第24話 冒険者の仮登録をしました

「随分と熱心に読んでるじゃねぇか」


 ヌッっと太くて毛深い腕が目の前に現れて、俺は驚いて飛び上がる猫のように跳ねた。

 人間めちゃくちゃ驚くと、叫び声なんて上げてる暇ないんだよね。

 そして飛び上がった俺をシルバが空中でキャッチして、腕毛モンスターから距離を取る。流石は頼れる(ディエゴの)相棒のシルバカッコイイ!


「まるで毛を逆立てた猫みてぇだな」

「だから、驚かせるなと言っただろう」


 図鑑に集中し過ぎて、誰かが側に近付いていたことに気付かなかった俺は、改めて目の前にいる人物を見た。シルバの背中の上から。


「悪い悪い。渡しそびれてたモンを持って来てやっただけだ。そう警戒すんな」


 そう言って悪びれることなく笑うおっさんは、冒険者ギルドのマスターだった。あの腕毛には見覚えがある。ところで渡しそびれた物とは何だろうか?

 小首を傾げていると、ちゃらりと軽い音を立てて、金属製のチェーンにドックタグみたいなものが二枚付いたネックレス(?)のような物を差し出された。

 どうやらこの世界の冒険者証明証は、定番のカードではなくドッグタグのようだ。何となくそうなった経緯は理解できる。俺の世界の軍隊でも、タグを二枚に分けて、遺族と所属部隊に死亡を通達する方式だしね。この世界もそうなんだろう。


「冒険者証明タグだ。仮登録だから、詳しい記述はねぇがな」

「随分と早く作れたんだな」

「見ての通り、閑古鳥が鳴いてるギルドだからな。刻印にそう時間はかからねぇんだ」


 年齢と名前と性別、所属しているパーティ名が、簡素に刻まれている物だ。本登録すると、ここにジョブやランクが加わるらしい。そしてランクが上がればタグの金属も上質な物に変化する。(ただしメッキ)俺のは仮登録なのでただの鉄らしい。でも偽造防止の魔法が施されているとのこと。なるほど?

 そういった説明を受けてディエゴが受け取り、俺にそのタグを渡した。

 それを手に取りじっくりと見る。何の変哲もない金属プレートだね。

 日本円でお値段1000円程度。この世界の通貨で大銅貨1枚分らしい。


 後に判明するが、この世界の貨幣は以下の通りである。


 小鉄貨一枚10円 大鉄貨一枚50円

 小銅貨一枚100円 大銅貨一枚1000円

 小銀貨一枚一万円 大銀貨一枚10万円

 小金貨一枚百万円 大金貨一枚1000万円


 というザルな金額設定だった。札はないのか?小銭ジャラジャラさせるの危なくない?!

 庶民は高額でも小銀貨までしか持っていない人の方が多く、小金貨からは商人や貴族間でしか取引に使われないそうだ。(※稼ぎの良い高ランクの冒険者なら小金貨ぐらいなら持っている)


 しかし何時の間にギルドに名前や性別を申告したんだろうか。書類とか何も書いた覚えはないんだが?まぁいいかと、冒険者証明タグへと視線を落とした。(ここでも翻訳機の力が発揮された)


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 NAME:RION

 AGE:12

 GENDER:M

 JOB:TBD

 RANK:TBD

 PARTY:SPRIGGANS


 ふむふむ――――って、おい。年齢が何故12歳なのだ。すんごいサバを読んでいるにしても、流石に小学6年生はないだろっ!? 日本でも高校生ぐらいには見られるんだぞ! せめて中学生―――サバを読むにしても15歳にしてくれよ! (それでも酷い)

 生年月日で表記しないのは、正確な誕生日が判らない者も多いため、ランク更新時に記入し直す決まりになっているかららしいのだが。年齢詐称しまくれるということでもあるな。ただ俺みたいに身元不明者でも申告のみで身分証が作れる冒険者は、有難い職業なんだろうけど。納得がいかないっ!


「どうした?何かスゲェ暗くなってねぇか?仮登録じゃ気に入らねぇのか?」

「……」

「本登録は15歳からなんだから仕方ねぇだろ?見習い期間中、パーティ内で実績を積めば、13歳からならランク登録できるが、お前さんは入りたてだっていうじゃねぇか」


 俺がぷうっと頬を膨らませている理由について、ギルドマスターは勝手に推察している。違うそうじゃない。そしてディエゴは知らんふりしてすっとぼけるな。俺を妖精だと思い込んでいるにしても、年齢的にはそこそこ長生きしているだろうと察してんだろうが。何故12歳にした!?

 今更違うから変更しろとは言えないんだろうけど―――悔しい!

 ジョブやランクの部分は未定(to be determined)を【TBD】で略してるのかな?確かに不明で未定だけどさ。

 そして【PARTY:SPRIGGANS】これが所属パーティなんだろう。

 変なパーティ名でなくて良かった。(中二病的な)でもスプリガンって、どっかで聞いたことあるんだけどなぁ。どこでだっけ?多分ネットだろうけど、これも妖精絡みのような気がする……。

 静かに怒りを募らせている俺に、察したディエゴかこそりと耳打ちする。


「せめて15歳にしたかったんだが、登録時のジョブやランクの問題があってな。だが見た目は十分誤魔化せると思う」


 十分誤魔化せるとかじゃないんですけど!?確かに日本人は彫りが浅くて、欧米人から見れば子供にしか見えないとか言われてますが!流石に10歳以上のサバ読みは無理がある―――気がしないでもないけど、実際に30代や50代の人が10代半ばに見られて喜んでたってのを見たことがあるし、それよりかはマシなんだけどさ。

 なんだかとっても複雑な心境になる。


「お。こりゃ坊主が見てた図鑑か?随分と魅入ってたようだが―――」


 あ、俺の大事な図鑑! 気が付けばギルマスがテーブルの上にある図鑑に興味を持ったのか、触ろうとしていた。

 それを奪われまいと急いで駆け寄り図鑑を奪取する。


「――別に取ろうとしてねぇんだが」


 警戒されちまってんなぁと、どこか残念そうな顔をした。

 

「ちらっと見えたが、お前さん、余程昆虫類が好きなようだな?」


 あ。なんかあの噓報告に真実味を与えてしまった気がする。間違ってないところが余計に悔しいけど。


「だったら、ウェールランドに行く前に―――」

「お?何でギルマスがここに来てんだ?」

「コテージに居ないから、こっちかと思って来たんだけど。何でギルマスまでいらっしゃるのかしら?」


 ギルマスが何か言う前に、ギガンたちが戻って来たのか、声をかけて来た。

 腕に抱えているのは酒瓶かな? 飲む気満々な駄目な大人がそこにいる。チェリッシュは果物、テオは追加の食材を持たせられていた。

 君らそんなに食べるつもりか? 俺は料理のレパートリーが少ないんだが。


「丁度証明タグが出来上がったんでな。持って来てやったんだよ。って、お前ら今回結構稼いでるくせに、バルで飲まねぇのかよ?頼むから、この町の店に金を落としてやれよ」

「へっ。バルで食うモンより、イイモンを食うんだよ」


 にんまり笑うギガンたち。だから期待値を上げんな。簡単なキャンプ飯しか作れないのに、店で出す料理より上等な物なんて作れないんだって。


「リオン、悪いな。あいつら、ちょっと調子に乗っているようだから、注意するか?」


 ここでの味方はディエゴお兄ちゃんだけだよ。あ、シルバもいるか。

 最初の頃の遠慮がちな態度が、少し失われて図々しさが出て来ているような気がしないでもない。

 でもまぁ、仕方がない。このパーティでの食事係を買って出ている手前、働かざる物食うべからずだもんね。戦闘能力もないし、ディエゴやシルバみたいに魔力の操作も出来ない。だから俺は諦めたように、スンとした表情で首を振った。

 しょうがないので、簡単なツマミでも作ることにしよう。


「ねぇねぇ聞いてよ~。テオったら安いからって、酸っぱいアプルを沢山買っちゃってんの! バカよね!」

「ひどい! だって赤くて美味そうだったんすよ~!」


 しかもこんなに小さいの! と、チェリッシュはそれを差し出し見せてくる。ふむ。姫林檎みたいだな。祭りの屋台でりんご飴にして食べる物と似ている。酸っぱいということは、酸味が強いのか。

 シルバに頼んでチェリッシュから(魔法で)受け取ってもらい確認する。そして余りまくっているワインの処分方法を思いついた。焼き林檎でも良いけど、コンポートにでもするかな――とその前に。ディエゴに砂糖があるか尋ねてみた。

 よくあることだが、時代によって砂糖は貴重品である。勿論コショウだってかなりの値段がするし、流通していない可能性もあるが、それは初日にやらかしたので気にしない。あれは妖精の粉なのだ。

 するとディエゴはあると頷き、品質によって値段自体は変わるとのこと。サトウダイコンやサトウキビ、キャッサバにタロイモがあってそれらから精製されるとのことだった。因みにこの世界ではハチミツの方がお高い。命がけで採取しなければならないそうだ。アナフィラキシーショックのせいかな?

 でも多分、この世界には俺の好きな和三盆はないだろう。うっ、日本に帰りたい……。


「砂糖がいるのか?」

「うん」

「どれぐらいだ?」


 料理に使う程度だし、それなりの量でいいよというと、薄い茶色の粉(キビ砂糖)の入った瓶を渡してくれた。また瓶が出て来たぞと思ったけど口にしない。実はまだ瓶を大量に持ってるな?


「これでいいか?」

「うん」

「他に必要な物はあるか?」


 う~んと考えて、俺はシルバと共に調理補助として、ディエゴにも手伝って貰うことにした。

 まだギルマスのおっさんがいるし、変な物(オーパーツ)を出して怪しまれるのは嫌なので。都度ディエゴに確認を取ろう。

 ダッチオーブン、メスティン、スキレット等は、似たような調理器具があるらしいのでOK。ホットサンドメーカーは見たことがない形らしく、取り出したときに首を傾げられた。使い方を伝えると、すごく驚いていたけど。でも一応、フライパンの一種として使用OK。

 ストームクッカーやシングルバーナーは、ここでは魔道具の一種らしいのでNG。こんな小型で便利そうなのは見たことがないそうだ。よって炊事場のコンロのみ使用可。

 そうして俺たちが炊事場で調理器具等を取り出しながら、こそこそと確認を取っている間、背後のダメな大人たち(プラス役に立たなさそうな若者)は大人しくテーブルに座っていた。というか、既にナッツの入った袋を取り出し、酒を飲み始めようとしている。ここは居酒屋じゃないのだが?


「なんだぁ? あの坊主が料理すんのか?」

「そうよ~。すっごく料理上手なんだから~」

「ディエゴの野郎、何時の間に手伝えるまで仲良くなってんだ?」

「ん?兄弟なんだから、仲は良いだろう?」

「あ、いやっ、拘りが強くてな、手伝わせてもらえねぇんだよ! なっ!」

「そうそうっ!」

「そんでお前らは、ここでなんもしてねぇで、ただ座ってんのか?」

「昨日までは、ディエゴさんも拒否られてたっす……」


 ギガンがつるっと余計なことを口にして、ギルマスに訝しがられる。それを慌てて、皆で取り繕うまでがセットだ。

 

「なぁなぁ、俺もなんか食材や酒を買ってくるから、相伴させてもらっていいか?」

「え。図々しくないっすか?」

「ギルマスだからって、俺らがほいほい言うことを聞くと思うなよ?」

「リオっちが嫌がるからダメ~!」


 おいチェリッシュ。リオっちって何だその呼び方は。


「なんでそんな拒否ってくんだよ!?いいじゃねぇか、キャリュフの情報の礼に、親交を深めてぇんだよ!」

「そういうのはいいのよ。肩書の偉い人との食事なんて、気まずくなるだけじゃない」

「それはそれ、これはこれだしな。リオンが嫌がりそうだから、断固拒否するぜ」

「くっそ。俺のことをちっとも偉いと思ってねぇクセに。お前らがそうでも、坊主は違うかも知んねぇだろうが!? おーい! 俺も飯食わせてもらってもいいかー?」


 ちらっと背後へ視線を向け、面倒臭いことになったなと溜息を吐く。でも俺は日本人なのである。一応お偉いさんなので失礼は出来ないのだ。

 仕方がないので、ディエゴに耳打ちするように伝言をお願いする。


「―――ミルクと、チーズ。あれば新鮮な卵が欲しいらしい。それが用意できればいいそうだ」

「よし、ミルクとチーズと卵だな! このコテージで確か鶏を飼ってたから、卵もあるだろうし。直ぐ買ってくるから待っててくれっ!」


 そう言うとぶどうの樹の母屋―――フロントまで駆けて行った。

 もしかして、わざわざ町にまで買いに行かなくても、フロントで手に入れられたんだろうか?


「顧客の要望に応えるために、この手の宿泊施設では、ヤギや鶏を飼っているんだ」


 そういうのはもっと早く言ってよお兄ちゃん!

 ヤギは乳を出す他に雑草を食べてくれるから、草取の手間が省けるので、比較的そこらで飼われているそうだ。田舎あるあるらしい。

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