第23話 ディエゴの私物拝見


 酔い覚ましの薬だったみたい。

 コウカハ バツグンダ。

 

「リオン。まずは、あの魔道具を片付けよう」

「……あい」


 あいってなんだよ。呂律がおかしい。動転しているせいか?

 それにしても。俺は何てヤバい物を取り出しちまったのか。ワインを飲まなきゃ、魔法とやらで熟成の仕組みとかを伝えて、なんか上手いことやってもらうこともできたというのに。冷静さを欠いて、思考がアホになってた。

 でもなぁ、これを四次元リュックに入れちゃうと、多分時間停止状態になって熟成できなくなるんだよな。

 そこは何とかならないもんだろうか?

 熟成庫にピタリとよりそい、ディエゴをじっと見つめる。


「悪いが、時間経過の魔法はないんだ。……俺のマジックバックで預かろう」


 わーいやったね!喜びでぴょんぴょん飛び跳ねる俺。大丈夫だ。酔ってない。

 それを見て、しょうがない孫じゃなっていう顔をするディエゴは、まるで爺さんのようである。せめて弟を見る兄のようであって欲しい。設定的に。


「だが俺のマジックバックは、せいぜい箱馬車ぐらいしかないんだ」


 なのでディエゴの私物をいくつか、俺のリュックに一時預かりすることになった。

 業務用熟成庫を入れるには、ギリギリ限界の容量らしい。

 腰に付けているアンティークで渋めのウエストバッグ(俺のリュックとデザインがちょっと似てる)から、ディエゴは容量を空けるべく私物を取り出し始めた。

 丸太テーブルの上に置かれるディエゴの私物たち。面白そうなもんはないかなと、ちょっとワクワクしながら眺めていると、着替えの下着や替えの服(デザインが全部同じで、お前はどこのジョブズだと言いたい)、そして革張りの本が何冊か取り出された。ディエゴの私物って何か似たようなものが幾つも出てくるから、変わった物でもないけど変わっているような変な感じ。同じサイズの瓶が何個も出てくるし。ツッコミ待ちのコントかな?

 そして俺の目に珍しくも興味深い対象となったのは、この世界の本だった。

 この本は何だろうと伝えれば、図鑑のようなものだと答えられた。

 おお~図鑑ですってよ奥さん! 俺、図鑑大好きなんだよな~。


「見たいのか?」


 見たい見たい! と大袈裟に騒げば、いいぞと許可を貰えた。

 だがその前に、ディエゴの私物と俺の熟成庫の入れ替えを終わらせておこう。


 余談だが、ディエゴからリュックの中身を取り出す時は、イメージを必ず伝えるようにと注意を受けた。

 殆どが見たことのないレアなアイテムにしか見えないらしく、大型の魔道具のような貴重品を持ち歩いていると知られれば狙われるからだ。そもそもんな魔道具を持ち歩くのは商人ぐらいだろう。だから売るために持ち運ぶ際、冒険者に護衛依頼をするんだってさ。

 それとお酒は控えようねとも付け加えられる。飲んだワインはコップ一杯もなくこの程度で済んだけど、確かにテンションがおかしくなっていたので、ディエゴのお小言に素直に頷いたのだった。



 ようやく落ち着いて、俺はディエゴのお小言を素直に聞いた後、図鑑を見ることを赦された。

 しかもこの図鑑、驚くことにディエゴのお手製なのだ。

 小さい頃から図書館に通って、少しずつ書き写した苦労の結晶なんだって。

 この世界の本は予想通り買うとかなりお高いので、汚したり傷付けなければ図書館では書き写しも可能とのこと。そこに自分流の解釈や、他で調べた内容を加えたりして、この世に一冊だけの本となる。なんと素晴らしい。

 はわわわと、涎を垂らさんばかりに本を手に取れば、ディエゴが恥ずかしそうに照れていた。イケメンが照れると可愛いんだな。わんこかな?


「テオやチェリッシュに読ませようと思ったんだが、文字が難しいらしくてな」


 図解などの挿絵もある(絵がリアルでめっちゃ上手い)のに、実地でしか結局理解できないそうだ。それでもまだ覚えられないんだろうけどね。あの二人って、絶対こういう勉強苦手そうだもん。

 そうしてディエゴは、一冊一冊丁寧に俺に説明をしてくれることになった。


「これは主に植物。薬草類について纏めてある」


 ぱらりとページをめくってみると、ヴォイニッチ手稿みたいに植物の絵と一緒に説明が細かく記入されていた。女性の裸体は描かれてはいないが―――ディエゴの絵は写実的でとても見易い。字も美しいと思われ。


「こちらは魔物類だな。獣系、爬虫類系、両生類は分類が難しいので、海洋生物系と一緒に種類別に見易くしたつもりだ。そしてこれは、昆虫系の魔物だが―――」

「こんちゅー!」


 昆虫の魔物ですって!?俄然興味が湧いてきたんですけど!

 俺は思わず、昆虫類系の魔物を纏めた図鑑に飛びついた。

 悔しいけど俺は昆虫類が好きだった。いや、正直に言おう。今も大好きである。山で見かけると捕まえたくてうずうずするぐらいに。だが必死に耐えている。もう子供じゃないんだと自分に言い聞かせて。虫好きの子供設定に異を唱えたかったが、否定も出来なかったのはそのせいだ。

 ほぼ全ての人類から嫌われているGも別にそんな嫌いじゃないしね。家の中で見かけたら処すけど。野山で見かけたら処さない。


 ファーブル昆虫記は幼少の頃の俺のバイブルだったし。昆虫学者のファーブルは、俺の尊敬する人物の一人である。特にフンコロガシに付いての記述が面白かったんだよね。子供ってやたらと下系のネタに食いつくじゃん? 性的な意味でなく。汚物系のほうね。でもエジプトじゃ不死と復活の神様の化身で、お守りになるほどの虫である。うんこ転がすけど。うんこを転がすから神になったともいう。

 そんな感じで。幼稚園生の頃にファーブル昆虫記に出会い、やたらと虫に興味を持ったのが切っ掛けなんだけど。そのせいで偉人について興味があると爺さんに勘違いされて、後日【北里柴三郎】の伝記を買い与えられた。

 うん。伝染病から多くの人を救った偉人だけどね。微生物学者さんだけど、なんかちょっと違う。でもせっかく買ってくれたしと、ちゃんと読んだよ。その後、続々と世界の偉人伝が俺の本棚に並ぶことになったんだけどさ。そこは昆虫とかの図鑑だけで良かったんだよな~!


「……何か飲む物でも用意しよう」


 俺が昆虫図鑑に食いついたので、暇になったディエゴが炊事場へ向かった。

 でも俺は、魔物の昆虫について興奮しすぎて、周りが全然見えなくなっていた。

 それに翻訳機であるディエゴのお陰で、この世界の文字も読むことができたし。

 丁寧で奇麗に纏められたお手製の図鑑は読んでも見てもとても楽しい。


 魔法よりもこの世界の魔物の昆虫の方が断然興味深いんだよね。かなりデカくて、寧ろカッコイイのではなかろうか? 巨大な肉食のトンボとか、背中に乗れそうな巨大なカマキリとか、クワガタよりカブトの方が好きな俺としては、巨大なカブトムシを実物で見て見たい。安全な位置から。

 捕まえる方法とかも詳しく書き込まれてあって、これなら俺でも捕獲可能なのではとすら思えてくる。でも残念なことに、こういった魔物の昆虫はダンジョンにしか生息していないんだってさ。

 とはいえ人間より大きな昆虫が、普通にそこらにいたらヤバいだろうことは判る。あんなに小さなGですら人間は見ただけで悲鳴を上げるし大騒ぎするんだもんなぁ。

 ダンジョンのGは、軽自動車のような大きさで、時速60キロで突進してくるのか……ふむ。熊も同じく60キロで走ってくるし。(色も似ている)

 実物が見たいなぁ。安全な位置から。


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