第26話 悪戯のネタバラシ
「大変美味しゅうございますね。特にこの、ブルスケッタの上にある卵のディップソースの風味が何とも言えません」
「口当たりもまろやかで、ミステリアスで何とも悩ましい香りですなぁ」
酔っぱらってる駄目な大人と、エールごときで酔っている若者二人。そんなダメ人間の中で、オーナー夫妻がまったりと落ち着いた感想を述べる。
判りますかね?それにさり気なく振りかけた高級食材の存在を。
俺には土の臭いにしか感じないんだけど。
「ムスクか、花の香りのようでもある」
ただ好ましい香りだと、ディエゴも感想を口にした。
個人差によってトリュフの香りを感じない人も多い中、どうやらこの世界の住人は、トリュフの放つアンドロステンを感じ取れる嗅覚があるんだねぇ。俺にはただの土の臭いだけど。大切なことだから二度言う。
あそこの酔っぱらい共は、ジャーキーの追加に喜んで酒を飲みまくっているせいで、まだブルスケッタの存在をスルーしている。この中に、高級食材を使用した食べ物があるってのに。気付かない以前の問題だ。
「よろしければ、ブルスケッタに乗っているディップソースの調理の仕方を教えて頂きたいわ」
「こらお前、お客様に図々しいお願いをするんじゃない」
「でもあなた、もしこの味が再現出来たら、このコテージの名物として、お客様を呼び込めるかもしれないじゃない?」
「しかし……」
うっ、こんな簡単料理に、そこまで重い期待を掛けられても困る。
どうやらこのコテージでは、宿泊客への食材の提供の他に、要望があれば調理した食事の提供もしているそうだ。奥さんは料理が上手で調理担当だけど、ここのところずっと注文がなくて悲しいみたい。
色々なサービスを試みるも、客足が増える気配はないんだって。か、可哀想すぎるっ!
どうしよう?と、ディエゴを訴えるように見つめる俺。
根負けしたお兄ちゃんが仕方がないと溜息を吐いて、オーナー夫妻をこちらのテーブルに呼び寄せた。
「非常に申し訳ないが、実はその……リオンの悪戯なんだ」
「悪戯、ですか?」
「落ち着いて聞いて欲しいんだが―――」
絶対騒がないことを約束して貰う。
そうして明かす、ミステリアスな謎の香りの正体。
やっぱりというか、正体を知ってオーナー夫妻は驚きと絶望で顔を蒼褪めさせた。
「そ、そんな高級食材を……っ!?」
「やはり、私たちでは再現は無理なのですね……っ!」
いやそんな落ち込まなくても。近くの森で取れるじゃん。自力で採取したら実質無料だよ?ただし命の危険は伴うかもだけど。
そこは今、冒険者ギルドの職員さんたちに確認をして貰っている。子供の俺(不本意)にだって採取可能だったんだから、おそらくこの森には沢山のキャリュフが埋まっているらしいことなどをバラす。
実際に食べてしまっている手前、否定はできないだろう。
「まさかそんな……?」
「ブラナの木なら、確かに沢山ありますけど」
「他の町の近くにある森ではほぼ伐採されていて、キャリュフが採れるとは言えないが、ここの森なら豊富に取れる可能性が高い」
熊の魔獣(ルーンベア)のエサのために、あえて残しているどんぐりの木。どんぐりを食べて育ったボアも生息しているんだけどね。そっちはどうでもいいんですよね。でも絶対、ボアだって処理をちゃんとしたら美味しいジビエになると思うんだけどな。
「しろも、ある、よ?」
こそっと取り出して、オーナー夫妻に見せる。ディエゴはあちゃぁ~という顔をしたが、可哀想なオーナー夫妻に、俺は希望を指し示したかったのだ。それに一生懸命な人を応援したくなるんだもん。赦してお兄ちゃん。
それにこのオーナー夫妻は絶対に良い人だ。
良い人オーラが放たれまくってるもん。
「し、ししし、しろは、くろの、10倍の、ね、値段なのでは?」
あ、そうなの?俺の世界と一緒だね。
「あげる」
「ま、待って、待ってくださいっ!」
「い、いいいいただけ、ませんっ!」
「―――静かに。リオンが好意で差し出している。騒がず貰ってやってくれ」
あげると言われても、ラッキーとばかりに飛びついたりしない。遠慮が出来るというのは、美徳だと思うよ。やっぱりいい人だね。
「で、ですが」
「ちょっとしか、いらない」
料理に使うのに、キャリュフは香り付け程度で良いのだ。それだけで感動する程の上品でミステリアスな料理になる。らしい。何度も言うが、俺にとっては土臭いだけなんだけど。松茸食べたい。
「ですがこのような高級食材を、私共ではどう調理して良いのやら……」
貴族向けの食事を提供しているわけではなく、あくまでも一般客として、冒険者や変わり者の旅行者向けの田舎料理しか作れないと、奥さんは申し訳なさそうに漏らす。
大丈夫です。そもそもトリュフ―――じゃない、キャリュフ自体そんなに難しい食材じゃないんで。希少性が高いだけで、ただの変な(俺にとっては)臭いキノコだし。
丁度いいし、俺もこの世界の料理について知りたかったので、明日キャリュフを使った簡単料理を作ろうと提案をした。居酒屋的な店に行く勇気はまだないので。
それにいい加減、料理のレパートリーを増やさなきゃなんだよ。
「よろしいのですか?あの、最初に不躾ながらお聞きした手前ですが。レシピ等は、それなりの開発費用もございますし、使用料なども発生するんですのよ?」
使用料なども、レシピを開示すれば貰えるそうだ。この世界にも特許的な物があるんだね。
でも俺は面倒臭いことが嫌いだ。なのでディエゴに、奥さんの料理を教えてもらうのと交換で、キャリュフを使った料理の開発をすると提案した。
「奥方の料理レシピと交換で良いそうだ」
「そんなものでよろしいので?」
「キャリュフが取れるとなれば、何れレシピも必要になるだろう」
名物を売りにするためにも、地産地消は欠かせない。生産状況も確認できるし、何より安心して買うことができる。ここで食べることによって宣伝して貰い、他所からさらに客を呼び込むメリットがあるのだ。
そういったことをディエゴを通じて説明して貰うと、ようやく納得が行ったのか、オーナー夫妻は頷いてくれた。
「では、申し訳ございませんが。明日は、よろしくお願いいたします」
「私も、久しぶりに腕をふるいますわ」
何度もお辞儀をしながら、オーナー夫妻は母屋へ戻って行った。
穏やかに明日の約束をして、俺たちは騒ぎまくるダメ人間たちのテーブルを見た。
「おい、俺たちはもう休むぞ」
「かたづけてね」
使った食器類は各自綺麗に洗えと厳命する。じゃないと、もう料理を作ってやらないからな。
「わかったわかった。ちゃんと片付けとくぜぇ」
「あ、そうだ。俺ら、ギルマスに誘われて、森にキャリュフ採取に行くんすけど、ディエゴさんたちはどうしますか?」
「他の冒険者にも声をかけるつもりなんだ。人数は多ければ多いほどいいからな!」
「たっくさん取れたら、装備も新しく整えられるし、行っちゃおうって話をしてたんですぅ~」
「ディエゴは?リオンは大丈夫かしら?」
どうやら一攫千金のゴールドラッシュみたいに、捕らぬ狸の皮算用で盛り上がっていたようだ。
酒の力で気分も緩んでいるし。陽気な酒癖でヨカッタネ。
「いや、俺たちは明日、ここのオーナーに、料理を教えてもらうつもりだ」
「いかない」
だから遠慮させていただくと、ディエゴは冷たい眼差しで仲間を見る。俺も似たような表情なんだろうね。 すっかりギルマスの調子に乗せられている仲間たちの様子に、ディエゴも呆れているようだ。ウェールランドに行く予定なのに、どうしてこうなった?何だが日程が延びそうな予感。でもまぁいいや。苦労してくるがよい。
「じゃぁな。お前らも、ほどほどにしとけよ」
「おーう」
「はぁ~い!」
「はいはい、お休み~」
「おう、坊主!美味い飯を食わせてくれてありがとうな!」
「マジ美味かったっす!」
バイバイと手を振って、俺たちはコテージへ戻った。
まだブルスケッタに手は付けられていないけど、果たして気付くかどうか。
アルコールのせいで鼻も舌もバカになってなきゃいいけどね。
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