第21話 粗末で安物ですが
冒険者ギルドで色々と話した結果、もう数日この町に滞在することになった。
急ぐ理由も無くなったのもあるけどね。それとギルドの調査員が現場検証するまで待っていて欲しいとお願いされたからだ。
ただ職員さんたちでキャリュフが見つからなければ、仕方がないので俺が手本を見せてやることもやぶさかではない。その時はキノコ採り20数年の技を披露してやろう。
そして『ぶどうの樹』のフロントで、俺たちの滞在が延びた報告をしたらめっちゃ喜ばれた。
よっぽどお客さんが来ないんだね……可哀想に。今日もまだ一組も宿泊客が来てないんだって。おじさんちょっと涙目になってたよ。
余りにも憐れなので、フロントのおじさんに、森で拾った虎目石(によく似た石)をそっとあげた。ただの石コロだけど、商売繁盛の運気が上がると思うよ。信じる者は救われる。だから信じなさい―――というのを、ディエゴ(翻訳機)から伝えて貰った。
内容はかなり搔い摘んで「これを持っていると、客寄せになるそうだ」ってディエゴが伝えたけど、まぁ、概ね間違ってはいない。信じることが大事だからね。
フロントで調理用の食材が必要かどうか聞かれたので、アマンダ姉さんに目で訴えたら買って貰えることになった。やったね。何れ外食すると思うけど、まだちょっと不安なんだよね。
肉は謎肉(牛の魔物)と、鶏肉のどちらかを選べるというので、今日は鶏肉にして貰った。肉と言えば牛という単純思考の元、昨日は牛の方を選んだようだ。BBQとしては正解だったけど。
そうして今夜も俺が食事を作ると知ったギガンたちは、酒を買ってくるといそいそと出かけて行った。
酒に合う料理が出来る訳でもないのに、とんだ先走り野郎どもだ。
それを追うように、アマンダ姉さんからは、旅支度に必要な物を揃えるように怒られてたけど。そんなアマンダ姉さんも一緒に走って行ったので、目的は一緒なんじゃなかろうか?
気が付けば、この場に残ったのは俺とシルバとディエゴだけとなった。
すっかりシルバと一心同体のように行動している俺だけど、元々の契約者はディエゴだからね。残るよね。お出かけできなくて申し訳ない。
なので遅い昼食を、俺たちだけで取ることにした。
他の連中は外で食べるだろうって、ディエゴが呆れたように言ってたし。
「たべる、だいじょぶ?」
俺はリュックからパスタを取り出しディエゴに見せた。
昼食の準備をする前にまずは確かめねばならぬと、ディエゴに食材の確認をして貰うことにしたのだ。
だが喋るのを怠けているせいで、カタコトでしか喋れない。まだ三日目だし仕方がないってことにしよう。ついでにディエゴには、会話の練習台になってもらうことにした。
「ん?これは、パスタか?」
「ある?たべる?」
「食べたことがあるかということか?あるぞ」
よしよし。この世界にもパスタはあると。(翻訳機がパスタと翻訳している)
パンがあるならパスタもあるだろうと予想して。保存性の高い乾燥麺の類は、結構昔から存在しているし。
ディエゴに違和感がないのなら、パスタは大丈夫そうだ。
ここは無難にペペロンチーノでも作ろう。具材もシンプルで簡単だし、調味料や食材も揃ってるしね。
スキレットに水を入れて、パスタが浸る程度にして茹でる。パスタを茹でている間に、もう一方のスキレットに、オリーブオイルと鷹の爪と刻みニンニクを少々入れて弱火で炒めておく。フロントで貰ったキャベツっぽい野菜と、自前のベーコンをざく切りにして投入。中火で炒めながらパスタの茹で汁を入れて炒め合わせる。そこで俺はちょっとだけ思案した後、隠し味的な意味で醤油をちょっとだけ足した。
ペペロンチーノは、アルデンテよりもちょっと軟らかめのパスタの方が合うと俺的には思うので、ちょい長めに茹でたのを投入して手早く絡め合わせていく。
茹で汁にとろみが出たら、塩コショウで味を調え、森で見つけた西洋パセリに似た草(食べられるのかはディエゴに確認した)を粗刻み振りかけて完成!
使った二つのスキレットにそのまま分けて、丸太テーブルへ持っていく。
「――すごいな。あっという間だ」
所要時間10分程度だからね。それだけ簡単なわけだけど。
ワイルドにフライパンに盛りつけられたペペロンチーノを見て、ディエゴが驚きの表情をする。洗い物が増えるのは嫌だからな。盛り付けとか見た目に拘るタイプじゃないし。逆に鉄板焼きのような見た目で、お洒落かもしれない。多分。
「あつい。きをつけて」
「ああ、ありがとう」
どうぞ召し上がれと促す。ディエゴに礼を言われた後に、ちょっとだけ考えて。飲み物的なナニカがあった方が良いかなと思ったので、こそっとワインを出すことにした。
このコテージの名前が『ぶどうの樹』なので、ワインもあるだろう。
なので爺さんの愛用していたゴブレットに、安物の白ワインを入れてそっと差し出した。
「これは?」
「のむ?」
「ワインか?」
めっちゃ不思議がってる。突然出てきたからね。そりゃそうだ。
「このゴブレットは……?」
見た目は何の変哲もない、銅製のゴブレットなんだけど。趣のあるブラウンの色合いで、シンプルで飾り気もないし、オーパーツには見えない筈だ。翻訳者さんもゴブレットって言ってるし。
お値段的にはイイモノらしいが、俺にはよく判らん。爺さん曰く、銅は他の金属に比べて熱伝導率が高く、冷たい飲み物を注げば表面から冷たさが感じられるし冷却効果がある。そのうえ、抗菌性も高く衛生面も安心なのだとか。
なので爺さんは、夏場によくこのゴブレットにビールを注いで飲んでいた。
そんなことを思い出す。
「おじいの」
「おじい……?リオンと一緒に暮らしていた者か?」
うんと頷く。その者は?と聞かれたので、首を振った。それだけで伝わったらしい。
え。なんか急にしんみりしちゃったんだけど。気まずくない?
それでもペペロンチーノを一口食べて「美味いな……」と、噛み締めるように感想を漏らし、黙々と食べ始めた。
騒がしくなくていいけど、空気が重い。ディエゴはいったい何を想像したんだろうか?
食の進みも悪くなくて、ワインを飲んで「美味すぎる」って呟いてたけどね。
箱買いの安物なのに、評価が高くて大変申し訳ない。12本入りで、何とお値段税込み価格で6000円。一本500円ほどで大変お安くなっております。同じ銘柄の赤もあるよ。お値段は一緒です。
調理用に安物のワインを買うかと、ネットで探してたら目に飛び込んできたんだよね。めっちゃやすいわーこれにするか~って。後先考えずに箱買いすんな。どうするよこれと、届いた本数に愕然としたのは、数日前のことですがそれが何か?配達の人ごめんね。重かったよね。いつものことだけど。
よくある失敗の一つなんだが、箱数と本数を間違えて注文したんだよ。安いから買ったのに。たまにアホになるのか。元々アホだからか。途中から考えなしになる。
そのせいで赤と白三本ずつ買う予定が、箱買いの安さに目が眩んで脳内の数字がバグったのか、結果として両方三箱ずつ届いたっていうね。手が滑ったとかの話じゃない。
当然動画にしたよね。笑って貰えればそれでいいよと、自虐に走ったけど。
流石に返品しようとしたんだけど、配達の人がせっかく運んでくれたのに、また運ばせるのも申し訳なさ過ぎて返品を取りやめた。小心者の日本人だからね。仕方ないね。
因みに大量のワインを処分するために、これらを使った料理のレシピを検索しまくったのは言うまでもない。
そんな経緯のある曰く付き(?)のワインだから、勿体ぶる必要もないのだ。寧ろ処分に困っている。
だから粗末で安物だけど、もっと飲む?とディエゴに伝えれば、遠慮がちに「いいのか?」って言われたからそっとフルボトルを差し出した。
ここはひとつ、物静かなディエゴに、酒でも飲ませて気を緩ませよう。酒癖が悪くないといいんだが。他の連中の酒癖は、今夜判明するだろうけど。
そうして皆には内緒だよと、悪戯っぽくニッと笑った。
大量の安物ワインの処分先にされているとは思ってないだろうけど、ディエゴも嬉しそうに「皆には言わないでおこう」とほくそ笑んで了承してくれた。
ところで相棒のシルバのご飯なんだけど。食事中に気付いて話しかけてみた。催促しないし、ペットを飼ったこともないのでうっかり忘れてたよ。ごめんねって言ったら、シルバはジャーキーでいいんだって。
それおやつみたいなもんだよ?って言ったら、そもそも食事自体をあまりしないらしい。どういうこと?と、疑問に思っていたら、銀狼(という種類の魔狼)は、聖獣なので周りの魔素(?)を取り込んだり、主であるディエゴから魔力を供給してもらうことで、食事をしなくても平気なんだそうだ。へぇ?よく判らんけど、コスパが良いね。
でも嗜好品として、食べることもある。本人(?)の気が向けばだけど。
思い起こせば、シルバは身体の大きさに比べて少食だなって思ってたんだよね。俺もおやつみたいなもんしかあげてなかったし、主であるディエゴから従魔用の食べ物を貰っていると思ってた。そんな場面は見てないけど。
そういやシルバって、用足しに行かないよな―――って。
ここでふと、俺も自分の生理現象に違和感を覚えた。
遅すぎる気もするし、そんなことに構っていられなかったのもある。
緊張感で強力な便秘になっているにしても、水分(意訳)の放出ぐらいあるだろうに―――。この世界に来て俺は、小用すらしていなかったことに気付いた。
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