん」


 俺は自分で採ったキャリュフを手にして、毛先の細いブラシで表面上の小さな土や泥汚れを慎重に、丁寧に払い落とす。腐敗が進むので、原則として水で洗わないのだ。洗うと風味が落ちるしね。そこを気を付けて欲しいと念を押す。

 生で食べるのに、洗えないのが気持ち悪いんだけどね。

 傷みや汚れが気になるのなら、外皮をちょっと剥いてもいい。

 でも高級食材なだけに、出来るだけ満遍なく使いたい。スライサーで薄く削って、そのまま料理に乗せたり、刻んで振りかけたり混ぜ込んだりと、そこは好みとお値段で要相談だ。


「言われた通りに、クリームリゾットと、キノコのクリームパスタを作ってみました。これでよろしいかしら?」


 俺がキャリュフの下処理として汚れを落としたり、ゴリゴリ削ったり、薄くスライスしている間に、奥さんに頼んでリゾットとパスタ料理を作ってもらっていた。

 それにスライスした物や、細かく刻んだものをお好みでかけて貰う。勿論白と黒の両方をお試しで。


「では、実食してみよう」

「ええ、少し怖いですけど」

「本当に、キャリュフを使わせて頂いてもよろしいのでしょうか?」

「どうぞー」


 俺は見てるだけである。やっぱあんまり好きな香りじゃないんだよなぁ。他の人は夫々違う、良い香りという評価だけど。

 もしこの世界にマツタケがあったなら。俺と同じ反応をしたに違いない。


「―――っ!!」

「これは、いつものリゾットでは味わえない香りがします!」

「何とミステリアスで香しいのでしょうか…っ!普通のキノコのパスタが、このように高級なパスタに変化するなんて。いや、妻の料理は常に美味いとは思っておりましたが、ここまで味や香りに変化があるとは。キャリュフが高級キノコであるというのは、真実なのですねっ!」

「美しい精霊の住んでいる森のような香りとでも言いましょうか。とても魅惑的で悩ましい香りですね……」


 何かようわからんけど、好評価のようで良かった。ディエゴは黙々と食べてるし。沈黙は金ってやつだね。

 そんじゃ次はオイルとバターを作ろう。俺の知識ではここまでが限界だし。奥さんの料理も教えてもらいたいし。時間は有限なのである。


 結果的に。キャリュフオイルやキャリュフバターもそれなりの出来となった。

 でも名産品というかお土産にするにはもう少し配合などを試さなければということで。オーナー夫妻は明日にでも森にキノコ狩りに行くそうだ。

 マジでこの田舎町にゴールドラッシュが来るんじゃない?

 因みにおじさんが採取係で、奥さんは魔物や獣を退治する役割なんだそうだ。

 宮廷魔術師だったのはおじさんの方なのでは?と思ったんだけど、細かな魔力操作で索敵が得意だけど、攻撃力はないそうだ。奥さんは逆に細かな操作は出来ないので、主に攻撃担当なんだって。おっとりしてるのに、中々にアグレッシブだ。


 取りあえず夕飯には奥さんの手料理を、レシピを教えてもらいながら作ってもらうことになった。

 パスタやリゾットも美味しかった(俺はキャリュフを掛けなかった)し、これは期待できそう。なので今夜は俺の料理はお休みだ。見てるだけでいいなんて楽ちんだね!


 その後は和やかな午後をまったりと過ごした。

 キャリュフには他にどんな食材が合うのかとか、値段設定はどうするべきかとか。語ることは多い。


 他に仕入れた食事情によると、この国というか周辺の領地では紅茶よりコーヒーの方が飲まれている。なんでも帝国から輸入している紅茶の税金が高くて、お金持ちしか飲めない高級品なのだそうだ。そこで代替えの飲み物として、庶民はコーヒーを飲み始めたんだとか。ボストン茶会事件みたいになってないよね?

 でも紅茶は高級品なのか。よし覚えた。コーヒー派の俺としては良い情報だ。

 そんな感じで。おやつに奥さんお手製のオーツクッキーを頂いたり、楽しくも興味深い異世界の食文化を堪能した俺だった。


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