第25話 ちょとした悪戯心


 そして速攻でギルマスは新鮮なミルクと卵、それとバター。フレッシュなモッツァレラ、シェーブルタイプのヤギのチーズをゲットしてきた。ちょっと予想と違うけどいいか。


「あの、宜しかったら、こちらも使いませんか?」


 ギルマスと一緒に卵やミルクを持って来てくれたフロントのおじさんこと、ぶどうの樹のマスターが、昨夜俺たちが購入した謎肉こと、牛の魔獣の肉を差し入れて来た。

 傍らにはおっとりとした女性―――多分奥さんも一緒にいる。


「そろそろ保存も難しい状態でして、無料で差し入れさせて頂きたいのです」

「そりゃ、くれるってんならこっちもありがてぇけど……」

「そんなにサービスして貰っちゃっていいのかしら?」


 タダより高い物はない。でもオーナー夫婦は、自分たちでは食べきれないし、他に購入するお客さんもいないのでと、大変悲しい理由で肉を差し入れて来た。


「よろしければ、ご一緒にどうかと、リオンが云っている」


 しょうがないので、こうなったら一人増えるのも三人増えるのも一緒だ。

 だからディエゴに伝言してもらって、オーナー夫婦も夕食をどうかと誘ってみた。

 二人とも喜んでいたよ。ここ最近は、宿泊客の減少で困っていたらしい。だけどサービスとして食材を仕入れるのは欠かせなくて、俺たちが一番良いコテージに泊まってくれて、食材まで買ってくれたので、助かったのだそうだ。

 そういういうお涙頂戴の、物悲しい事情を語られると何とかしたくなっちゃうじゃん!情に厚い日本人だから!

 まぁ、それはともかくとして。

 邪魔な連中はそこで酒でも飲ませとけとばかりに、ちゃちゃっと差し入れられたシェーブルチーズをスライスにして木のお皿に盛り付け、そこに手作りのジャーキーを添える。そしてギガンたちが買ってきたナッツの袋をシルバが取り上げ、それも皿に盛り付けてやる。

 見た感じちょっと雑で豪快なツマミの盛り合わせプレートだ。

 給仕係はディエゴに任せる。


「先にこれをどうぞ、とのことだ」

「お。おお、早いな」


 驚きながらも早速とばかりに手を伸ばす。


「この干し肉、柔らかいっすよ!?」

「旨味がじゅわっと、噛み締める度に広がるな……」

「うわっ、ほんとだ!」

「老人にも難なく噛める柔らかさですね……。これは、素晴らしい」


 料理が出来るまでの間の酒のアテとして、ツマミプレートは好評だ。特に俺のお手製ジャーキー。ここで大量処分しよう。でもまだあるんだよなー。

 それでは本格的に簡単な夕食を作るとするか。


 モッツァレラは焼きカプレーゼにしよう。(新鮮でも生には抵抗がある)スキレットにトマトっぽい野菜を輪切りにして並べ、そこにモッツァレラも輪切りにして並べる。そこにオリーブオイルを掛け、塩コショウで味付けしてチーズがとろけるまで焼いたら、摘んできたバジルっぽい薬草を飾って完成。

 ディエゴお兄ちゃ~ん、一番テーブルに持ってってー!


「え?スゴイ、あっという間で、見た目も美味しそうでキレイ!」

「うんめっ!それしか言えねぇっす!」

「これは、酒が進むな。くそっ、ワインが飲みたくなる味じゃねぇか!」

「ここにゃエールしかねぇぞ」

「エールも悪くないっ、悪くないんだけどっ!!」


 これまたディエゴに運んでもらって、お褒めのお言葉を頂く。

 しかしワインが飲みたいのか。どうしようかな?と、ちらっとディエゴを見る。ディエゴにはアホみたいにある大量のワインを一度リュックから取り出して見せている。なので、一本だけならと言われて出してやることにした。赤と白一本ずつね。OK~。

 ラベルがあるとちょっとまずいので、魔法でバリっと剥がして貰う。コルク栓じゃないから、あらかじめ外しておき、ギャルソンのディエゴに運んでもらった。


「俺からのおごりだ。心して吞め」


 アンタ一体いつの間に!?とか、こんなイイモン隠してたのかよ!とか、色々騒がれているが、俺は知らないふりをする。一本小銅貨5枚(500円)なんだよね。

 ディエゴの私物には大量の瓶があるので、このワインもディエゴの瓶仲間だよ。


「っく~っ!!これだよコレ!」

「やだっ、なにこれ?飲みやすくて香りもいいわっ!?」

「お前何処でこんなワイン買ってきたんだよっ!教えろっ!」


 そんな騒ぎを背後で聞き流しながら、調理の手は休めない。食材は多いし、ガンガン作らなきゃね。

 謎の魔牛肉はステーキに。魔物肉なのでしっかり焼くより、ミディアムレアでいいだろう。表面はクリスピーにしよう。

 軽く塩コショウをまぶして馴染ませ、ワインを振りかけフランベ。個人的にはステーキはワサビ醤油で頂くのが一番美味いと思うんだけど。醬油はこの世に存在してないかもしれないし、ワサビも言わずもがな。ワサビ大根はあるんだろうけど、日本固有のワサビは、一定の水温と水量等の環境条件を満たさないと育たない。断言するが、この世界では存在してない可能性が高かった。

 ここはディエゴに確認して貰おう。


「この、しょうゆとか言う調味料は、知らないな。塩でいいんじゃないか?」


 当然ワサビはなかった。仕方がないね。マジックソルトだけでもいいんだけど、今後ずっと俺のアイデンティティになるのはちょっと嫌だ。

 塩コショウで味付けて、バターでカリカリに焼いたニンニクのソースにするか。

 焼き上がったステーキは、スライスして皿にずらっと並べて、傍らにはふかした芋と茹でたアスパラっぽい野菜を添える。一人ずつ小分けにするより大皿に豪快に盛り付けて完成。各自取り皿でどうぞ。

 今度はシルバがギャルソンをかって出てくれて、風魔法でテーブル席へ運ぶ。

 ディエゴは俺の横で調味料の吟味中。


「この細く切ってある状態のチーズは珍しいが、この手のチーズはなくはないな。溶ければ判らないだろう」


 お徳用ピザ用チーズを見せて、現物さえ見せなければ良いと許可が出る。

 なので、フロントで購入したしめじっぽいキノコと、魔獣鶏肉を使うことにする。

 鶏肉に塩コショウ、ローズマリー、オリーブオイルをもみ込み、ダッチオーブンに鶏肉を敷いてキノコをまぶし、たっぷりチーズを振りかけ焼く。

 ミルクはせっかくなので、メスティンで野菜ゴロゴログラタンでも作るか。チーズ被りが酷いが、どうせ酔っ払いばっかりだから気にならないだろう。

 最後にテオから渡された食材の中に固そうなバゲットがあったので、スライスしてオリーブオイルを垂らして軽く焙る。ブルスケッタである。少しだけ考えて、ちょっとした悪戯心が湧いてきた。

 ふひひとほくそ笑み、ディエゴを手招く。


「キャリュフを使った、ディップソース?」


 ゆでた卵を潰して、軽く塩コショウで味付けした物に、トリュフを混ぜ込むだけなんだけど、大丈夫?と一応お伺いを立ててみた。

 マヨネーズもあれば良いんだけど。香りを楽しむだけなら、塩コショウと卵とトリュフでも十分だろう。


「子供の好奇心……ってことで、許される範囲か……?どんな味か確認するのも悪くはないが。そういう調理方法があるのか?」


 多分あんまり味はしないと思うよ?この世界のトリュフはどうか知らないけど。そもそも香りを楽しむ食材みたいなもんだし。


「―――少しだけだぞ?」


 ディエゴも高級キノコの味を確認してみたいのだろう。

 長考の末、高級食材への興味は隠せないみたいで、OKが出た。やったね。

 そうして軽く焙ったバゲットに、ゆで卵をスライスしたものと、潰したもの夫々にトリュフを細かく砕いてディップにする。俺は好きじゃないので、味付けは塩コショウのみだ。

 これで十分だろうということで、本日の料理はデザートに姫林檎のコンポートを作って終了。

 食材があり過ぎて予定より豪華になった気がしないでもないけど、調理時間はさほどかかってはいない。

 人数が多いから家族用(大人数)サイズが活躍してしまった。炊事場が貸し切り状態だったから可能だったんだけど。これだけ立派な炊事場もあるのに、お客さんがいないなんて勿体ないなぁ。


「それじゃぁ、俺たちはあちらで食べようか」


 二番テーブル(テーブル席はいくつかある)に向かって俺たちは腰を落ち着けることにした。

 テーブルに出来た料理を持っていくたびに騒ぐし食い尽くそうとするので、調理担当のディエゴと俺とシルバの分はワンプレートに乗せて避けておいて正解だったね。


「うむ。美味い。あんなに簡単そうに作っていたが、お前は本当にすごいな」


 うへへへへ。シンプルな誉め言葉だけど、心の底から感嘆しているディエゴに俺はご機嫌だ。

 簡単な料理しか作れないんだけど、逆にそういう方がこの世界では受け入れやすいのかもね。

 ありふれた調理方法だけど、食材自体に不自由はなさそうだ。

 問題は調味料かな?醤油や味噌に味醂は、日本産じゃないと俺は納得できないし。定期便での購入はあれど、おいそれとは使えなさそうだ。

 ところで俺、お安いお徳用ワイン12本セット三箱購入時に、まさか定期便にしてないだろうな?



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