第22話 ボア(猪)を解体してみる


 ワインを与えたおかげか、ディエゴもほろ酔い気分で、しんみりした空気も緩んでヨカッタネ。

 気難しそうに引き締まった顔が、アルコールのせいでかなり緩んでおりますが。

 俺は飲んでないから素面だけど。


 生理現象消失の謎については、シルバによってちょっとだけ解消されましたけれども。放っておいたらお腹が破裂するかとドキドキしちゃったんだぜ。シルバは聖獣だから、食べ物は全部魔力になって体内で全部消化吸収されるんだって。だから俺も似たようなもんだろうってさ。

 ただ体質が変化した原因については謎のまま。俺もシルバ同様、食事の必要性がないかもしれないという事実だけは判明した。でも食べても食べなくても平気なら俺は食べる方を選ぶ。習慣って大事なのよ。


 そんで聞いたところによると、召喚士の従魔になると、その対価に魔力の供給ってのがあるそうだ。

 従魔はその魔力を供給されることで、より強い魔法を放つことができるようになる。

 魔法には属性があって、基本は四大属性の【火】【風】【土】【水】。それに加えて【闇】と【光】を加えて【全属性】と呼ばれる。しかもディエゴは、珍しい全属性持ちだってさ。凄いよね、俺の設定上のお兄ちゃん。

 でもこの属性のない人には魔法は使えない。そういう人は【無属性】で、7割の人が大体その【無属性】なんだそうだ。残りの3割は何らかの属性を持っているってことね。

 ただ属性があっても魔力の扱いに得意不得意があるし、誰もが魔法を使えるわけでもない。

 魔力の弱い一般人は、魔素の濃い場所では長くいられない。気分が悪くなるそうだ。そういう人の方が多くて、冒険者になる人は大体魔力が多いか、魔素耐性がある体質なんだって。

 魔力耐性はアイテムで補強したり訓練すれば何とかなるけど、普通に暮らす分には魔素の濃い場所には行かない。魔物もいるし危険だからね。命大事。

 この町の近くにある森も魔素の濃い場所で、ダンジョンは魔素で出来たような存在らしい。一般人には踏み込めない領域ってやつかな?俺、そこに居てもなんともなかったんだけどね。不思議だね。

 

 そういや子供の頃にやったゲームでは、強くなるほどに使える属性魔法が増えてるものがあった気がする。遠い記憶の彼方でしかないけど。結局、一番強い魔法でごり押ししてたし。属性の相克とか相生とかあんま考えてなかったわ。水属性の相手でも、自分より弱けりゃ火魔法でゴリゴリ削るプレイスタイルだったもんで。すぐに飽きてしまった。

 俺自身が家に閉じこもってゲームをするよりも、山に入って虫取りする方が好きだったからね。ファンタジーについては、大人になってネットで見かける程度の知識しかないのだ。

 魔法世界といえば有名な、名前を言ってはいけない人の作品も、映画としてちゃんと観てもいない。ネットミーム的に面白おかしく使われているから知っているってだけで。よって、全てにおいてにわか知識しかないのである。

 生きていく上で必要でもなく興味を惹かれないと、知識として覚えないのだ。


 だが今俺は、魔法の存在する世界に居る訳で。

 もしや俺にもその魔力とやらが供給されて、魔法が使えるのかも?と、魔法のない世界から来た身としては、その可能性にちょっとワクワクした。生理現象が止まっていることを不問にする程度には。

 シルバ先生曰く、ディエゴに魔力を供給されてるなら、多分使えるんじゃね?みたいなことを言われたんだけどさ。具体的にどうすりゃいいのかって話だよ。

 そんで、使い方を教えてください先生!お願いします!って言ったら、どういう訳か、ボアの解体をすることになりましたとさ。

 いやなんで?


「ボアの解体をするつもりか?」


 リュックから死にたてほやほやの、斬首されたボアを取り出していると、ディエゴがほんのり赤ら顔で近付いてきた。

 ワイン一本空けちゃったからね。ぽやぽやした表情だけど大丈夫か?

 食事のお礼に手伝ってくれるそうなんだけど、酒癖も悪くなさそうで機嫌が良さそうだし、まぁいいか。

 ってことで。俺はこのボアの肉を食べたいと伝える。


「魔獣と違って、獣の肉は、臭みが酷いんだが……」


 でもそれって確り放血しないからじゃね?

 野生の獣は、食肉にするための適切な処理をしなけれは、臭みの強い肉になってしまう。内臓が傷付けられると、腸の内容物によって肉が汚染されてしまうし、雑菌を増やさないよう肉の鮮度を保つために解体中は常に冷やすことも必要だ。

 というか、ボアは魔獣ではないらしい。てっきり魔獣だと思ってたよ。デカいし。俺の世界の猪の三倍はあるよこれ。動物園で見たカバと同じぐらいだもんな。しかもこの程度なら、まだ若い個体なのだそうだ。でもただの野生の猪なのか。あの森に生息している主な魔獣は、ツキノワグマみたいなルーンベアと、下位種の魔狼なんだって。たまにゴブリン―――俺でも耳にしたことがある魔物だ―――が繁殖したりするが、他は魔力はあるけど無属性のただの獣だそうだ。

 フライングエイプも、木から木へ飛び移るだけの猿なのか。アイツらうんこ投げてくるし、人間の持ち物を狙って襲い掛かってくる(ある意味賢い)から、魔物だと思い込んでたわ。しかもフライングエイプは白い毛皮なので、精霊の使いっていう神聖な生き物扱いの為、駆除も出来ないらしい。

 ボアもただの害獣だから、退治しても魔獣のように素材として利用も出来ないんだって。


「仕方なく食べることはあるにしても、どうするつもりなんだ?」


 あの森で解体して食べていたのはおそらく雄で、処理の仕方も悪く臭みが強かった。

 なのでディエゴに詳しく説明を求めた。

 すると、野生の獣肉は普通は食べないらしいんだけど、食べなきゃならない場合を想定して、テオたちに解体の仕方を教えるためにあえて食事に使ったんだって。これも新人冒険者への訓練の一環だったそうだ。粗末な食事事情と勘違いしててゴメン。でも味付けにはもっと気を配れ。


 その一方で魔獣の方は、肉も毛皮も魔力によって保護されているし、寄生虫も発生しない。更には肉に臭みがなく美味いので需要がある。だからか、余計にそっちの方が主流なせいか、普通の獣肉の処理や保存の仕方が全く確立されてないみたいだった。

 ということは、畜産農家はないってことか?と思えば、普通の獣である山羊や牛と鶏は牛乳(乳製品)や卵目的で飼育しているそうだ。なるほどね。フロントで選んだ鶏肉は魔獣の肉なのか。知ってたけど。

 ただ放血や内臓の処理に加え、寄生虫やら何やらの処理をしなくていいのなら、魔獣の方が需要があるだろうことは想像に難くない。飼育する手間もないし、冒険者や狩人に依頼して仕入れればいいもんな。

 魔獣によっては、強い個体であればあるほど肉は旨くなるし、寄生虫の心配もなく臭みもなくて高価なんだって。A5ランクの黒毛和牛レベルと考えればいいのだろうか?

 そういやシルバのような食べなくても生きていられる聖獣とか、生理現象もなく体臭がないもんだから獣であって獣ではない扱いなんだよね。イヌ科独特の臭いがないな~とは思ってたけど、そこまで深く考えてなかったわ。


 そんなわけで、ちょっとした謎肉の謎が解けたにせよ、俺はこのボアは美味しく頂くつもりである。

 だって雌なんだもん。雄に比べて肉は柔らかいしより美味しい筈だ。

 あの森にどんぐりの生る木が結構あったし、どんぐりを食べて育っているなら美味しいと思われ。

 環境的にイベリコ豚的な育ち方をしている可能性があるのだ。テオの料理したあの肉はこの際忘れよう。あれは処理の仕方が酷かったんだって。


 それでは早速、俺の脳内イメージをシルバとディエゴに伝える。

 放血自体はギガンが斧で首を撥ねて倒したので、粗方終わっているしね。めっちゃしぶいてたよ。わぁわぁ言いながら、チェリッシュが騒いでたけど。恐怖じゃなくて汚れるのが嫌だったみたい。(ディエゴが魔法でその血を吸い取るように集めてたので、事なきを得た)

 そんなことはともかくとして。

 手作業で解体するのは大変だからね。その魔法とやらで、どこまで何が出来るのかを見させてもらおう。


 そしてそれはまさしく魔法と呼ぶにふさわしく。

 解体作業の手順を伝えただけなのに、シルバとディエゴの共同作業によって解体しやすいように吊るし上げられ、しかも汚れた毛皮は水魔法でわっしゃわっしゃと洗われた。この作業が地味にしんどいんだよな。魔法ならあっという間だ。

 そうして俺も負けじと素早く内臓を抜き、皮を剝いでいく。うんうんと削ぎながら皮を引っ張っていたら、ディエゴが魔法を使ってバリバリと剥いでくれた。

 おお~っと、感動して思わず手を叩いて褒める。


「細かな魔力操作は得意なんだ」


 すると照れたようにちょっと自慢気に言うディエゴお兄ちゃん。

 面倒な毛皮の鞣し工程も魔法でやってくれるそうだ。皮に付いた肉や脂をそぎ落として洗浄されていく。

 四大属性である風に光魔法掛け合わせると殺菌効果があるし、水属性に闇魔法を掛け合わせれば冷却効果があるんだそうだ。(なるほどわからん)

 それらを駆使して魔法を発動するディエゴとシルバ。頭の仕組みがどうなってんのか覗いてみたい。覗いたところで判らんだろうけど。(魔術師のアマンダ姉さんは攻撃魔法が得意で、こういった細かい作業は向いてないらしい。脳筋なのかな?)

 見てわかるぐらいに、本当に魔力操作と魔法の扱いが上手くて、早回しの動画みたいで面白いね。

 シルバもボアを吊るすように風魔法で空中に浮かせて冷却までしてくれているので、お礼にジャーキーをどうぞと差し上げた。

 なんだそれは?という目で見られたので、ディエゴにもジャーキーをあげる。シルバが食べているので、警戒もせずに食べる。酔っているからかもしれんが。お酒が欲しくなる味だなと言われたので、もうしょうがないお兄ちゃんだなぁ~と、赤ワインをゴブレットに入れてあげる。内緒だからな?

 しかもあんまりうまそうに飲むもんだから、俺もちょっとだけ飲みたくなって、安い赤ワインを一緒に飲んでみた。煮込み料理に使うべき味だなこれ。シルバも飲むかな?


 そして三人でジャーキーを食べながら、ワインを嗜みつつ。ボアの解体の続きだ。

 部位ごとのバラシの前に冷却が必要なんだが、魔法で全体を均一に冷やして貰えたので時短が出来た。

 ここまでくると時間との勝負なので、出来るだけ肉を冷やして欲しいとお願いしつつ、部位ごとに仕分けて行った。

 本来ならもっと時間がかかるんだけど、二人の魔法協力によって短時間で解体作業は終了。

 毛皮の方もよく判らんけど、俺のイメージを参考に見事に奇麗になめされた。魔法って凄いね!見ても全然操作方法が判んないけど!イメージ力がない俺には無理そうなことだけは判った!残念!!

 だが肉の方は直ぐに食べるのではなく、熟成させなければならない。

 なので、四次元ポケットならぬ四次元リュックから熟成庫を取り出す。

 テレレレッテレ~!

 これねぇ~肉の他に魚やチーズとかも熟成できるんだよねぇ~。マイクロ波がどうのこうので食材の内部を加熱するとかなんかそんなの。業務用だから超デカイし。間違って注文したけど、超便利なんだよな。

 そこに部位ごとに分けたボア肉を入れていく。一週間もすれば熟成されていく間に、グルタミン酸も増えてコクと旨味が増しているに違いない。

 いやぁ~楽しみだねぇ?――――ね?


「―――あれ?」


 振り向けば、あんぐりと口を開けて、イケメン面がアホっぽくなっているディエゴ。その横にはシルバがスンとした顔でお座りしていた。


「それは、魔道具か、何かか?」

「うん?」


 魔道具ってなぁに?これは熟成庫だよ?と小首を傾げると、ディエゴは額に手を当てて空を仰いだ。

 そういや不思議なことに、電力源がないにも関わらず熟成庫が自力で稼働している。何でだろうね?

 摩訶不思議現象が面白くて、へらへらと笑っていると、痛そうに頭を抱えたディエゴから薬の瓶を渡された。

 病気でもないのに薬なんか飲まないよ?って伝えたら、お手本としてディエゴが薬を飲んだ。仕方がないので俺も渋々飲みましたよ。うわまっず!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る